第8.5話 帰りの車と、リーダーの座
## 1. 決まらないチーム名
今日の探索の成果を興奮気味に語り合った後、レオの運転する車が清原市に近づいてきた頃。後部座席で窓の外に流れる景色を眺めていた俺たちの間には、心地よい疲労感と達成感が漂っていた。夕日が車内に差し込み、キラキラと舞うホコリを照らし出している。
「ねえねえ、真面目な話!」
不意にサクラが身を乗り出し、静寂を破った。
「そろそろ私たちのチーム名、ちゃんと決めようよ!」
「そうだな。いつまでも名無しってわけにもいかないしな」
レオがバックミラーで俺たちを確認しながら、穏やかに同意する。
「『ミオとその仲間たち』は?」
助手席のミオが、真顔で二度目の提案をする。どうやら本気で気に入っているらしい。
「だから、それは却下だって」
俺が苦笑しながらツッコミを入れる。
「えー、じゃあ『サクラと愉快な仲間たち』!」
サクラが元気よく手を挙げる。
「却下」
今度はレオとミオの声が綺麗にハモった。
「なんでよー!」
サクラが不満げに口を尖らせる。
「もっとこう、カッコいいのがいいだろ」俺が言う。「例えば……『暁の探索者』とかさ」
我ながら、ちょっとイケてるんじゃないか?
『ハルト、その名称は既存の創作物で頻繁に使用されており、オリジナリティに欠ける可能性があります』
俺の脳内にだけ、プリエスからの冷静で無慈悲なダメ出しが響く。うるさい、分かってるよ!
「中二病っぽい」
ミオがバッサリと切り捨てた。プリエスと同じこと言いやがって。
「じゃあレオの案は?」
サクラが運転席のレオに話を振る。
「うーん、シンプルに『清原探索隊』とかどうだ?」
「地味すぎる!」
サクラが即座に却下する。「もっと冒険感マシマシがいい!『フロンティア』とか!」
「遺跡探索でフロンティアってのも、ちょっと違う気がするかなあ」
俺がやんわりと否定する。
「じゃあ、『量子の冒険者』は?」
ミオが意外な角度からボールを投げてきた。
「お、そのこころは?」
俺が興味を示すと、ミオは少しだけ得意げに説明を始めた。
「私たちの仕事は、量子ストレージに残された情報を扱うことが多いから。それと関係あるし」
『論理的で良い提案です。評価します』
プリエスが俺の肩の上でこくこくと頷いている。お前はミオの味方か。
「でも、ちょっと長くない?呼びにくいよ」
サクラが首をかしげる。
「じゃあ略して『クォンタム』」
ミオがすかさず言い返す。
「それ、なんか秘密結社みたいで逆にカッコいいかも」
俺が笑うと、みんなもつられて笑い出した。
「あ、そうだ!」サクラが突然何かを閃いたように手を叩く。「動物の名前とかどう?『ネコ探索隊』!」
「なんでネコなんだよ」
レオが心底不思議そうに尋ねる。
「可愛いから!」
サクラが胸を張る。理由はそれだけらしい。単純で羨ましいぜ。
『猫の戦闘における有効性は限定的です。犬や熊の方が戦術的価値は高いかと』
プリエスが真面目に分析を始める。そういうことじゃないんだよ。
「じゃあ『ネズミ探索隊』」
ミオが今日の戦闘を思い出したのか、ボソリと提案する。
「「「縁起悪いわ!」」」
俺とレオとサクラの声が、またしても綺麗に揃った。車内に再び笑いが満ちる。
「真面目に考えようぜ」レオが呆れながらも楽しそうだ。「俺たちの特徴って、なんだ?」
「貧乏?」
ミオが即答した。やめてくれ、事実だけど心が痛い。
「それは特徴にしたくないな……」
俺が力なく笑う。
「でも、みんな基礎訓練校出身だよね」
サクラが言う。
「それをアピールしてもなあ……」
レオが難しい顔をする。落ちこぼれ集団です、って言ってるようなもんだ。
「あ、でも『基礎』から『頂点』を目指すって意味で……『ベーシック・トップ』!」
サクラがキラキラした目で提案する。
「ダサい」
ミオの評価は今日も厳しい。
そんな感じで、俺たちはああでもないこうでもないと、いつまでも決まらない議論を続けた。まあ、なんだかんだで、この時間が一番楽しいのかもしれない。
「まあ、焦って決める必要もないか」
レオがまとめた。
「そうだね。いいのが思いついたら、また話し合おう」
俺が締めくくろうとすると、サクラが「次は『サクラ・スペシャル』を推すから!」と宣言し、ミオが「それは絶対にない」と即座に却下していた。
## 2. 押し付けられたリーダーの座
しばらく他愛もない話で盛り上がった後、サクラがまたしても「あ、そうだ!」と手を叩いた。
「チーム名もいいけどさ、リーダーを決めないと!」
その一言で、車内が再びシンと静まり返る。リーダー、か。確かに、考えてもみなかった。
「そう!正式なチームなら、やっぱりリーダーがいた方がいいでしょ。さっきのシロガネチームも、あのシロガネって人がリーダーだったじゃん」
サクラが力説する。
「まあ、確かに」レオが頷く。「対外的な窓口は必要かもな」
「じゃあレオで」
ミオがあっさりと兄を推薦する。
「え、なんで俺なんだよ」
レオが素で驚いている。
「一番年上だし、車も運転できるし」
「それだけの理由かよ」レオが苦笑する。「それに年齢は関係ないだろ」
「じゃあハルトは?」
サクラが不意に俺に話を振ってきた。おいおい、やめてくれ。
「一番最初に遺跡探索始めたし、なんかそれっぽいじゃん」
「いやいや、俺は優柔不断だから絶対に向いてない」
俺は全力で首を横に振った。
『ハルトのリーダー適性は現在C+ですが、私のサポートがあればA-まで向上可能です。受諾しますか?』
プリエスが余計な分析を差し込んでくる。いらないっての!
