第22話 新学期開始

「うーん…… わかった。けど、わからん」


 ぼくは自習用パソコンの前で首をひねっていた。

 4月14日、月曜日 ――

 あのC級・地下キノコダンジョン攻略から5日経ったが…… いまでも、ぼくの疑問は解けないままだ。


 【序破急新技】 が、わからない ――


 ノースキル科の授業は、もうとっくの昔に始まっていて、ぼくも芸術の時間に 【序破急】 すなわち、小説の構成というものについて詳しく教えてもらったというのに。

 すごく大ざっぱに言えば ――

 【序】 は舞台紹介や登場人物紹介、【破】 は急展開、【急】 はクライマックス+ラスト、だ。


「いや、知識としては、わかったんだよ……」


 わからないのは、その技序破急をどうやって使ったらいいのか、ってことなんだよね ――

 意識したとたん、自分がなにを書こうとしていたかがわからなくなって、頭が真っ白になってしまう。

 なんとかしようと、こうして放課後とかに、序破急新技の活用法を検索しまくってみても…… なぜか全然、ピンとくるものが出てこないのだ。


 ―― そもそもサエリもミウもツルギも生きた人間であるからして、いつも作られたストーリーみたいに都合よい言動をしてくれるわけじゃない。

 だからぼくは、ダンジョンで革の本専用D E Wに記入するときには、仲間の言動を注意深く聞いて、攻略に必要そうなことと視聴者さんにウケそうなことだけを書くようにしてる。

 で、みんなで行動すれば自然となにかが起こる ―― 重要なことなら書くし、重要じゃなければ書かない。

 ラストのボス戦にしても、同じだ ――


 で、これをただの 『記録』 ではなく 『ストーリー』 にするためには……

 ぼくの主人公ムーヴ (これは、ぼく視点で書く以上そうしたほうがいいってことらしい) とともに 【序破急】 を意識することも必要みたいだ ―― って、なんとなくは、わかったけど。


「うー、やっぱり、どうもな?」


 2度言っちゃうけど、相手は生モノなんだから。

 一方的にぼくの考えを押しつけるわけにも、物語ストーリーのためのコマにするわけにも、いかないよね?

 ぼくだってそんなことされたら、腹立つし。


 ―― 鷹瀬先生は 『序破急など構成の基本は押さえておいたほうがいいですが、わからなかったら、そんなに気にする必要ないですよ。とにかく練習するのが大切ですから』 と言ってくれたけど……


 ―― もしかして、才能スキル持ちなら、こんな初歩的な基礎事項なんて、あっさりこなせるのかな…… あ。

 なんかいま、モヤッとした。ついでに、イラッともした。

 で、いつのまにか、ひとりごとがでてた。


「構成とか意識してたら、何を書いてよくて何を書いちゃいけないのか、かえってわからなくなるって……」


「ふーん。だから、先週末のダンジョン実習ボロボロだったのね!」


 急にぼくの頭の上から、きれいなソプラノが降ってきた ―― ミウだ。

 新学期が始まってまだ間もないけれど、ぼくとミウがこのパソコン室ではち合わせるのは、初めてじゃない。おそらくミウは、新しい楽譜をプリントしに来たんだろう。


「実習はE級ダンジョンなのにノブ、ほんとにただの 『記録係』 だったわよね?」


「えっとでも、いちおうラストまで記録したし、サポートなくても、ミウの浄化の歌とサエリのレーザーバレエだけで、余裕で制圧できたし……」


「B級やA級になったら、どうするのよ!?」


「わかってるから、悩んでるんだって」


「そうやって悩むより、実際に練習してみたほうがいいわよ?」 


「それ、鷹瀬先生にも言われた」


「あ、やっぱり。鷹瀬先生、なにげにすごいわよね…… 儺鎗なやり先生もだけど」


「実質、ほぼふたりで全教科分担してるもんね」


 鷹瀬先生も儺鎗なやり先生も無才能者ノースキルだけれど、ふたりとも高校の教員免許を複数持っていて、ぼくたちの授業はほとんどふたりが担当してくれているのだ。

 授業は各自の進度に合わせた自習形式になっていて、ぼくたちはやりやすいけど、先生がたは大変だと思う。

 しかも鷹瀬先生は、ぼくの小説の授業まで受け持っている ――


無才能者ノースキルだって、こんなすごい人たちもいるんだよな」


「けど、みんな 『才能スキル持ちはもっとすごい』 って言うじゃない?」


「悔しいよね」


「そんなに才能スキル持ちが偉いの、って思わない!?」


「どっちかというと、そう思うのに、実際に見ると、やっぱり才能スキル持ちすごい、と言わざるを得ないとこが、まじに悔しいかも」


「そうなのよね…… でもね」


 ミウ、めずらしく長話だな。いつもなら 『じゃ、練習行くから、あとでね!』 とか言ってるくせに。


「わたし、このまえ図書室でたまたま、才能スキル持ちが当たり前じゃなかった時代の漫画を見たのよ」


「へえ?」


「そしたらね、『才能の差を埋めるのは努力』 って…… びっくりするくらい努力してた」


「漫画だからだろ。それに才能スキルの差は努力したって埋まらない」


 昔は才能っていうものが漠然としていたから 『努力で勝つ』 ファンタジーが横行していたんだ。

 けど、スキル持ちが当たり前になった現代では、無才能者ノースキルはそんな夢は見られない。

 努力して差を埋められる人は別の才能スキルを持っていた。って話にすぎないんだ。


「ぼくたちなんて、せいぜい、これ以上引き離されないようにするのが、せいいっぱいだろ」


「わたし、そういうの嫌いよ」

 

