第2章 王都への旅立ち

オーガを討ち倒してから数日後。

 村は再び平穏を取り戻していた。だが、私の胸の奥には確かな変化が残っていた。


 ――もっと強くならなければ。


 あの夜、確かに村を守れた。だが、あれは運が良かったにすぎない。次に現れるのが、もっと強大な魔物だったら。村人を守り切れる保証などどこにもない。


 だから私は決めた。

 この村を出て、広い世界を知り、力を磨くのだ。



「王都に行く?」

 父が驚いた顔で鍬を止めた。


「ああ。冒険者として学びたいんだ。魔法や戦い方をもっと」

「無茶だぞ、アレン。王都までは遠い。村を離れてどうやって暮らす」


 父の声には不安と怒りが混ざっていた。母もまた、心配そうに私を見つめている。


 だが、私は揺るがなかった。

 転生は一度きり。ならば足を止めるわけにはいかない。


「必ず戻るよ。強くなって、村を守れるようになって」


 沈黙のあと、父は深いため息をつき、鍬を地面に突き立てた。


「……なら行け。お前の目が、決して諦めない色をしているからな」


 母は涙ぐみながら、手作りの布袋を渡してくれた。

 中には乾燥肉と干し草のパン、そして銀貨が数枚。


「身体に気をつけて。……約束して、必ず帰ってくるって」

「ああ、約束する」


 その夜、家族と食卓を囲んだ時間は、胸が張り裂けるほどに愛おしかった。



 出立の日。

 村の入り口には、すでに二人の仲間が待っていた。


「やっぱり行くんだな」

 レオンが肩に剣を担ぎ、苦笑した。


「ああ。お前も来てくれるんだろ?」

「もちろん。鍛冶屋の息子が剣を振るえなきゃ、父さんに笑われるからな」


「私だって行くよ!」

 ミラが弓を背負って胸を張る。

「女だからって村に残れなんて言わせない。アレンの夢に、私も付き合うんだから!」


 その瞳は真剣で、私の胸を強く打った。


「ありがとう、二人とも……」


 こうして私たちは三人で村を発った。

 小麦畑を抜け、森を越え、遠くに霞む石造りの城壁を目指して。



 旅の道中は決して楽ではなかった。

 森を抜ければ魔物が潜み、道端には盗賊が出ると噂されている。


 だが、三人なら乗り越えられた。

 私は炎で狼を追い払い、ミラは矢で小さな獲物を仕留め、レオンは剣で草むらを切り拓いた。

 夜は焚き火を囲み、笑いながら食事を分け合った。


「アレンの火って、ほんと助かるな。俺なんか火打ち石で一苦労なのに」

「でも食料はミラが一番頼りになるよな。ウサギを仕留められるなんて、俺には無理だ」

「ふふん、当たり前でしょ。狩人の娘だもの!」


 笑い声が森に溶けていく。

 その時間は、戦いや旅の疲れを忘れさせてくれる宝物だった。



 そして――数週間後。


「……見て!」

 ミラが指さす先に、巨大な城壁がそびえ立っていた。


 石造りの壁はまるで山のように高く、陽光を反射して白く輝いている。

 その向こうに、無数の屋根と尖塔、旗を掲げた城が見えた。


「これが……王都……!」


 息を呑む。

 村しか知らなかった私にとって、その光景はまさに別世界だった。


「よし、行こうぜ!」

 レオンが拳を突き上げ、私とミラも頷く。


 三人は胸を高鳴らせながら、王都の大門へと歩み出した。



王都の門をくぐった瞬間、世界が一変した。


 石畳の大通り。

 行き交う人々の多さは村の比ではなく、荷馬車、露店、吟遊詩人、鎧姿の兵士まで入り混じっていた。

 香ばしい焼き菓子の匂いと、革をなめす匂いが入り混じり、眩しいほどの喧騒が広がっている。


「うわぁ……!」

 ミラが目を輝かせる。

「すごいね、本当に人がこんなに……!」

「俺たち、完全に田舎者丸出しだな」

 レオンが苦笑しつつも、目はやはり輝いていた。


 私は胸の奥で熱を覚える。

 ――ここから始まるんだ。



 まず向かったのは、冒険者ギルドだった。

 重厚な扉を開けると、中には酒場のような空気が広がっていた。木のテーブルに座る冒険者たちが酒を酌み交わし、壁には依頼の紙が貼られている。


「新人か?」

 受付の女性が笑みを浮かべてこちらを見た。

「はい。三人でパーティを組みたいんです」

「そう。じゃあ登録ね。名前と年齢、それから得意な武器や魔法を書いて」


 書き込む私たちを横目に、奥の方から笑い声が上がる。

「おい見ろ、ガキが三人で冒険者気取りだ!」

「ひと月も持たねぇだろ」


 荒くれ者たちの冷やかしに、ミラが悔しそうに唇を噛む。

 だが、私は敢えて背を向けた。

 ――証明してみせる。ここで生きていけるって。


 登録を終えると、受付嬢が依頼書を差し出した。

「まずは初心者向けの討伐依頼ね。ゴブリン退治。村の外れに出没してるらしいわ」


「ゴブリンか……」

 あのオーガと比べれば恐るるに足らず。だが、王都での初依頼としてはちょうどいいだろう。


「やってみせようぜ」

 レオンの言葉に、私とミラも頷いた。



 討伐は順調だった。

 森に潜むゴブリンたちは、炎と弓と剣であっけなく倒せた。

 依頼を無事に終え、報酬を手にしたとき、三人の胸には確かな自信が芽生えていた。


「ねぇ、これで少しは認めてもらえるかな」

 ミラが笑顔を見せる。

「そのうち噂になるさ。『新米三人組、意外とやる』ってな」

 レオンが肩をすくめ、私は小さく笑った。


 その時だった。


「アレン・クロフォード殿」


 鋭い声が響き、振り返ると鎧姿の兵士が立っていた。

 王都の紋章を掲げた胸当てを着け、こちらを真剣な目で見据えている。


「あなたに、王城への召集命令が下っております」


「……え?」


 私だけ? なぜ?

 ギルドの喧騒が一瞬静まり、周囲の視線が集まる。

 ミラとレオンも驚きに目を見開いていた。


「な、なんでアレンが……」

「おい、どういうことだ」


 兵士はただ、淡々と告げた。


「詳細は王城にて。……すぐに参られよ」



 王都に来て間もない私が、なぜ王に呼ばれるのか。

 その理由は分からなかった。

 だが、胸の奥で何かが告げていた。


 ――これが運命の歯車の音だ、と。


 私は深く息を吸い、仲間に振り返った。

「二人も一緒に来てくれ。何が待っているのか分からないけど……俺は逃げたくない」


 ミラが強く頷き、レオンが剣を握り直す。

 三人は視線を交わし、決意を新たにした。


 こうして私たちは、王城へ向けて歩み出した。

 それが、王国の陰謀と、この世界の真実に迫る旅の始まりになるとも知らずに――。


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