第18話 年下男子の過去
これはどういう状況なのか―
高瀬の母親にお茶を出したが、母親はそれには手を付けずにジロジロと部屋を見ているだけだ。
相談があるというのであれば、さっさと話して帰ってほしいと思うが、話す気配がない。
「あの・・・?」
舞が恐る恐る声をかけると、母親が鋭い視線で睨んでくる。
「あなた、
「・・・隣人ですけど」
素直にそう答えると、舞の顔をじっと見た後にっこりと笑った。
「良かった、そうよね。見た感じ、あなたの方がかなり年上だものね。彼女だったらどうしようかと思ったのよ」
「そうですか」
安心したのかお茶を飲んでニコニコしている。
イライラしてくるが、まだ事実を言われているだけなので、こちらもお茶を飲んで心を落ち着かせる。
「ごめんなさいね、突然上がっちゃって」
「その、どういったご用件ですか?」
「実はね、悠真って家出してここに住んでるのよ」
「家出ですか」
「そうなの。私シンママだし、悠真の助けがほしいんだよね。だから帰ってきてほしくて」
「それで私とどういう関係が・・・?」
「あなた悠真の知り合いみたいだし、帰ってくるように説得してくれないかしら?」
「私がですか?!」
「私の言うことは聞いてくれないし、あなたのいうことなら聞いてくれるかもしれないじゃない」
「いやいや、彼女でもない隣人の言うことは聞かないですよ」
「そんなことないわよ。あの子は外面いいタイプだもの。きっと他人の言うことには耳を貸すわ」
高瀬を悪く言われた気がしてカチンとくる。でもこういうタイプには感情に任せて話すとろくなことがない。
「あの、どうして高瀬さんに家に帰ってきてほしいんですか?」
「弟とか妹の世話もそうだし、お金もかかるし・・・私は私で彼とデートもあるしさ。わかるでしょ?」
(なんだ、こいつ・・・)
こんなに短期間で人を嫌いになったことがなったのは初めてだ。
「そんなに睨まないでよ」
こちらを挑発するように笑う顔がより怒りが増していく。
「あなたは悠真のただの隣人なんでしょ?そんな怒る必要ないじゃない」
「…そうです、私はただの隣人です」
ベランダで話した時の高瀬の寂しそうな笑顔が浮かぶ。
「だから、他人の私を巻き込まないでください!」
ハッキリそう言うと、無理やり高瀬の母親を追い出した。
「何よ!」と怒っていたが、手を出なかっただけ感謝してほしい。
舞は塩を振り撒いてやろうかと塩をつかんでドアを開けたら、高瀬が立っていた。
「あ…」
高瀬は辛そうに俯いている。
「あの」
「とりあえず、うち入る?」
高瀬は部屋に入って、ソファーに座るよう勧めても床に座って、正座をしている。
「すいませんでした」
「お母さんのこと?」
「はい…押しかけたんですよね、母が」
「うん…」
「本当にすいません」
「いや、でもあれは、悠真くんが悪いわけじゃないし」
「いえ、僕の母が迷惑をかけたのは事実ですから」
気にしないでと言っても気にするだろう。
なんと声をかけるのが正解なのかはわからない。
「僕の母はいつも自分のことが中心なんですよ…でも僕も同じでですね」
「同じじゃないよ。いつも私の話聞いてくれて、お茶くれたり、夜景に連れて行ってくれたり、私のこと考えてのことでしょう?」
「…それは僕がしたくてしたことですから」
「でも、それは」
「弟や妹は、まだ働ける歳じゃないので家を出られません。自分が辛いからってそんな2人を置いてきてしまった」
悠真の目からポロポロと涙が出て溢れる。
目を開いたまま、絶望的な表情で「母にそっくりだ」と呟いた。
「そんなことないよ」
「僕は…僕は…」
「悠真くんは、弟くんや妹さんのお父さんじゃない。育てる責任があるのは、お母さんとお父さんだよ。悠真くんは悠真くんの幸せを見つけていいんだよ」
泣き崩れる高瀬の優しく抱きしめた。
肩が涙で濡れ、温かくなっては冷たくなっていく。
しばらく経って、高瀬は落ち着いたのか顔を上げて座り直した。
「落ち着いた?」
コクリと高瀬は頷いた。
「それなら良かった」
舞は立ち上がると、「インスタントしかないけど」と断って、コーヒーを淹れた。
コーヒーを机に置くと、高瀬は温かさを確認するようにカップを優しく手で包んだ。
「僕、母親のこと本当に好きだったんですよ」
高瀬が小学生だった頃は、父と母は仲が良く、弟と妹が生まれて慌ただしくも、幸せな毎日を過ごしていた。
その頃の母親は子供のために料理を作り、一緒に遊んでくれる優しい母親だった。
翳りが見え始めたのは、高瀬が中学に上がった頃だ。父が体調を崩すことが増えた。
父親は何度も入退院を繰り返し、何も教えてはくれなかったが、父は何か重い病気であることは察しがついていた。
しかし母は献身的に父親を支え、子供達が寂しがらないように頑張ってくれていたので、平穏には暮らしていた。
高校に入ってから、いよいよ父が会社を退職し、そこからは一気に生活に困窮していった。
「それでもこの頃はまだ幸せでした」
高瀬はその頃を思い出しているのか優しく、そして寂しそうに微笑んだ。
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