第3話 呑気
「結城君、今から少し散歩でも行かない?」
結城たちは、店を閉めてから清水家へ行き、ソファーに座ってゆっくりしているとき、夢が結城にそう声を掛けた。
清水夢。
清水恭介の娘であり、高校生ではなく大学二年生である。
間延びした声と、何処かふんわりとした雰囲気。顔は、今はいない母親に似た綺麗な顔立ちをしており、鼻の筋が通っており、目元を気だるげ、髪は青のインナーカラーが入ったボブカットをしており、俗にいうダウナー系という存在である。
結城は夢の方へとちらりと視線を向けたが、またすぐに前を向いた。
「いえ、別に行きたくありません」
「..あー、そうなんだ」
夢は結城に断られるとは思っていなかった為、思わず間抜けな声が出た。
以前までの結城だったら、
「いいですよ、一緒に行きましょう」
と笑ってそう答えていてくれたからだ。
今の結城の声は冷たく、夢を警戒しているかのようだった。いや、警戒という言葉では生ぬるいかもしれない。
声の抑揚がなく機械的な喋り方だったから。
「じゃあ、少しだけ話すってことも難しい?」
夢がそう聞くが、やはりこちらを見向きもせず
「はい」
とそう機械的に答えられたため、夢に話す術がなかった。
どうしようか、とそう考えていると恭介が助け船を出してくれる。
「結城君、ほんの少しだけ夢の相手をしてあげてくれないか?」
恭介にそう言われた結城は、恭介の言葉だけは無下にすることは出来ず仕方なさそうに頷いた。
「それじゃあ、俺はお風呂に入ってくるから二人で話しておいて」
自分はここにいないほうが良いかと判断した恭介は自分の娘である夢に任せて、その場から去った。
「それじゃあ、ちょっとだけお話でもしよっか」
「はい」
未だ夢の方へと結城は視線も向けずにぼぉっと、正面を向いている為、今どんな顔をしているのかも夢は知らない。
「結城君は、私の事、嫌い?」
夢は遠回りもせずに、直球に結城へとそう問いかけた。
結城は夢のその様子に少々面食らったが、直ぐに戻ってこういい返した。
「いえ、嫌いではありませんが苦手です」
「苦手、か。どうして?今までそんな様子無かったよ。無理していたって事?」
「そうじゃないです。特別夢さんが苦手というわけではなく女性が嫌いです。夢さんはまだましな方です。僕に何もしていないから、嫌いではありませんので」
そう淡々と言い返した結城に夢はニコッと微笑んだ。
「それならよかった」
苦手と言われたのに楽しそうな夢に対して、結城は相も変わらず夢に対して冷たい機械的な態度を取っていた。
「そういえば、結城君は明日も学校だよね?」
「はい、そうですけれど」
「じゃあ、明日学校休んじゃおうよ」
夢がそう言うと、結城は視線だけを夢の方へと向けた。
「どうしてですか?」
「旅行に行っちゃおう」
そう唐突に言った夢に対して、こいつなに言ってんだという視線を結城は向ける。
「ね、いいよね。お父さん。明日は仕事休みだし、カフェは急遽休みにしちゃおう」
夢はリビングのドアに向けてそう言うと、溜息を吐きながら髪が全くと言っていいほど濡れていない恭介が入ってきた。
「夢はいつも急だね。でもそうだな。いいよ、行こうか。遠いところは無理だし一泊だけかな」
「やった。じゃあ、そうだなー、ゆっくりできるところが良いから温泉街でも行こう」
恭介と夢は明日からの旅行の話を進めていくがそこに水を差したのは結城だった。
「マスター。まだ、僕が行くとは言っていませんよ」
「大丈夫。僕が学校に連絡しておくし、お金の心配はしなくていいよ。俺が払うから」
恭介は、結城の言葉には若干ずれた返しをして強引に話を進めた。
そんな恭介に結城は冷たい視線を向けるが、取り合わずに恭介と夢は話を進めて、泊まる場所も決め始めた。
「大丈夫、結城君。悪いようにはしないから、ね?ここに泊まった分のお返しということで」
「......わかりました」
そう言われてしまっては断るわけにはいかない為、結城は仕方なさそうに頷いた。
恭介の家にお邪魔するのを止めればよかったと若干の後悔をしているところで、結城のスマホが鳴った。
みて見ると、綾香と名前が書かれていた為、そのまま着信を拒否してブロックをした。
他にも、母と妹からもLEINが来ていたけれど返しもせず既読無視してスマホをそのままポケットに入れた。
「でなくて良かったの?」
「別に大丈夫です。心底どうでもいい迷惑電話だったので」
「そっか」
結城のその様子に夢は、別に気にする様子もなくただそう答えた。
*****
「切られた。何か急ぎの用事でもあるのかな?」
綾香はそう呟いたがどうにも胸騒ぎがする。
放課後、あんなことを話し合っていたからだろうか。
不安になってもう一度掛けるも繋がらない。
綾香と結城は基本的に毎日電話をしていたし、今日も電話をする約束をしていた。
「大丈夫かな」
明日、学校もあるしその時に聞ければ大丈夫だよね。
そう思うしかない綾香は、気にしないようにしていたがやはり不安になり結局寝ることはできなかった。
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