第2章 王都への旅立ち
オーガを討ち倒してから数日後。
村は再び平穏を取り戻していた。だが、私の胸の奥には確かな変化が残っていた。
――もっと強くならなければ。
あの夜、確かに村を守れた。だが、あれは運が良かったにすぎない。次に現れるのが、もっと強大な魔物だったら。村人を守り切れる保証などどこにもない。
だから私は決めた。
この村を出て、広い世界を知り、力を磨くのだ。
◆
「王都に行く?」
父が驚いた顔で鍬を止めた。
「ああ。冒険者として学びたいんだ。魔法や戦い方をもっと」
「無茶だぞ、アレン。王都までは遠い。村を離れてどうやって暮らす」
父の声には不安と怒りが混ざっていた。母もまた、心配そうに私を見つめている。
だが、私は揺るがなかった。
転生は一度きり。ならば足を止めるわけにはいかない。
「必ず戻るよ。強くなって、村を守れるようになって」
沈黙のあと、父は深いため息をつき、鍬を地面に突き立てた。
「……なら行け。お前の目が、決して諦めない色をしているからな」
母は涙ぐみながら、手作りの布袋を渡してくれた。
中には乾燥肉と干し草のパン、そして銀貨が数枚。
「身体に気をつけて。……約束して、必ず帰ってくるって」
「ああ、約束する」
その夜、家族と食卓を囲んだ時間は、胸が張り裂けるほどに愛おしかった。
◆
出立の日。
村の入り口には、すでに二人の仲間が待っていた。
「やっぱり行くんだな」
レオンが肩に剣を担ぎ、苦笑した。
「ああ。お前も来てくれるんだろ?」
「もちろん。鍛冶屋の息子が剣を振るえなきゃ、父さんに笑われるからな」
「私だって行くよ!」
ミラが弓を背負って胸を張る。
「女だからって村に残れなんて言わせない。アレンの夢に、私も付き合うんだから!」
その瞳は真剣で、私の胸を強く打った。
「ありがとう、二人とも……」
こうして私たちは三人で村を発った。
小麦畑を抜け、森を越え、遠くに霞む石造りの城壁を目指して。
◆
旅の道中は決して楽ではなかった。
森を抜ければ魔物が潜み、道端には盗賊が出ると噂されている。
だが、三人なら乗り越えられた。
私は炎で狼を追い払い、ミラは矢で小さな獲物を仕留め、レオンは剣で草むらを切り拓いた。
夜は焚き火を囲み、笑いながら食事を分け合った。
「アレンの火って、ほんと助かるな。俺なんか火打ち石で一苦労なのに」
「でも食料はミラが一番頼りになるよな。ウサギを仕留められるなんて、俺には無理だ」
「ふふん、当たり前でしょ。狩人の娘だもの!」
笑い声が森に溶けていく。
その時間は、戦いや旅の疲れを忘れさせてくれる宝物だった。
◆
そして――数週間後。
「……見て!」
ミラが指さす先に、巨大な城壁がそびえ立っていた。
石造りの壁はまるで山のように高く、陽光を反射して白く輝いている。
その向こうに、無数の屋根と尖塔、旗を掲げた城が見えた。
「これが……王都……!」
息を呑む。
村しか知らなかった私にとって、その光景はまさに別世界だった。
「よし、行こうぜ!」
レオンが拳を突き上げ、私とミラも頷く。
三人は胸を高鳴らせながら、王都の大門へと歩み出した。
◆
王都の門をくぐった瞬間、世界が一変した。
石畳の大通り。
行き交う人々の多さは村の比ではなく、荷馬車、露店、吟遊詩人、鎧姿の兵士まで入り混じっていた。
香ばしい焼き菓子の匂いと、革をなめす匂いが入り混じり、眩しいほどの喧騒が広がっている。
「うわぁ……!」
ミラが目を輝かせる。
「すごいね、本当に人がこんなに……!」
「俺たち、完全に田舎者丸出しだな」
レオンが苦笑しつつも、目はやはり輝いていた。
私は胸の奥で熱を覚える。
――ここから始まるんだ。
◆
まず向かったのは、冒険者ギルドだった。
重厚な扉を開けると、中には酒場のような空気が広がっていた。木のテーブルに座る冒険者たちが酒を酌み交わし、壁には依頼の紙が貼られている。
「新人か?」
受付の女性が笑みを浮かべてこちらを見た。
「はい。三人でパーティを組みたいんです」
「そう。じゃあ登録ね。名前と年齢、それから得意な武器や魔法を書いて」
書き込む私たちを横目に、奥の方から笑い声が上がる。
「おい見ろ、ガキが三人で冒険者気取りだ!」
「ひと月も持たねぇだろ」
荒くれ者たちの冷やかしに、ミラが悔しそうに唇を噛む。
だが、私は敢えて背を向けた。
――証明してみせる。ここで生きていけるって。
登録を終えると、受付嬢が依頼書を差し出した。
「まずは初心者向けの討伐依頼ね。ゴブリン退治。村の外れに出没してるらしいわ」
「ゴブリンか……」
あのオーガと比べれば恐るるに足らず。だが、王都での初依頼としてはちょうどいいだろう。
「やってみせようぜ」
レオンの言葉に、私とミラも頷いた。
◆
討伐は順調だった。
森に潜むゴブリンたちは、炎と弓と剣であっけなく倒せた。
依頼を無事に終え、報酬を手にしたとき、三人の胸には確かな自信が芽生えていた。
「ねぇ、これで少しは認めてもらえるかな」
ミラが笑顔を見せる。
「そのうち噂になるさ。『新米三人組、意外とやる』ってな」
レオンが肩をすくめ、私は小さく笑った。
その時だった。
「アレン・クロフォード殿」
鋭い声が響き、振り返ると鎧姿の兵士が立っていた。
王都の紋章を掲げた胸当てを着け、こちらを真剣な目で見据えている。
「あなたに、王城への召集命令が下っております」
「……え?」
私だけ? なぜ?
ギルドの喧騒が一瞬静まり、周囲の視線が集まる。
ミラとレオンも驚きに目を見開いていた。
「な、なんでアレンが……」
「おい、どういうことだ」
兵士はただ、淡々と告げた。
「詳細は王城にて。……すぐに参られよ」
◆
王都に来て間もない私が、なぜ王に呼ばれるのか。
その理由は分からなかった。
だが、胸の奥で何かが告げていた。
――これが運命の歯車の音だ、と。
私は深く息を吸い、仲間に振り返った。
「二人も一緒に来てくれ。何が待っているのか分からないけど……俺は逃げたくない」
ミラが強く頷き、レオンが剣を握り直す。
三人は視線を交わし、決意を新たにした。
こうして私たちは、王城へ向けて歩み出した。
それが、王国の陰謀と、この世界の真実に迫る旅の始まりになるとも知らずに――。
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