第10話 未来への投資
## 1. それぞれのウィッシュリスト
タクマから受け取った50万円という大金。そのずっしりとした重みは、俺たちの未来への期待そのものだった。長い議論の末、俺たちはその使い道を「各自10万円を装備更新費用とし、残りの10万円をチームの共有資金とする」と決めた。共有資金の管理はもちろん、名ばかりリーダーである俺の役目だ。胃がキリキリと痛む。
「それじゃあ、一週間後! パワーアップした姿で会おう!」
サクラの元気な号令で、俺たちは一旦解散した。各自、頭の中には「あれが買える」「これが試せる」なんて夢のリストが浮かんでいるに違いない。もちろん、俺もだ。一週間という短い準備期間が、こうして幕を開けた。
## 2. 職人の城と大きな決断
解散の翌日、レオは一人、電車に揺られて隣町の上橋市に向かっていた。清原市よりも規模の大きいこの街には、専門的な魔法機器の店や訓練施設が揃っている。俺たちのような駆け出しの探索者にとっては、まさに聖地のような場所だ。
レオの目当ては、商店街の古びたアーケードの奥にひっそりと佇む「上橋精密工具」。職人たちの間では知られた名店らしい。
「いらっしゃい」
カラン、とドアベルが鳴ると、カウンターの奥から初老の店主が顔をのぞかせた。
「魔法機器用の、まともな修理工具セットを探してるんですけど」
「ほう。予算はどれくらいだい?」
「5万……いや、7万円以内で何か良いものはありますか」
レオは少し迷ってから、ポケットの中の温かい10万円を思い出し、予算を上げた。
店主はレオの顔をじろじろと見た後、そのごつごつとした手先に視線を落とした。
「あんた、修理屋だね? その手にできてるマメは、ただの素人のもんじゃない」
「ええ、まあ……」
レオが少し照れくさそうに答えると、店主は「気に入った」とばかりに口の端を上げた。
「それなら、とっておきを見せてやるよ」
店主が店の奥から運んできたのは、鈍い光を放つジュラルミンケースだった。中には、まるで外科手術の道具のように、精密な工具が整然と並んでいる。
「魔法機器専用の精密工具セットだ。エネルギー測定器、それに緊急修理用の汎用部品キットも付けておこう。腕のいい職人さんへの投資だ。全部で6万円でどうだい」
レオは、吸い寄せられるように工具を一つ一つ手に取って、その感触を確かめる。指先に伝わるずっしりとした重みと、寸分の狂いもない精度。安物とは明らかに違う、本物の道具だけが持つオーラがあった。
「……これ、ください」
「まいどあり」
店主は満足そうに笑った。
店を出ようとするレオの背中に、店主が声をかける。
「もっと腕を上げたくなったら、また来な。最高の道具を用意して待ってるぜ」
「はい、必ず」
レオは力強く頷き、店を後にした。
その足で、レオは「上橋銃器訓練所」へと向かった。徒歩15分の道のりの間、彼は何度もパンフレットを眺めては、ため息をつく。
「遺跡探索者向けの特別コース、か。7万円で半年……」
銃器ライセンス。それは、今の俺たちのチームに決定的に欠けている火力だ。だが、取得には時間も金もかかる。銃本体、弾丸、そして自宅に設置が義務付けられている盗難防止用の保管庫。どれも今のレオにとっては天文学的な数字だ。
『でも、俺がやるしかない』
サクラを前衛で戦わせている以上、後方からの援護は必須だ。いつまでも彼女一人に負担をかけるわけにはいかない。戦力になるのはずっと先かもしれないが、その第一歩を、今踏み出さなければ。
「よし」
レオは覚悟を決め、訓練所の重い扉を開けた。受付で渡された申込用紙に、彼は迷いのない、力強い文字を書き込んでいった。
## 3. 戦う乙女のショッピング
その頃、サクラは同じ上橋市の大型スポーツ用品店「アクティブギア」で、目を輝かせていた。
「すみませーん! 遺跡探索で使える、可愛くて強いプロテクター探してるんですけど!」
「はーい! 格闘技系ですね?」
出てきたのは、ポニーテールが似合う快活な女性店員だった。
「そんな感じです! 予算は10万円で、お釣りがでたら嬉しいなー、みたいな!」
「なるほどです! それなら、動きやすさ重視の軽量タイプがおすすめですよ!」
店員がバックヤードから持ってきたのは、黒を基調にピンクのラインが入った、見た目もスタイリッシュなプロテクターセットだった。
