第8話 お酒と同僚男子

「ふぅ」


時計を見ると、あと少しで定時だ。

今日は佐久間さくまに引っ越し先のアパートを紹介してくれたお礼として、飲みに行く約束をしている。

なので、今日は昼休みもほんの少し早く終わらせ、計画的に仕事を終わらせた。

そろそろ片付けるかなと思っていると、スマホが震えた。


佐久間からだ。


まさか残業でとか言わないよねと思って、メッセージを開くと、“3階非常口”と書いてある。

どうやらそこに来いということらしい。

3階の非常口の前は小さな踊り場がある。

基本非常口の扉は閉まっているのだが、3階から2階に降りると喫煙ルームがあるので3階だけはカギがかかっていない。

ちょっとしたスペースがあるので、気分転換に風にあたりに来ることもある。


まいが扉を開けると、すぐに「すまん」と手を合わせた佐久間が立っていた。

「すまんって、もしかして残業?あんたが残業しないって言うからこの日にしたんだからね」

「違う、違う。仕事は終われるし、飲みにももちろん行くんだけど・・・」


「かんぱーい!」

営業部の新人である山下やましたが元気よくグラスをぶつける。

反動で舞のビールの泡がこぼれたが、何も気にしていない山下は嬉しそうにビールに口をつけている。

舞は苦笑いをしながら、ため息をついた。

「お前らは勝手についてきただけで、俺が奢ってもらう日なんだからな?」

佐久間がそういうと「わかってますよ~」山下が絶対聞いてない顔して大げさに頷いている。

「永野さん、お邪魔しちゃって本当にすいません。こいつのことは私がみておくので」

麻帆が立ち上がっている山下の袖を思いっきり引っ張って座らせる。

しっかり者の麻帆は普段から山下の世話をよく焼いている。

麻帆から山下が怒られているというのが、正しい気はするが。


「さぁさぁ、飲みましょ」

半分ほど飲んだグラスに山下がビールを注ごうとしてくる。

「山下―、大学生じゃないんだから大人の飲み方をしろ」

佐久間がそういうと、「わかりましたー!」と敬礼してくる。

本当に調子のいい奴だ。


「永野、お前お酒得意じゃないだろ?」

佐久間はそう言うと、サッとビールのグラスを舞から取り上げると、グビっと飲んだ。


舞は飲み会が嫌いではないが、得意ではない。

たくさんの人と交流でき、色んな話ができるのは嫌いではないが、お酒が得意じゃない。

この年齢になると無理にお酒を勧めてくるバカはいないが、若い頃は苦労した。


「あの、思ってたんすけど、佐久間さんと永野さんって付き合ってるんですか?」


とんでもない質問に飲んでいるものを吐き出しそうになる。

麻帆が「ちょっと」と軽く注意するが、山下は興味津々という顔でこちらを見ている。


「佐久間とは仲のいい同期。私と佐久間だけじゃなくて、商品開発部の日葵ひまりも経理部の真由子まゆこも同期で仲いいよ。ね?」

「あぁ。俺がお前ら3人に合わせてあげてるんだけどな」

「何~その言い方」

舞がふざけて睨むと、佐久間もからかうように「言葉通りだよ」と笑う。

佐久間の笑っている横顔が目に入る。

佐久間とは笑ってる時間が多い。

仕事中も飲み会の時もふざけてばかりで、まるで昔からの幼なじみのように感じることもある。


「同期には本当に恵まれたよ」

「それはどうも」


その後も飲み会は、終始山下の暴走とそれを抑える麻帆の掛け合いで盛り上がっていた。

時計を見ると、22時になろうとしている。

久しぶりの飲み会で頬が熱い。

飲みすぎたかもしれない。

帰りに歩くことを考えると、少し酔いを醒ました方がいいだろう。

舞はちょっと夜風にあたって来ると言って、お店の前にある椅子に座った。

冷たい風が今日は心地いい。


「大丈夫か?」

佐久間の心配そうな顔に「大丈夫、大丈夫」と答えると、隣に座ってジッと目を見てくる。

佐久間の瞳の中に舞自身が映っているのが見える。

「な、なに?」

「昔から酒弱いだろ?入社式の後にみんなで飲みに行った時、ビール一杯で真っ赤な顔してたもんな」

「あの時はまだ23とかだったもの。飲み方も知らなかったのよ。でも今ではもう大ベテラン。飲み会なんて大したことないわよ」

「でも、無理はすんな。お酒の強い弱いなんて体質なんだからな」

「ありがと」

「永野が素直に礼を言うとか怖いだけど」

「何それ!もう」

佐久間は「落ち着いたら戻って来いよ~」と店に戻っていった。


「ありがとうございましたぁ~」

「しゃきっとしなさいよ!」

フラフラの山下を麻帆が支えながら歩いて帰って行く。

あれはあれでいいコンビなのかもしれない。


「今日は悪かったな。後輩を急に呼んじまって」

「別にいいよ。楽しかったし」

「ならいいんだけど。引っ越しのお礼はまた別の機会で行こう」

「了解。じゃあ、私こっちだから。またね」

駅のホームを指さして、歩き出すと佐久間が腕をぐっと引っ張った。

「な、何?」

「今日は家まで送る」

「大丈夫だよ。そんなに酔ってないし」

「お前が大丈夫でも、俺が気になって寝れなくなるんだ」

「終電なくなるかもよ?」

「その時はおじさんの家に泊るから別に大丈夫だ」

そう言って佐久間は腕から手を離すと、一緒に同じホームに向かって歩き始めた。


「送ってくれてありがとうね」

アパートの前で佐久間にお礼を言っていると、「こんばんは」と爽やかな声が聞こえた。


「こ、こんばんは」

後ろには高瀬たかせが立っていた

驚きと戸惑いで思わず声が裏返ってしまった。

「仕事終わりですか?」

「えぇ、仕事終わりで少しご飯を食べていて、えっと、こっちは佐久間さくま翔太しょうたさん、私の働いている会社の同僚です」

「初めまして」

「初めまして。僕は高瀬たかせ悠真ゆうまです。永野さんの隣の家に住んでます」

「へぇ~そうなんだ。じゃ、俺帰るわ!」

「うん、じゃあまた会社で」

そういうと、佐久間は歩き出して足を止めると、こっちに振り返った。

「どうしたの?」

舞の問いには答えず、ニコッと笑った。


「高瀬くん、だっけ?永野のことよろしくな」


高瀬は一瞬驚いたようだったが、すぐに目を細めた。


「えぇ。任せてください」  


それを聞き届けて、佐久間は帰って行った。


          

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