 ミウがむっとしている。

 まあたしかにミウは、無才能者ノースキルっていっても、かなりレベル高いもんな…… これで才能スキルがあったら、日本を代表する歌姫になれてたかもしれない。


「だいたい。いま無才能者ノースキルのわたしたちにできることって、努力しかないじゃない?」


「―― なにが言いたいんだ、ミウ」


 ミウは手をのばし、ぼくが見ていたパソコンの電源を勝手に切ると、その手をぼくに差し出した。


「サエリとツルギと、3人で相談したのよ」


「なにを?」


「ノブナガが新技 【序破急】 を使えるようになるまでダンジョンに遭遇しまくろう、って。少しでもポイント稼ぎになるし」


「なんつー荒わざを考えるんだよ」


「で? サエリとツルギも、もう待ってるけど…… 行くの? 行かないの?」


「―― 行く」


 ぼくはいつものリュックをしょって、立ち上がった。


 ミウによるとツルギたちは、ここノースキル科校舎のエントランスで待っているらしい。

 山の中の建物だから、エントランスはひとつ上の4階。

 ぼくたちはパソコン室を出て、青いカーペットの敷かれた階段をのぼる。

 道々しゃべるのは、先週の獲得ポイントのことだ。


キセ本科3年A班は、B級ダンジョンを無事クリアして、いま40ポイントよね」


 ミウが眉をしかめる。悔しそうだ。


「で、わたしたちノースキル科は入学式のC級と実習でクリアしたE級、あわせて25ポイントよ」


「思ったより差が開いてない」


「そうよね!」


「ぼくたちがダンジョンもするとしたら、全然、追いつけるかも……」


 階段のうえに、ふたつの人影が現れた。逆光のなかで、ピンクと銀、それぞれの髪色だけが鮮やかだ。

 ツルギが俺たちにむかってサムズアップしてみせる。

 

「それでッ、最後にはA級攻略して一発逆転! ってねッ」


「遅いから…… むかえにきた……」 と、サエリ。


「? そんなに遅かった?」


 ぼくが尋ねると、ミウがぷいっと横を向いた。


「だって! ノブが真剣な顔で考え込んでるから!」


「あ、ごめん。待っててくれてたんだ……」


 最近気づいたんだけど、ミウって割と、そういうとこがある。きつい言動は、遠慮深さの裏返しっていうか。


「じゃ…… いこ……」


 サエリがきびすを返して先頭にたち、ぼくたちはエントランスに向かう。

 ぼくは歩きながら、スマホを取り出す。


「いちおうグループラインに連絡、入れとこう」


「もう? まだダンジョンに遭遇してないのに」


「自習に行くんだから、先に連絡しといたほうがいいかなって。C級ダンジョンでも先生に心配かけたし……」


「さすがノブちんッ! 気遣いの男ッ」


 ツルギが賛同してくれたので、ぼくはN日本DダンジョンH放送K協会・自衛隊のダン掃ダンジョン掃討部・学校のグループラインにメッセージを入れた。


『これからダンジョン攻略の自習に街まで行きます。ぼくたちダンジョン遭遇率高いんで、その前提で動きます!』

 

 ―― わざわざメッセージを入れたのは、ほかの狙いもある。

 もしかしてN日本DダンジョンH放送K協会のスタッフさんが、ぼくたちのダンジョン遭遇率の高さに興味を持ってくれたら、ダンジョン突入前から配信が始まるかもしれない。

 そうすると、感動いいねエネルギーがためやすくなる……


 ほどなくして、通知音が鳴った。


『学校を出たら、配信を開始します。準備してください!』


「よしっ」


「んッ? どうした、ノブちんッ?」


 ぼくはツルギとミウにスマホ画面を見せた。


「早めに配信、始めてくれるって」


「そういうことだったのね」


「うん、ちょっと狙ってた」


 ミウが呆れ7割、感心3割くらいの眼差しをぼくに投げ、ツルギがぼくの肩を叩く。


「ノブちんッ! 腹黒ぅッ!」


 ―― 気遣いの男、って言われるよりは、ほめられた気がするな。


 前を歩くミウにも、学校を出たらすぐに動画配信を始めることを伝えたころ、ぼくたちはエントランスについた。

 外の新緑が、床にも天井にも映って、すでに森のなかにいるみたいだ ――

 あふれるような緑のなかで、ぼくたちを待っていたのは、三角巾にエプロン姿が異様によく似合うひとだった。


「…… マリリン」 「なんで、ここにいるんですか!?」 「夕飯の買い出しですか、垣崎先生?」 「俺ッ、カツカレー希望ッ」


 くちぐちに話しかけるぼくたちに、いちいち優しい笑顔でこたえてくれる寮母 ―― 垣崎かきざき鞠花まりか先生、通称マリリンは、にこにこと言った。


「みなさんの自習に付き添うよう、鷹瀬先生に頼まれましたので…… お買物ついでに、ご一緒しますね」


「「「「!?!?!?!?」」」」


 ぼくたちは、思わず顔を見合わせていた。

 ―― マリリン垣崎先生って…… 強いの?

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