第6話 商魂たくましき情報屋
## 1. 予感に満ちた朝
まだ四月だというのに、窓から差し込む日差しはすっかり初夏のそれだった。床にできた光の四角形を眺めながら、俺は今日の探索への期待に胸を膨らませていた。隣で同じように心を躍らせているであろう相棒と共に。
電車に揺られながら、俺たちは今日の作戦会議を開いていた。もちろん、俺の脳内で、だけど。
『今日はサクラにも情報結晶化を手伝ってもらおうと思うんだけど、どう思う?』
『いいと思います。出来が良くても悪くても、経験を積むことが大事ですから』
と、プリエスは冷静に分析する。俺の肩の上、いつもの定位置でちょこんと座る半透明の彼女は、今日も知的好奇心に満ちあふれている。
『そうだな。俺も最初は失敗ばかりだったし』
『あと、サクラは褒めたら伸びるタイプに見えます。その辺りを意識して接すると良いかと』
『なるほど。……なあプリエス、ちなみに俺も褒められて伸びるタイプなんだけど』
俺が意味ありげな視線を投げかけると、プリエスはホログラムの体をわずかに揺らし、ぷいっとそっぽを向いた。
『……ハルト、今日は絶好の探索日和ですね』
『おい、無視かよ』
まったく、このAI様は手厳しい。
電車に揺られること三十分。俺たちは目的地の最寄り駅に降り立った。そこからさらに三十分ほど歩くと、目の前に静かな廃墟地帯が広がった。安全遺跡の住宅団地跡、かつては「ニュータウン」と呼ばれた場所だ。
## 2. 緑の迷宮と子供たちの夢
崩れかけたコンクリートの建物群を、蔦や名前も知らない草木が覆い尽くしている。まるで文明が自然に飲み込まれていく過程を見ているようで、壮観ですらあった。時折聞こえる鳥のさえずりが、廃墟の静寂を一層際立たせる。
「魔物の気配はないね」
サクラが周囲を警戒しながら囁く。
「ああ。でも油断は禁物だ」
俺たちは慎重に一軒ずつ探索を始めた。商業施設と違って、人の生活の痕跡が生々しく残る家に入るのは、どうにも気まずい。まあ、違法じゃないから割り切るしかないんだけど。サクラは意外と平気な顔で、ずんずんと奥へ進んでいく。たくましいな、おい。
写真やトロフィーが飾られたままの家、家具が散乱し、まるで昨夜まで人がいたかのような錯覚を覚える家。いくつかの空振りを経て、サクラが一軒の家の地下室で歓声を上げた。
「ハルト、こっちこっち!すごいもの見つけちゃったかも!」
彼女が手招きする先には、子供向けアニメのロゴが入った古めかしい箱が山積みになっていた。中を覗くと、コインサイズの記録媒体がぎっしりと詰まっている。
「すごいな……これ、個人のコレクションか?」
『ハルト、どうやら映像コンテンツのコレクションのようです。これは昔流行した、お菓子のおまけについていた記録媒体ですね』
俺のQSリーダーを通して、プリエスが素早く情報をスキャンしていく。
『このキャラクターロゴは有名です。昔の子供向け教育番組のシリーズに関連しています。詳細を調べてみましょう』
俺がいくつかの記録媒体を読み取ると、2000年代から2060年代にかけての子供向け教育番組や実験番組のデータが溢れ出てきた。
「これって……理科実験とか、工作とか、夏休みの自由研究みたいなやつだ!」
サクラが子供みたいに目を輝かせている。
『ハルト、これは興味深いコレクションです』プリエスが興奮気味に続ける。『特に、理科実験や工作の映像は、現代の子供向けイベントで高い需要が見込めます』
確かに、最近は「昔の子供の遊び」を再現するイベントが人気だとニュースで見た。これは当たりかもしれない。
「これごと持って帰ったら……ダメなんだよね」
サクラが名残惜しそうに箱を撫でる。
「まあ、一応そういう決まりだからな。崩壊前のデジタルデータは、無許可の複製、流通、販売が禁止されてる。お金にするには結晶化しないと」
「うーん……でも、これって結構な量だよね」
サクラがうんざりしたように箱の山を見上げる。
「だから、今回はサクラも手伝ってくれよ!結晶化!」
「うん、わかった!任せて!」
サクラが待ってましたとばかりに嬉しそうに頷いた。
## 3. 天才AIと未熟な俺
こうして、俺たちの長い長い結晶化作業が始まった。情報結晶化は、精神を集中させて情報エネルギーを練り上げる、地味で過酷な作業だ。大量にあると、本当に骨が折れる。
「ふー、しんどいな……」
俺が汗を拭うと、プリエスがすっとホログラムの姿を現した。
『ハルト、私が手伝いましょうか?』
『ん?手伝うってどうやって?』
『私が結晶化魔法を使用して結晶化させます』
『え、プリエスもできるのか!?』
QSリーダーはあくまで情報を読み取って使用者の精神に転送するだけのデバイスのはず。結晶化機能付きなんて聞いたこともない。
『はい。私自身の情報エネルギーを消費しますが、可能です。今は比較的リソースに余裕がありますので』
『へー、すごいな!じゃあ、試しにやってみてくれ!』
俺が記録媒体を一つ差し出すと、プリエスはそれをスキャンし、その小さな手の中に星屑を集めたような光を生み出した。光はみるみるうちに密度を増し、やがて一つの完璧な結晶へと姿を変えた。
『できました』
『おお、すごい!めちゃくちゃ品質いいじゃん!』
俺は思わず声を上げた。プリエスが作った結晶は、まるで宝石職人が丹精込めてカットしたダイヤモンドみたいだ。俺やサクラが作ったものとは、輝きの次元が違う。
『ありがとうございます』
プリエスは少し誇らしげだ。
……いや、待てよ。これはまずい。
『でも、これ、俺がやったことにするには不自然なほど品質が良すぎる……』
『……そうですね』
プリエスが二つの結晶を見比べて、こくりと頷く。これを見せたら、またサクラに要らぬ疑問を抱かせてしまう。
『プリエス、君は結晶化の品質を調整できるのか?』
『はい。私の情報エネルギーの消費量を調整することで、品質は変更可能です』
『へー、じゃあ、もう少し品質を落としてもらえるか?俺のやつに合わせて』
『……いえ、これが最低品質です』
『……は?最低品質?』
『はい。これ以上品質を落とすには、私の処理モジュールを物理的に改造する必要があります』
そんなことできるわけないだろ!色んな意味で!
