第23話 メティズヒリ、徹底制覇(1)

 エントランスを出たところで、ぼくたちは配信の準備を始めた。

 カメラ付きドローンを飛ばし、モノクル・マイクを装着。念のために共有ラインにも 『いつでも配信できます』 とメッセージを入れる。

 行き先は、マリリン垣崎先生の買い出し優先で、ふもとの街 ―― まずはケーブルに乗らないと。

 ぼくたちはサエリを先頭に、ぞろぞろと駅に向かって歩きはじめた。ぼくとツルギがサエリのうしろ。マリリン垣崎先生とミウが何かおしゃべりしながら、そのあとに続く。

 ケーブルの駅が近づいたころ、モノクルの画面にぼくたちの姿と配信タイトルが映し出された。


【生配信 防衛芸術高校ダンジョン掃討作戦 / ノースキル科:負けたら取り潰し!?存続を賭け、本科エースとの競争がスタート!~隠し玉は驚異のダンジョン遭遇率~】


「えッ? これってッ、俺たちでなにか説明したほうがいいのッ!?」


【お願いします】


 ツルギに反応して、すかさずテロップが流れる。


「あッ、あのッ! そゆことでッ、俺たちは実習だけじゃなくッ、ダンジョン遭遇率の高さで勝負っていうことにッ」


 >> ツルギww

 >> 噛みすぎww


 さっそくコメント欄にツッコミが入り、ぼくの背後からミウがささやくように言った。


(ノブ、説明してあげなさいよ)


「えーと、ぼくたちはいまから、ダンジョン攻略の自習に向かいます。というのも、タイトルのとおり、本科の3年エースとの競争が決まりまして」


 >> あーこのまえの!

 >> キセか

 >> キセ様な!


「はい。そのキセさんがいる、本科3年A班と……これから約1年間のダンジョン掃討で入るポイント累計が多いほうが勝ち、っていうことに」


 配信画面の真ん中に、ポイント表が現れる。


 >> 上下のポイント差えぐい

 >> 負けたなw

 >> 無能に厳しいせかい

 >> 無理ゲー


「えーと、みなさん、素直な反応ありがとうございます。まあ、本科のエースはA級B級メインで攻略ということで、正直、ぼくたちには厳しい戦いだと思います」


「だけどッ! 俺とノブちん、ふたりそろうとっすねッ! なぜかダンジョン遭遇率が爆上がりなんっすッ」


 >> ツルギ、どや顔w

 >> そういえば

 >> なんか配信多いよな

 >> おかげで無能ディスるのも飽きたw

 >> わい、けっこう全部みてる

 >> ワイもw


「そうッ、ぜんぶ見てくれてますよねッ! あざまっす、あざますッ」


「ありがとうございます」


 配信画面のなかでは、ぼくたちが足を止めて、いっせいに頭を下げている。いつもマイペースなサエリも、きれいにお辞儀してるな。

 たぶん、いま ――

 ぼくたちはみんな、クリスマスプレゼントが1コ多かったときの子どもみたいな気分なんだ。少なくとも、ぼくはそう。

 ―― 視聴者が増えてきたことも、欠かさずコメントをくれる人が何人もいることも、そのコメントが少し温かいものになっていることも。

 もちろん気づいてたけど、こうして直接、言ってもらえるのは、思っていたよりずっと嬉しい。

 ―― これが、ことばの力で。

 ことばを発する人間の、心のエネルギーでもある力だ。

 名前も顔も知らない誰かの心のエネルギーを、ことばがこうして、ぼくたちのもとに届けてくれる。

 だとすると、アプリを通して集まる感動エネルギーもきっと、同じようなもので……

 

「どした、ノブちん」


 ツルギに軽く肩を叩かれて、ぼくは気づいた。

 まだ頭下げてたの、ぼくだけだ ――


「すみません! みなさんのコメントにちょっと感動しちゃって」


 >> ノブちんw

 >> 厨2魔王の目にも涙w


「えーと、感動エネルギーって、当然ですけど、単なる数値じゃないというか…… みなさんから、貴重なものをいただいて戦ってるんだな、と思いました。改めて、ありがとうございます」


 >> 語りすぎw

 >> だがいいこと言ったw


 >> 200いいね 達成しました


 ―― 語りすぎって、わかってるし (恥)


 なんとか本科エースとの競争とダンジョンのことを説明し終わったときにはもう、ぼくたちは駅のホームからケーブルに乗り込んでいた。

 席にすわりながら、ぼくは改めて視聴者に、今日のメンバーを紹介する ―― これで 【序破急】 の 【序】 は、できてるかな。


「―― 以上がいつものメンバーで、今日は付き添いで、マリリンこと、ぼくたちの寮母さんに来てもらってます」


 配信画面に三角巾のよく似合う、優しい表情が大写しになった。


 >> お母ちゃん!

 >> マリリン母ちゃん!

 >> てか、マリリンってあのマリリン!?

 >> んん誰?

 >> あのマリリンてどのマリリン?

