第23話 神社の攻防
## 1. 遺跡の奥で出会った巫女
「武闘家の夢が、一つ叶っちゃった」
肩で息をしながらも、サクラは倒れたクマを見下ろし、満足そうに拳を握りしめた。その顔には疲労と、それ以上の達成感が浮かんでいる。陽の光を浴びてキラキラと輝く汗が、彼女の横顔を妙に輝かせていた。
まったく、うちのチームのエースは頼もしいぜ。
俺とレオが駆け寄り、ミオが周囲への警戒を解いた、まさにその時だった。
背後の木々の間から、まるで音もなく人が現れた。俺たちは咄嗟に身構える。
現れたのは、女性4人組のチームだった。年齢は俺たちと同じか、少し上くらいだろうか。遺跡探索者にしては奇妙なほど軽装で、まるでハイキングにでも来たかのような出で立ちだ。しかし、そのうちの一人は背中に古風な剣を、もう一人は手には神社の神主が持つような錫杖を携えている。そのアンバランスさが、かえって彼女たちの異質さを際立たせていた。
(なんだ? 探索者っぽくないな…コスプレか?)
『ハルト、彼女たちから微弱ながらも極めて指向性の高い情報エネルギーを感じます。おそらく、我々の知る情報魔法とは異なる体系の技術です』
プリエスの冷静な分析が、俺の呑気な感想を打ち消した。どうやら、ただ者ではないらしい。
「こんにちは。少し、お話をよろしいかしら?」
リーダーらしき、凛とした雰囲気の女性が、敵意がないことを示すように軽く手を挙げながら、穏やかに話しかけてきた。長い髪を一本に束ね、その立ち姿は静かな湖面のように落ち着いている。
「…はい、なんでしょう?」
俺は警戒を解かずに答えた。
「この先にある神社へ、あなたたちは行かれましたか?」
女性はそう言って、俺たちの背後、森の奥深くに続く古びた参道を指差した。神社。確かにこの遺跡の地図には記載があったが、俺たちにとっては探索の対象外だった。情報エネルギーの種類が特殊すぎて、俺たちの技術ではまともな価値判断も結晶化もできないからだ。
「いえ、行っていません。俺たちには専門外なので」
俺が首を振ると、彼女の後ろに立つ、剣を持った女性の視線が鋭くなった。何かを警戒しているのか、あるいは、俺たちを疑っているのか。
「そうですか。では、他に誰かがこの森に入っていくのを見かけたりは?」
「見てないですね」
俺が答えると、レオとサクラも頷いた。
「分かりました。ありがとうございます」
リーダーの女性はそう言うと、俺たちが倒したクマに目を移した。
「あなたたちがこれを? 大したものですね」
「イノシシなんかも出ますから、お気をつけください」
俺がなんとなくそう告げると、彼女は「ご忠告、感謝します。では」と丁寧にお辞儀をし、仲間たちと共に静かに神社の方へと去っていった。
『なんだったのかねー、あの人たち』
サクラがプリエス経由の念話で呟く。
『雰囲気が只者じゃなかったな。特にあの剣を持った人』
レオも同意する。
『…探られた。リーダー格の女性から、私たちの精神状態を探るような、ごく微弱な干渉があった。悪意は感じなかったけど、相当な手練れ』
ミオの冷静な分析に、俺は背筋が少し寒くなるのを感じた。
## 2. 神社の対立
それから10分も経たないうちに、神社の方角から、突如として男の怒鳴り声と、それを制するような甲高い声が響き渡った。
「なんだ? 喧嘩か?」
レオが眉をひそめる。
「行ってみようよ!」
サクラが正義感に火をつけられたのか、即座に駆け出す。おいおい、面倒ごとはごめんだぜ。
「待てって、サクラ!」
俺たちも慌ててその後を追った。
苔むした石段を駆け上がると、想像以上に荒れた境内が広がっていた。鳥居は半分崩れ、狛犬は苔に覆われている。その拝殿の前で、先ほどの女性4人組と、別の探索者チームらしき男4人組が睨み合っていた。男たちの装備は統一されており、どこかの組織に属していることが窺える。
「君たちのその怪しげな儀式は、周囲の情報エネルギーを異常に活性化させている! これは、魔物の発生を助長する極めて危険な行為だ!」
リーダーらしき男が、チームの仲間が持っているこぶし大の光る石を指して糾弾している。
「何を言っているのです。私たちはこの地を浄化しているだけ。その『要石(かなめいし)』を返しなさい」
女性チームのリーダーが、冷静だが強い口調で言い返す。
「そんなわけにはいかない! これは重要な証拠物件として預かる。我々は、法律に基づき、市民の安全を守る義務がある。君たちの危険行為を見過ごすわけにはいかない!」
「埒が明かん」
剣を持つ女性が、柄に手をかける。「返さないと言うのなら、致し方あるまい」
「ほう、やってみるか?」
男たちも武器を構え、一触即発の空気が境内を支配する。
(やれやれ、面倒なことになってやがる)
俺がため息をついた瞬間、隣のサクラが「ちょっと、あんたたち!」と割って入ろうとするのを、レオが慌てて羽交い締めにした。
「落ち着け、サクラ!」
「だって、あの人たち困ってるじゃない!」
そのやり取りを見て、俺は覚悟を決めた。ここで何もしなければ、サクラが暴走して余計に話がこじれる。それなら、俺が前に出るしかない。
「待ってください!」
俺は、気づけば両者の間に割って入っていた。
## 3. 浄化の儀式
「何があったか分かりませんが、まずは落ち着いて、話し合いましょう」
リーダーの男が、訝しげな目で俺を見る。
「部外者は引っ込んでいろ。これは我々の任務だ」