今までサクラに褒められて、ちょっと天狗になってた自分を殴ってやりたい。これが天才AIの実力か……。
『そうか……じゃあ、やっぱり俺がやるよ』
『……お役に立てずすみません、ハルト』
『いや、いいんだ。謝られると逆に辛いから……』
俺は気を取り直して、サクラと一緒に黙々と作業を続けた。もっと、もっと上手くならないと。プリエスに頼ってばかりじゃダメだ。
なんとか昼過ぎに作業を終え、俺たちは達成感に満ちた顔で、ずらりと並んだ情報結晶を眺めた。全部で三十個。なかなかの壮観だ。
「サクラ、ありがとう。君がいなかったら、こんなに早く終わらなかったよ」
「疲れたー!いつもハルトにやってもらってたけど、こんなに大変なんだね!」
サクラが床にへたり込んでいる。
「今日は量が多かったからな。サクラの結晶もすごく綺麗にできてるぞ!すごいじゃないか!」
俺がちょっと大げさに褒めると、サクラは「えへへ」と照れくさそうに笑った。
「ありがとう!ハルトのはいつも通りすごいね!これなんか、特に綺麗だよ!」
サクラが指さしたのは、さっきプリエスが作った例の超高品質結晶だった。
「……あ、ああ。ありがと」
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、俺はかろうじて笑みを浮かべた。心臓に悪いぜ、まったく。
## 4. 交錯する値札
夕方、俺たちはすっかり馴染みになった田中商会を訪れた。
「おお、いらっしゃい。今日はどうだった?」
店主の田中さんが、人の良さそうな笑顔で迎えてくれる。
「今日は大漁ですよ」
俺がカウンターに結晶を並べると、店主は「ほう」と目を細めた。
「崩壊前の教育コンテンツか。こりゃまた珍しいもんを見つけてきたな」
「珍しいんですか?」
「ああ。そもそも制作された動画はネット経由で配信されてたからな。データが記録媒体として残ってるのは、大型データセンター遺跡以外じゃ滅多に見つからん」
なるほど。だから価値があるのか。
店主が鑑定デバイスで一つ一つ結晶を確認していく。数分後、彼は顔を上げた。
「んー、この量だと……全体で20万円ってとこかな」
20万円!過去最高額に、俺とサクラは顔を見合わせて笑った。
「まあ、正直に言うとだな」店主が続ける。「この手の情報結晶は、時期によって価格が大きく変動するんだ」
「時期、ですか?」
「ああ。夏休み前、特に六月から七月にかけては、自由研究関連の需要が急激に高まる。今の時期の1.5倍くらいになることもあるんだが……」
その時、店の奥から聞き覚えのある声がした。
「20万円?親父、それでも安すぎますよ」
声のした方を振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。
## 5. 商人タクマ、現る
「タクマ!?」
癖のある黒髪に、人懐っこそうな顔立ち。でも今は、商売人らしい鋭い目つきをしている。基礎訓練校の同期、タクマだった。
「お疲れ様です、父さん。ちょっと聞こえちゃったんですけど……」
タクマは親父さんに声をかけると、俺の存在に気づいて目を丸くした。
「あ、ハルト!君だったのか!」
「お前こそ、なんでここに……」
「俺が三男坊だって、自己紹介の時に言ったろ?ここ、うちの実家」
「……そういや、そんなこと言ってた気もするな。田中さんってこの辺じゃよくある苗字だから、すっかり忘れてた」
「あー、わかるわかる」
タクマが人懐っこい笑顔に戻る。
俺は隣で興味深そうに俺たちを見ているサクラを紹介した。
「こっち、俺の探索パートナーのサクラ。サクラ、俺の同期のタクマ」
「初めまして!」「初めまして、サクラさん」
簡単な挨拶を交わすと、タクマはすぐに商売人の顔に戻った。
「で、勝手に口を挟んで悪いんだけど……その教育コンテンツ、個人で欲しがってる人を知ってるんです」
「個人で?」俺が聞き返す。
タクマは指を動かしながら、まるで高速でそろばんを弾いているかのように何かを計算する仕草を見せた。
「清原児童館の館長さんなんですけどね。夏休みのイベントで、昔の理科実験を再現したいって相談を受けてたんです。まさに、こういう資料を探してたんですよ」
「へぇ!」サクラが興味深そうに身を乗り出す。
「僕なら……」タクマがちらりと父親を見る。店主は「やれやれ」とでも言いたげに苦笑いしながら頷いた。「27万円でこの結晶を買い取ります」