 >> ほい https://nhkd.org/archives/……


「「「「え????」」」」


 ぼくとミウ、サエリ、ツルギの4人は、仲良く声をあげる。

 コメント欄に手際よく貼られたURLからすると、マリリン垣崎先生はもと有名なダンジョン掃討部員てことになりそうだ……


「10年以上も前の話ですから」


 マリリンの口調も表情もやわらかいままだが、一瞬…… 見えない壁を立てられたように感じた。

 ぼくたちはリンク先の動画を観るためスマホを取り出そうとしていた手を、思わず止める。

 ―― こういう言い方をされてなにも感じずにいられるほど、ぼくたちは傷ついてこなかったわけじゃない。


「別にいま観る必要、ないわね」


「まあ、いつダンジョンに遭遇するかわからないしね」 「…… ほんと、それ」 「それなッ」


 ミウのさっぱりキレのいいソプラノに、ぼくたちは口々に賛同してみせたのだった。

 ケーブルがガタッと揺れて、周囲が暗くなる。

 ぼくたちの間に緊張が走った。


「先週は、このトンネルでC級ダンジョンにったんだったよね……」


「また来たりしてッ」


「いいんじゃないの? ダンジョン発生ってたしか、重なるとグレード高いのが出るようになるのよね?」


 ミウの発言に、サエリの目が丸くなる。 


「…… そうなの?」


「先週のダンジョン実習で、儺鎗なやり先生がおっしゃってたでしょ」


「…… そうなんだ……」


 全然聞いてなかったな、サエリ。

 ぼくたちの心配 (期待?) をよそに、ケーブルはガタゴトと走り続ける。

 このトンネル、けっこう長いんだよね…… それでも、ダンジョンはまだ出現してこない。


 >> ダンジョン来ないな

 >> いや普通はそこまで多くないから

 >> 今回はタイトル詐欺か

 >> いやこれで来たらまじコ◯ン並みの遭遇率で研究対象だわw


モルモット研究対象はイヤっすッ!」


 ツルギの反応に退屈しかけていたコメント欄がちょっと沸いたタイミングで、車内アナウンスが流れた。


〔今日もケーブルカーをご利用くださいまして、ありがとうございます。トンネルを抜けますと、まもなく 『こもれび駅』 ―― 終点で、あれ!? トンネルもう抜け…… え? ここどこ!?〕


 >> キターーー!!!

 >> ダンジョンきた!

 >> キターーーー!!!!

 >> まじでまさかの遭遇率w

 >> すまないがモルモット確定の方向で


「いやッ、それだけはッ、まじカンベンっすッ」


 ガタッ

 ケーブルが止まる ――


 あたりは、異様な静けさに包まれていた。

 この場では、なにを言っても意味をなさない ―― そんな気にさせられる沈黙が、一瞬でぼくたちの心を浸す。

 なにかが音もなく壊れ、削りとられていっている ―― そんな、静けさ。

 コメント欄も、息を詰めているかのように止まる。


 ―― 見渡すかぎり、白みがかった紫色の岩山だ。

 ごつごつとした岩壁には階段や渡り廊下がめぐらされ、出入口や窓のような穴がうがたれている。

 一種の洞窟都市だが、ここは……

 ぼくは息をのんだ。


 『メティズアメジストのヒリ』  


 前世の記憶のなかでも、かなり強烈な部類に入る死の街 ―― 


 メティズヒリは、前世のぼくが魔王として生まれるよりもずっと昔に滅んだ。魔界の伝説の街だ。

 アメジストを多量に含む岩山をくりぬいてつくられた魔族の街だったが、欲に目のくらんだ人間たちから度重なる侵略を受け、ついには降伏した。

 しかし人間は魔族への容赦というものを知らず、街の者は、老若男女・貴賤問わず殺されたという。

 徹底的な破壊を免れたのは、その後すぐに 『メティズヒリで採掘した者は早死にする』 という噂が流れたためだ。

 その噂は、真実 ――

 つまりは街全体に滅ぼされた住民の怨念がしみついており、足を踏み入れただけでのろいの効果を受ける。

 あらわれる症状は、強烈な頭痛、幻覚、異様な倦怠感や毒状態など、人によってさまざまだが…… 場合によっては、幻覚に支配された身内どうしで相討ち、なんてこともありうるらしい。

 そして主要モンスターは死霊と鉱石が結びついて生まれたゴーレム。物理耐性・魔法耐性ともに最高レベルであり、効くのは魔族とは相性の悪い神魔法だけだった…… はたして、現在のこの世界の科学兵器がどれほど効くか。

 そして、ここのダンジョンボスもまた……


「ノブちんッ」


 ツルギがぼくの目の前で手をヒラヒラさせる。


「固まっちゃってッ、どうしたッ?」


「ツルギ…… このダンジョン、一歩も外に出ずに救援待ったほうがいいと思う」


「グレードが高いの? のぞむところだわ!」


 ミウが立ち上がった。

 いやちょっとまってね、まじで!


「たぶんだけど、B++くらいだよ、ここ」


 >> まじか!


 コメント欄が息を吹き返した。


 >> すごいの引き当てたな!

 >> ノブちんいまこそ魔王化おなしゃす!


「ごめんなさい、そんな不発弾的なものに頼って、なんとかなるとこじゃないんですよ」


 >> 不発弾てw

 >> 自分で言うなww


 マリリン垣崎先生が眉をひそめる。


「たしかにダンジョンのグレードは高いでしょうね」


「はい、危険だと思います」


「じゃあ、棄権…… というわけにも、いかなくなっちゃったみたいですよ」


 >> えっ、寮母さん、大丈夫?

 >> たきつけるなマリリン

 >> おとなしくダン掃待つのが正解

 >> てか、ミウたんとサエリたんは?

 >> え!

 >> いなくね?

 >> あー、だからか!?


「えっ……!?」


 ぼくは、せまいワンボックスカーを見まわした ―― いない。

 さっきまで、普通にしゃべっていたはずなのに。

 ミウも、サエリ、ツルギも ―― ケーブルの車掌さんも、いない。


 いつのまにか、ぼくとマリリン垣崎先生はケーブルのなかで、ふたりぼっちになっていた ――

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