「関節部分を重点的に守るタイプで、すっごく動きやすいんです! こちら7万円ですね」
サクラが試着室で早速身につけてみると、その軽さとフィット感に驚いた。これなら、いつものように縦横無尽に走り回れる。
「それから、ブーツも新調しません? このプロテクターと同じシリーズで……」
店員が次に持ってきたのは、編み上げの軽量コンバットブーツだ。
「軽量で疲れにくいのはもちろん、つま先と靴底には強化プレートが入ってて、瓦礫の上でも安心です! こちら3万円!」
「うわ、可愛い! それに……」
サクラが手に取ったのは、改良型の格闘グローブだった。ナックル部分に衝撃吸収ゲルが内蔵されているらしい。
「これもいいな……。お値段は?」
「そちらは1万円になります! 全部で11万円ですが……お姉さん、とってもお似合いなので、会員登録してくれたら初回セット割引で、ぴったり10万円にしちゃいます!」
「ほんと!? やったー! よーし! それ、ぜーんぶください!」
サクラは満面の笑みで即決。新しい装備に身を包んだ自分を想像し、早く次の探索に行きたくてたまらなくなっていた。
## 4. 兄妹の絆と父の愛
一方、ミオは自宅の居間で、父親と向かい合っていた。テーブルの上には、彼女がネットで見つけた装備のカタログが広げられている。
「この装備は、確かにお前の能力を伸ばすだろう。だがな、ミオ……魔法用の装備は、高いんだ」
父親は、元対魔物警備員。装備の価値も危険性も、誰より理解している。その顔には、娘を案じる色が濃く浮かんでいた。
「だから、父さん、お願い。チームから支給された10万円に加えて、あと10万円貸してほしいの」
ミオが、畳に手をついて頭を下げる。
「10万か……」父親は唸り、大きくため息をついた。「……わかった。お前の安全と将来のためだ。必ず返すんだぞ」
「ありがとう、父さん!」
ぱっと顔を上げたミオの目には、涙が浮かんでいた。
「よし、わかった。その装備の入手は、俺の古いツテに頼んでみよう。少しは安く手に入るかもしれん」
「うん、お願い!」
数日後、父親が少し気まずそうに、一つの箱をミオに手渡した。中に入っていたのは、漆黒のスタイリッシュなアイマスク型の装置だった。
「『精神集中強化バイザー』だ。視界を完全に遮断することで、お前の精神集中力を極限まで高める。対魔物戦での精神干渉効率が50%は向上するはずだ。防御効果もある」
ミオがおそるおそる装着してみると、視界が闇に閉ざされると同時に、周囲の微細な情報エネルギーの流れが、まるで色を持つかのように鮮明に感じられた。
「すごい……集中力が、全然違う……」
「使い手を選ぶ、ピーキーな代物だ。だからこそ、価格の割に性能が高い。対魔物戦が主のお前には、最高の相棒になるだろう。だが、決して無理はするな。いいな?」
「はい。本当に、ありがとう」
娘が望まぬ危険な道に進むことを、父親は本当は止めたかった。だが、彼女の固い意志と、兄を支えようとする健気な想いを前に、応援するしか道はなかった。どうか無事でいてくれ。その祈りを込めて、父親は娘の頭をそっと撫でた。
## 5. 俺の堅実な選択と、秘密の計画
俺の買い物は、実に堅実なものだった。まず靴屋で、防水・防塵機能付きの探索用ブーツを2万円で購入。次に、近所の洋服屋で、内側に薄いプロテクターが内蔵されたコートを3万円で手に入れた。見た目は普通のコートだから、普段着としても使えるのがミソだ。残りの5万円は、レオへの重要な依頼のために取っておく。
その夜、俺は自室で、肩の上のプリエスと秘密の作戦会議を開いていた。
『プリエス、相談があるんだ』
『なんでしょうか、ハルト。改まって』
プリエスが不思議そうに小首を傾げる。
『前にも話したけど、プリエスが作る情報結晶の品質を、意図的に調整できるようにならないか?』
『品質を……落とす、ということですか?』
プリエスの声に、わずかに戸惑いの色が混じる。最高の品質を追求するのが、彼女の根源的なプログラムのはずだ。
『そうだ。今のSランク品質は、確かに高く売れる。でも、あまりに高品質すぎて、基礎訓練校出の俺が作ったって言うには不自然すぎるんだ。でも、Aランクくらいなら、俺がめちゃくちゃ頑張った結果として、ギリギリ言い訳が立つ』
俺はプリエスに、俺たちの置かれた現実を説明する。