27万円!親父さんの提示額より7万円も高い。
「え、そんなに高く買い取ってくれるのか?」
「はい。市の『伝統的教育手法の復活事業』っていう名目で補助金が出るんですよ。でも、この手の情報結晶は普通、市場に出回らない。だから、見つけたら教えて欲しいって僕に直接相談が来てたんです」
顔が広いんだな、と俺は素直に感心した。
「おそらく30万円以上で売れると思います。差額は僕の仲介手数料ってことで」
タクマが悪びれもなく笑う。
「どうします?今すぐ現金でお支払いできますよ」
三ヶ月待って30万円になる保証はない。それなら、今の27万円の方がずっと価値がある。俺とサクラは顔を見合わせ、力強く頷いた。
「じゃあ、よろしく頼む!」
「ありがとうございます!じゃあ、お金を用意しますので、少しお待ちください!」
タクマが嬉しそうに言って、店の奥へと消えていった。
## 6. 未来への投資
他の情報結晶も合わせて、今日の収入はちょうど30万円になった。もちろんサクラと折半で、15万円ずつ。二人して、笑いが止まらない。
取引を終えて店を出ると、タクマが追いかけてきた。
「ハルト!連絡先、交換しようぜ。また高く買い取れる情報があったら、紹介するからさ」
俺たちは連絡先を交換した。
「卒業式以来だったけど、いつか会うんじゃないかと思ってたよ」
タクマが笑顔で言う。
「そういえば、ハルト。卒業式の時『ソロでやる』って言ってたけど、今はサクラさんと組んでるんだな」
「まあな。色々あって」
俺は苦笑いする。
「いいことだと思うよ。一人より二人の方が安全だからな」
ふと、気になったことを口にした。
「なあ、タクマ。親父さんが20万円で買い取ったのを、そのまま譲ってもらって30万円で売れば良かったんじゃないか?」
「父さんが20万円で売ってくれるならね」タクマは肩をすくめた。「俺は今、個人商店としてやってるから、父さんから買い取らないといけない。そうなると消費税もかかるだろ?」
「たしかに」
「父さんも商売人だから、安くは売ってくれないよ。今日は客を横取りする形になっちゃったけど、見逃してくれたんだ。たぶん、次はない。だから今度は直接、君から買いたい」
「なるほどなー。親父さんも隅に置けないな」
「それに」タクマは悪戯っぽく片目をつぶった。「君に俺の価値を知ってもらって、将来もっと大きな取引ができたらいいなって思ってるんだ。いわば、これは未来への投資みたいなもんさ」
「それいいね!私たちももっと稼げるように頑張るよ!」
現金なサクラが、拳を握って満面の笑みで応えた。
## 7. 新しい仲間と、広がる未来
家に帰って祖母に15万円の収入があったことと、タクマとの再会を話した。祖母は金額に目を丸くしていたが、新しい友達ができたことを心から喜んでくれた。
「良いお友達がいて良かったわね、ハルト。大切にするのよ」
「うん、もちろんさ」
友達も大事だけど、俺にとっては、この世界でたった一人の家族である祖母が一番大事だ。いつか、この古いアパートじゃなくて、安全で快適な場所に住まわせてあげたい。そのためにも、もっと稼がないと。
その夜、俺は自室のベッドでプリエスと話していた。
『ハルト、今日は本当に良い一日でしたね』
『サクラのことか?タクマのことか?』
『両方です。サクラさんもタクマさんも、ハルトの素晴らしい仲間になりそうですね』
『ああ、そう思う』
サクラは頼れる戦闘員で、結晶化の腕も上がってきた。彼女がいれば、探索の安定性は格段に上がる。
……いや、待てよ。戦闘もできて、結晶化もできるなら、サクラ一人でも十分やっていけるんじゃないか?あれ、俺、もしかしていらない子……?
『ハルト?』
俺の不安を察したのか、プリエスが声をかけてくる。
『ハルトがいなければ、サクラさんもタクマさんも集まりませんでした。あなたはこのチームの中心ですよ』
『……そうか?』
『はい。それに、私を使いこなせるのはハルトだけです』
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
タクマは顔が広く、商売の才能がある。彼と組めば、俺たちの稼ぎはもっと増えるだろう。
15万円という過去最高の収入。そして、新しい仲間との出会い。
なんだか、未来が急に明るく、面白くなってきた気がした。
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