「部外者だからこそ、公平な立場で話が聞けるかもしれません」
俺は男に向き直った。「あなたたちは、彼女たちが危険な行為をしているのを見たのですか?」
「見た、というより、我々の専門家が分析した結果だ。彼女たちの行為は、魔物の発生を著しく助長するものであると結論づけられている」
男の言葉に、俺は内心どきりとした。確かに今日、この付近で遭遇した魔物はいつもより多かった気がする。
「その分析結果を見せていただくことは?」
「できない。機密情報だ」
埒が明かない。俺は今度は女性チームのリーダーに向き直った。
「あなたたちは、何をしていたんですか?」
「この神社の乱れた気を鎮め、浄化するための儀式です。あの石は、そのための触媒となる『要石』。これがないと、浄化は完了しません」
「魔物を呼び寄せている、という指摘については?」
「全くの逆です。むしろ、魔物の発生を抑制し、この森を安全にするために行っています」
両者の主張は、真っ向から対立していた。どちらも嘘を言っているようには見えない。
『ハルト、どうする?』
レオの思考が飛んでくる。
『どっちの言い分も、一理あるように聞こえる』
『プリエス、分析は?』
俺が尋ねると、プリエスが即座に答える。
『神社周辺の情報エネルギーは、確かに異常活性化しています。しかし、それが魔物の発生を「助長」するものか「抑制」する過程で起きる副次的な現象かは、現時点では判断不可能です』
つまり、どちらの可能性もあるということか。
俺は覚悟を決めた。
「分かりました。では、こうしませんか?」
俺は両チームに提案した。
「その要石を彼女たちに返し、今から、俺たちの目の前でその浄化の儀式とやらを見せてもらう。それで全てはっきりするはずです」
「それがもし魔物の発生を助長するものだったら、どう責任を取るつもりだ!」
男が激昂する。
「その時は、俺たちが責任を持って彼女たちを制圧し、魔物を倒します。その上で、あなた方に引き渡しましょう」
俺はきっぱりと言い切った。
「…面白い」男は少し考えた後、口の端を歪めた。「いいだろう。だが、もし儀式が危険なものだと判断した瞬間、我々も介入させてもらう。それでいいな?」
「はい、結構です」
俺は女性チームのリーダーに向き直った。
「儀式を見せてもらえますね?」
彼女は、俺の目をまっすぐに見つめ、深く頷いた。
「ええ、もちろんです。私たちの潔白を証明しましょう」
男は、まだ納得いかない様子だったが、俺は彼に近づき、声を潜めて付け加えた。
「もし、儀式が本当に危険なものなら、あなた方は『危険な儀式を阻止したチーム』になれる。その様子を記録して管理局に提出すれば、手柄にもなるはずです。もし儀式が安全なものなら…まあ、誰にでも間違いはある。公共の安全を思って行動した事実は評価されるでしょう。損な話ではないと思いますが?」
男は一瞬、驚いたように俺の顔を見たが、やがて渋々といった様子で頷き、部下に合図して要石を女性チームに返させた。
要石を受け取ったリーダーは、俺にだけ聞こえるように「感謝します」と呟いた。
## 4. 新たな出会い
女性チームの4人が拝殿の前に立ち、要石を中央に置く。リーダー格の女性が錫杖を手に取り、静かに目を閉じた。剣を持つ女性は、その後ろで警戒するように周囲を睨んでいる。
やがて、リーダーの女性が、澄んだ声で古の言葉を紡ぎ始めた。それは歌のようでもあり、祈りのようでもあった。彼女の動きに合わせ、他の三人もそれぞれ印を結び、囁くように祝詞を唱える。
『天(あま)つ神、地(つち)つ神、八百万(やおよろず)の神々よ。我らがこの地に降り立ちし者を守り給え。悪しきもの、邪(よこしま)なるもの、この場を踏み荒らすことなかれ…』
すると、どうだろう。境内を満たしていた、あの不快でざわついた情報エネルギーが、まるで嵐の後の静けさのように、すーっと凪いでいくのが分かった。淀んでいた空気が浄化され、木々の葉を揺らす風が、ひどく心地よく感じられる。
『情報エネルギーの乱れが収束していきます。これは…浄化、ですね。高密度の情報体を指向性を持たせて解放し、周囲のノイズと相殺させているようです。極めて高度な技術です』
プリエスの分析が、俺の感じたことが間違いではないと裏付けた。
儀式が終わる頃には、神社の境内は、まるで生まれたてのような清浄な空気に満たされていた。
「…これで、はっきりしましたね?」
俺が静かに問うと、探索者チームのリーダーは、バツが悪そうに顔をそむけた。
「…我々の分析が、間違っていたようだ。…行くぞ」
彼はそれだけ言うと、部下たちを促して足早に立ち去っていった。
後に残されたのは、俺たちと、女性チームだけだった。
「助かりました。あなたがいなければ、無用な争いになるところでした」
リーダーの女性が、改めて深く頭を下げた。
「私は舞(まい)と申します。こちらは葵(あおい)、詩織(しおり)、結(ゆい)」
彼女たちの顔には、もう警戒の色はなかった。
「ハルトです。こっちはサクラ、レオ、ミオ」
俺も仲間たちを紹介する。
「ハルトさん。この度は、本当にありがとうございました。このご恩は、いつか必ずお返しします」
舞と名乗った女性は、穏やかに微笑んだ。その笑顔は、この神社の空気のように、どこまでも澄み切っていた。
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