第34章 無垢なる前奏曲
【読者の皆さまへ】
お読みいただき、誠にありがとうございます。
・一部[残酷描写][暴力描写]があります。
・この作品は過去作「私立あかつき学園 命と絆とスパイ The Spy Who Forgot the Bonds」のリメイクです。
・前日譚である「私立あかつき学園 旋律の果て lost of symphony」の設定も一部統合されています。
https://kakuyomu.jp/works/16818622177401435761
https://kakuyomu.jp/works/16818792437397739792
・あえてテンプレを外している物語です(学園+スパイ映画)
以上よろしくお願いいたします。
【本編】
――地下研究所。
重低音のような機械の唸りが、床を伝って響いていた。
ひなた、京子、亮は、壁際に押しやられたまま動けずにいた。
天美と志牟螺の拳銃が、三人の胸元に突きつけられている。
少し離れた場所に、カプセル状の巨大な"増幅装置"――。
赤や青の無数のランプが点滅を繰り返し、不気味な作動音を響かせていた。
そこには、苦々しい表情を浮かべる渡瀬。
ウィリアムは無言。
佑梨は無邪気なままだ。
ひなたの指先が震える。
それでも目は逸らさない。
「……どうして……どうしてこんなことを……!」
天美の唇が、冷たく歪んだ。
「どうして?――世界の仕組みを変えるためよ」
その声は静かで、しかし確信に満ちていた。
「“D”が覚醒すれば、人が創り出す全ての情報網に干渉できる。軍事も、経済も、思想も――神の領域さえ手に入る。私は、この腐った世界を“理想の形”に戻すのよ。」
京子が震える声で絞り出した。
「……そんなもの、支配と同じよ……!」
「支配?」
天美が嘲るように笑う。
「違うわ、救済よ。」
その時、無邪気な声が割り込んだ。
「ねえねえ、おばさん?これ、すっごいキレイな音が出るの!」
バイオリンを抱えた佑梨が、増幅装置の前で笑っていた。
無垢な笑顔――だが、そこに理性の影はない。
ただ純粋な「音への喜び」だけが残っていた。
その側には、ウィリアムが何も言わずに立っていた。
天美の視線が鋭く光る。
「ウィリアム!――“D”を増幅装置に入れろ。」
「ハイ――」
渡瀬の顔が青ざめる。
身体が無意識に佑梨を追う――身体が揺れる。
「理事長……それだけは……!彼女は……ただの……」
「止まれ!命令だ。」
天美の声が冷たく響いた。
渡瀬の身体が――凍りつく様に一瞬で止まった。
「小河さん……」
渡瀬は微かにつぶやく。
悲しげな目が佑梨を追い――。
「私の夢――」
そして、震える足を踏み出し、佑梨を引き戻そうとした。
だが、その一歩が――命取りだった。
「――花火をくれてやる」
志牟螺が無感情に言い放ち、拳銃の引き金を引いた。
――パン!
白い閃光が瞬き、金属臭と焦げた煙が広がった。
銃声が轟き、渡瀬の右腿が赤く弾ける。
「うっ……!」
――ドサッ!
倒れ込む彼女。
床に血が広がり、響くのは短い悲鳴と、金属のこすれる音だけ。
「くっ――佑梨ちゃん……」
渡瀬は右腿を押さえながら、苦痛の声を上げる。
佑梨は無邪気な表情のまま笑う。
「花火!花火!楽しいな!」
ひなたたちは呆然とする。
「そんな……」
「人が撃たれたのよ?小河さんは――」
「おかしくなってしまったのか――?」
そこに志牟螺の声が重なる。
「法医学者として、言わせてもらうと――前頭葉と側頭葉の一部に軽度損傷が残っているようだ……症状が合致する」
天美も言葉を捕捉する。
「ショックによる記憶障害と情緒のリセット――だが長年の記憶としての演奏だけが残った……こちらには好都合ではあるけどね」
ひなたは唇を噛み締める。
「くっ……」
「裏切り者が!」
天美が渡瀬に吐き捨てる。
そして、ウィリアムに視線を移した。
「ウィリアム!」
「……ハイ。」
ウィリアムの低い声。
その巨体がゆっくりと動いた。
その足音だけで、空気が揺れる。
だが――。
「おじさん!」
佑梨が笑顔でウィリアムの手を握った。
「花火の後は?コレなぁに?」
バイオリンを抱えたまま、装置を見て首をかしげる。
その無垢な瞳に、ウィリアムの動きが止まる。
「……入ルンダ……」
ウィリアムの声が低く、どこか苦しげに震えた。
彼はそっと佑梨の背に手を添える。
その手は、戦士のものではなかった――。
優しく、まるで壊れ物に触れるように。
「そっとやれ!」
天美の声が響く。
「お前の馬鹿力で壊すな!」
ウィリアムの肩がピクリと震えた。
その巨体に似合わぬほど繊細な手つきで、佑梨を導く。
「……オガワ……ユリ……コレハ……小型ノ音楽スタジオ……ダ。サア……」
佑梨の瞳が輝いた。
「やっぱり優しいんだね!」
「……」
ウィリアムの喉が鳴る。
その表情に、痛みに似た何かが浮かんだ。
佑梨は笑顔のまま、装置へ足を踏み入れた。
「練習するね!」
バイオリンを抱え、軽いステップで中央へ進む。
増幅装置はカプセルのようになっていた。
――プシューッ!
佑梨が中に入ると、航空機を思わせる密閉扉が自動的に閉まる。
それと同時に、壁に設置された巨大なモニターが発光する。
光が彼女の周囲を包み、装置のパネルが自動的に反応し始めた。
「やめろ……!」
亮が叫ぶ。
だが、志牟螺の銃口がその声を遮る。
「動くな。死にたくなければな。」
ひなたの拳が震えた。
「助け出す方法は無いの?」
京子の唇が噛みしめられる。
「動けない――」
彼女たちはただ、無力に見ていることしかできなかった。
天美がゆっくりと振り返る。
「正義の味方でも探しているの? そんなものは――映画の中の
その笑みは、美しく、そして恐ろしかった。
「現実にあるのは“選別”だけ。生き残る者と、消える者。
あなたたちは後者――そして、まもなくそれを“音”で理解するのよ。」
ひなたたちの目の前には、拳銃を構えた天美と志牟螺が不敵な笑みを浮かべている。
天美が冷酷に告げる。
「さて――始めようか?」
床には苦痛の表情で、右腿を押さえながら渡瀬が横たわり、装置とモニターへ視線を向けている。
「佑梨ちゃん――ダメ……」
――キィィィィィン……。
部屋にバイオリンの音がこだまする。
ひなたたちは周囲を見回す。
「スピーカーから――」
「漏れているわね」
「けど、小河さんは――装置の中……」
「ウゥ――」
ふとウィリアムの肩が少し揺れた。
目にはかすかに疑念が浮かんでいた。
ひなたの胸の奥で、共感力がざわめいた。
音――それが何を意味するのか。
(世界が――終わるってこと?)
目の前で、無垢な少女が兵器へと変わっていく。
その音色が世界を壊す前奏曲になることを、ひなたは確かに感じ取っていた。
ただ見ていることしかできない――けれど、心の奥で何かが叫んでいた。
「この音を、止めなくちゃ……」
【後書き】
お読みいただきありがとうございました。
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