第20話 会えない年下男子
「ここ?」
決して綺麗とは言えないアパートに立つと、
「どの部屋なの?」
「あそこです」
高瀬がゆっくりと2階の端を指差した。
「じゃあ私がまず様子見てくるよ」
あの母親のことだ、高瀬がいるのがバレたら碌なことにならない。
階段を上がって部屋の前に着く。
“高瀬”と表札が出ている。
母親が出たら、謝罪に来たとか適当に理由をつけりゃいい、そう思って勢いでインターホンを押した。
しばらく立っていても応答はない。
「留守かな」
諦めて一旦去ろうとしたら、ゆっくり小さく扉が開いた。
「…どちら様ですか?」
小さな隙間から見ているのは、小学生くらいの男の子だ。
怯えた表情でこちらを見ている。
「えっと、私はお兄ちゃんの友達だよ」
「お兄ちゃんの!!」
パッと顔が輝き、嬉しそうに男の子が扉を開いた。
途端に部屋の中の異様な匂いが広がる。
男の子はよれよれの服を着ていて、細身に見える。
なんとなく生活環境が想像できて、切ない気持ちになってくる。
男の子の身長まで屈んで目線を合わせる。
「うん、お兄ちゃんも近くまで来てるんだ。妹さんもいるかな?」
「さっちゃーん」
男の子が呼ぶと、ふらふらと女の子が出てきた。
女の子も小学生くらいで、なんだか目線がぼんやりしているように見える。
「兄ちゃんの友達だって!」
興奮気味に弟が妹に話すと、妹は元気を取り戻したように「お兄ちゃんに会いたい」と飛び出してきた。
「よし、じゃあお兄ちゃんとこ行こ」
出来る限りの優しい笑顔で、二人に声をかけると、左右に分かれて二人ともぎゅっと舞の手を握った。
そう言って家の鍵を閉めさせて、高瀬のところまで手を繋いで向かう。
アパートの下で高瀬を見つけると、弟たちはすぐに舞の手を離して走り出した。
高瀬がかがんで、両手を大きく広げた。
弟と妹がそこに飛び込んで、高瀬がぎゅっと抱きしめる。
「お兄ちゃん」
3人はこの離れた時間の寂しさを埋めるように、ただただ声を上げて涙を流していた。
妹の手が高瀬のコートの裾を強く握っているのが見えた。
舞は邪魔をしないように、少し離れたところで静かに3人を見守るしかできなかった。
そうしているうちに、スーツを着た男女3人がやってきた。
舞が小さく会釈すると、同じように会釈をして、かがんで弟と妹に話しかける。
「こんにちは」
弟と妹は怯えて、高瀬の後ろにさっと隠れた。
「挨拶してごらん?この人たちは二人の味方だよ」
高瀬が優しく声をかけると「こんにちは」と弟が小さく声を出した。
「あのね、お姉ちゃんたちにお家でどんな感じで過ごしているか教えてくれないかな?」
不安そうに弟が高瀬を見つめる。その目に静かに頷いて、頭を撫でる。
「・・・いいよ」
「じゃあ行こうか」
弟たちは家から大事なものを持って、児童相談所の車に乗り込んでいく。
二人とも不安げな瞳で高瀬を見つめている。
「大丈夫だ。兄ちゃんが必ず迎えに行くから。少しの間だけ我慢しててくれ」
二人は頷いて、車に乗り込んでいった。
二人を乗せが車がどんどん遠くへ走っていく。
高瀬は車が見えなくなるまで、ずっとずっと見つめていた。
帰り道、ずっと高瀬は無言のままだった。
舞が頭の中にある言葉をいくら探しても、きっと今の高瀬の気持ちを救えるような言葉が見つからない。
どんな気持ちで、何を考えているのか、きっと私にはわからない。
舞は、ただただ隣で静かに傍にいた。
いよいよアパートの前まで着いた時、高瀬は「ありがとう」と言って少し微笑んだ。
弱々しかったが、少しスッキリしているように見えた。
その後すぐ、高瀬の母親が児童虐待で逮捕されたと小さく記事が載った。
クリスマスまであと3日―
ジングルベルの音楽が様々なところで流れている。街は楽しそうなはしゃいでいる。
「はぁ」
舞はため息をついた。
カフェで外を歩く人を眺める。
カップルが楽しそうに歩いていたり、サラリーマンが足早に歩いていたり・・・様々な人が歩いている。
カフェに今日も高瀬はいない。
あれからアパートでも会えてはいない。
佐久間も急遽出張が入ったと県外へ出てしまった。
なんだか二人とも忙しそうでメッセージも送るのもはばかられる。
コーヒーは美味しいのに、気分は上がらない。
「はぁ」もう一度ため息をつくと、カフェを出た。
外に出ると雪が降っている。
また出そうになるため息を抑えて、家に向かって歩き出した。
「舞さん」
振り返ると、高瀬が立っている。
「
「この間はありがとうございました」
高瀬は頭を下げた。
「そんな、私は何も」
「弟たちは無事に施設で生活してるみたいです。これも全部舞さんのおかげです」
久しぶりに嬉しそうな高瀬の顔を見た。
「それは良かった」
「それで、今日は舞さんに話があって」
高瀬は舞の方に向き直った。
「話って?」
バッと高瀬が頭を下げた。
「え?どうしたの?」
「クリスマスの件ですが・・すいません」
高瀬は一瞬躊躇ったように、言葉を詰まらせた。
「僕は会えません」
「・・え?」
舞は持っていた傘が手を離れ、バサッと落ちた。
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