『Aランクの結晶を時々混ぜて売れば、怪しまれずに全体の稼ぎを底上げできるはずなんだ』
プリエスはしばらく黙って考え込んでいたが、やがて顔を上げた。その瞳には、いつもの好奇心と、俺への信頼が宿っていた。
『……理解しました。ハルトの置かれた状況を改善するための、戦術的判断ですね。可能です。ただし、私のデバイス自体に、物理的な改造が必要になります』
『やっぱりか。それはレオに頼もうと思ってる。でも、本当の目的はもちろん言えない』
『承知しました。では、「結晶品質の安定化」という名目で、このような改造を依頼するのはいかがでしょう?』
プリエスの指先から、光の粒子が生まれ、俺の目の前に複雑な設計図を描き出した。完璧だ。これなら、あのレオでさえ騙せるかもしれない。
## 6. 天才職人への嘘
翌日、俺はレオが働く「清原修理工房」を訪ねた。
「よう、レオ。頼みがあるんだ」
「ん、なんだ?」
油まみれの手をウエスで拭いながら、レオが顔を上げる。
「俺のQSリーダーなんだけどさ、最近どうも結晶化の品質にムラがあって……。この設計図通りに、安定化のための改造ってお願いできないか?」
俺はプリエス謹製の、手書き風に偽装した設計図をレオに渡した。
レオは設計図を食い入るように見つめ、眉をひそめる。
「なるほどな……。面白い構造だ。だが、本当にこれで安定化するのか? 正直、俺の知識からすると、逆効果になりそうな気もするが……。やってもいいけど、結果は保証できないぞ」
さすがレオだ。鋭い。冷や汗が背中を伝う。
『プリエス、やばい!』
『大丈夫です、ハルト。次のセリフをどうぞ』
「ああ、わかってる。実はこれ、爺ちゃんが遺した手書きのメモを元に、俺が推測して描いたもんなんだ。だから、まあ、失敗してもともとって感じでさ。頼むよ」
「へえ、お爺さんのメモか。なら、ぜひその原本を見せてくれよ。もっと良い方法を思いつくかもしれん」
レオの職人魂に火がついてしまった。まずい!
「それが、もうボロボロでさ……。判読できたのがこの部分だけだったんだ。だから、これが全部。な? 頼む! もちろん、金は払う。残りの予算、5万円でどうだ?」
「5万か……。まあ、部品は手元にあるし、半日もあれば終わるだろう。いいぜ、やってやるよ」
「本当か! ありがとう、助かる!」
俺は心の中で、レオと天国の爺ちゃんに手を合わせた。
## 7. 新生、俺たちチーム!
そして一週間後。俺たちは、いつもの集合場所に、少しだけ違う姿で立っていた。
サクラは、体のラインにフィットした軽量プロテクターと新しいブーツで、ぐっと戦闘員らしい精悍な雰囲気をまとっている。デザインも統一されていて、まるで冒険映画のヒロインみたいだ。
「どうかな? 似合う?」
彼女がくるりと一回転して見せる。
「ああ、すごく格好いいよ」
俺が素直に褒めると、彼女は「えへへ」と嬉しそうに笑った。
ミオは、一見すると普段と変わらない。だが、その手には漆黒のアイマスクが握られている。
「これを着けると、集中力が全然違うんです。世界の“裏側”が見える、というか……」
そう言って微笑む彼女は、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。
レオも服装はいつもの作業着だが、腰のベルトに下げられた真新しい工具セットが、プロの職人としての誇りを物語っている。
「これで、どんなトラブルが起きても安心だ。銃のライセンスも申し込んできた。まあ、先は長いがな」
彼は少し照れくさそうに、しかし力強く言った。
俺も、新しいブーツとコートに袖を通す。少しは頼れるリーダーに見えるだろうか。いや、無理か。
『ハルト、デバイスの改造、完璧です。いつでもAランク品質の結晶を生成可能ですよ』
肩の上で、プリエスが満足げに微笑む。昨日、レオが見事に改造を完了してくれたのだ。これで、俺たちの収入は大きく安定するはずだ。
新しい装備、新しい仲間、そして新しい可能性。
俺は、生まれ変わった仲間たちを見渡し、胸に込み上げてくる熱いものを感じていた。
「よし、みんな!」
俺は声を張り上げた。
「新装備のテストを兼ねて、最高の冒険に出かけようぜ!」
俺の言葉に、三人が力強く頷いた。
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