「自覚あるんだ」
ミオが小さな声で呟いた。
「聞こえてるぞ、ミオ君」
「じゃあミオがやれば?」
サクラが提案する。
「絶対嫌」ミオが即答した。「人前に立つの苦手だし」
「じゃあ私がリーダー!」
サクラが満を持して立候補する。
「サクラがリーダーか……」
レオと俺とミオは顔を見合わせ、沈黙した。その無言の間が、俺たちの答えだった。
「なによ、その間は!」
サクラが頬を膨らませる。
「いや、サクラは戦闘ではめちゃくちゃ頼りになるけどさ、計画立てたりするのは苦手そうだろ?」
俺が正直に、かつ慎重に言葉を選ぶ。
「むー……確かに、細かいこと考えるのは苦手かも」
サクラもそこは自覚があるのか、あっさりと認めた。
「そもそもリーダーって必要か?」レオが根本的な疑問を投げかける。「俺たち、今までもなんだかんだで上手くやってきたじゃん」
「それはそうだけど……」サクラが考え込む。「でも、意見が割れた時に、最終的に誰かが決めないと」
「戦闘の時はサクラが指揮、技術的なことはレオ、情報関係はミオ、全体の調整は俺……みたいに、得意なやつがその都度リーダーシップを取ればいいんじゃないか?」
俺が提案してみる。
「おお、それいいかも!役割分担制!」
サクラがパッと顔を輝かせた。
「確かに、それが一番効率的かもな」
レオも頷く。
「でも、対外的にはどうするの?書類とか、契約とか、誰か一人の名前が必要な時」
ミオが現実的な問題を指摘する。さすがだ。
「じゃあ、その時はジャンケンで!」
サクラの脳天気な提案に、全員から「適当すぎる!」とツッコミが入る。
しばらくの沈黙の後、俺は恐る恐る口を開いた。
「……じゃあさ、形式上は俺がリーダーってことにして、でも実際は今まで通り、みんなで相談して決めるってのはどうだ?」
「なんでハルトが?」
サクラが不思議そうに聞く。
「だって、俺が一番、これといった特徴がないだろ?良くも悪くも普通だから、みんなの意見を聞く余裕くらいはあるかなって……」
俺は自嘲気味に笑った。
すると、意外にもレオが「まあ、それなら良いかもな」と呟いた。
「ハルトなら、ちゃんとみんなの意見を聞いてくれそうだし」
ミオまで賛成の意を示している。マジか。
「優柔不断だから、独裁的にはならないだろうしね!」
サクラが笑顔で追い打ちをかける。
「それ、褒めてるのか?」
俺が尋ねると、三人は楽しそうに笑うだけだった。
「よし、決まりだな」レオがパンと手を叩く。「リーダーはハルト。ただし、重要なことは全員で相談する。これで文句ないな?」
みんなが頷くのを見て、俺は観念した。
「……じゃあ、一応俺がリーダーってことで。よろしく頼むよ、みんな」
俺が照れながら言うと、サクラが「ビシッ!」と敬礼の真似をした。
「よろしく、リーダー!」
「茶化すなよ、恥ずかしいだろ」
「でも、『リーダーのハルトです』って自己紹介するの?」
ミオが純粋な目で聞いてくる。やめてくれ、想像しただけで死にたくなる。
「うわ、それは勘弁してくれ……」
俺が本気で顔を覆うと、また車内に笑いが起きた。
こうして、半ば押し付けられる形で、俺は名ばかりのリーダーになった。責任重大だけど、まあ、この仲間たちとなら大丈夫だろう。そんな不思議な確信があった。
『リーダー就任、おめでとうございます、ハルト。早速、チーム管理用のプロトコルを起動しますか?』
プリエスが脳内で祝福してくる。
『そういうのはいいから!』
俺は心の中で叫びながら、窓の外に広がる街の明かりを眺めた。チーム名はまだ決まってないけど、俺たちの新しい一歩が、確かに始まった気がした。
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