スレッズ
月丘翠
第1話 憧れの年下男子
「ふぅ・・・」
今日も仕事を終えて、お気に入りのカフェに入る。
30歳を目前に控えて、結婚に憧れる気持ちを大きくしながらも、出会いもなく淡々と日々を過ごしていた。
そんな生活を変えたのが、このカフェだ。
というより、そこで働いている一人の青年によって、この灰色の世界が一気に鮮やかになったのだ。
「いらっしゃいませ」
身長推定180㎝以上、明るい茶色の髪にクリっとした目、可愛らしい口をしてアイドルっぽい顔をしている。
そして何よりこの明るく爽やかな笑顔―。
舞は今日もこの笑顔をみたくて、カフェに来てしまった。
当然彼のカッコよさは有名で、カフェのお客のほとんどが女性だ。
「えっと・・・ホットください」
「ミルクありの砂糖なしでOKですか?」
私の好みを覚えてくれてると思うだけで胸が高鳴る。
顔に出さないようにしつつ、「はい」とだけ答える。
「いつもありがとうございます」
そういってぺこりと頭を下げると、彼は注文を伝えにカウンターへ向かって行った。
彼の名字が
名札に書いたあるのをチェックしたからだ。
だがそれ以上のことは知らない。
プライベートな話をしたいことがないのだ。
私は29歳。
彼はきっと20そこそこといったところだ。
こんなおばちゃんに話しかけられても困るに違いない。
そう思って、ただただ癒されるためにこのカフェに通っている。
「ホットコーヒーです」
高瀬はコーヒーをそっと置くと「ごゆっくりお過ごしください」と笑顔を向けてくれる。
営業スマイルそうわかっていても、ときめいてしまう。
今日も美味しくコーヒーをいただくと、家に帰った。
「ただいまー」
誰もいない真っ暗な部屋にそうつぶやくと、電気をつける。
足を踏み出すと、ぴちゃっと濡れた。
「え・・・」
足元を見ると、水浸しになっている。
「これ、これってどういう!?」
慌てながらも部屋の中に入ると、上からの水漏れで床がぬれている。
「嘘でしょ・・・」
その後管理会社に電話して、状況を確認すると、上の階の人の洗濯機が壊れた上に、排水溝のトラブルで水漏れしてしまったらしい。
その上、上の階の住人がそのことに気づくのが遅かったために、うちの家までこんなことになってしまったのだった。
その日は最低限の荷物などを何とかまとめ、ホテルに泊まった。
さすがに高瀬くんに癒された効果も眠りにつく頃には一切なくなっていた。
「お前ついてないなぁ」
「笑わないでよ」
佐久間は笑いながら「すまん」と謝った。
絶対悪いとは思ってない。
佐久間とは同期入社で、佐久間は営業、私は営業事務ということもあって接する機会は多い。
いつもふざけてばかりだが、営業成績は上位だったりする。
「じゃあ、しばらくホテル生活か?」
「でもいつ直るかわからないらしくてさ。いつまでもホテルじゃ落ち着かないし、どこか引っ越そうかなと思ってるけど、先立つものがね」
実はあの家に一ヶ月前に引っ越したばかりなのだ。
駅近なのに家賃が安く、掘り出しものだった。
引っ越し費用は負担してもらうにしても、家賃が上がるのは困る。
今後のことを考えると本当に頭が痛くなってくる。
「じゃあ俺のアパートに来るか?」
「は?」
佐久間の言葉に舞は驚いて思わず低い声がでた。
「いやいや、そういうことじゃない」
佐久間も私が何を考えたのかわかったのか、慌てて否定した。
「どういうことよ?」
「俺の親父がアパート経営してんだよ。そこが確か一部屋空いてたはずだ。同期のよしみで安くなるように親父に言ってやるよ」
場所を聞くと会社からもそう遠くはない。
駅から少し遠いが、家賃を聞けば十分に我慢できる距離だ。
渡りに舟とは事のことだ。
そのままトントン拍子に進み、1週間後には引っ越すことになった。
「感謝しろよ~」
そう言いながら、佐久間も引っ越しを手伝ってくれて、あっという間に住める環境が整った。
「本当にありがとね」
「今度酒の一杯でもおごってくれよ」
「もちろん」
「じゃあなー」
アパートと聞いて、古いのかなと思ったが、見た目もそんな古い感じでもなく、部屋の中のリノベーションされていて綺麗だった。
オートロックじゃないところだけが気になったが、文句は言えない。
「さぁ、どうしようかな」
まだ片付いていない段ボールがいくつかあるが、これは生活の中で片付けて行けばいいだろう。
「じゃあまぁ挨拶でもするか」
今時は隣人に挨拶なんかはしないらしいが、災害があるかもしれないし、仲良くして損はないはずだ。準備しておいた茶菓子をもって、先に挨拶に行くことにした。
右隣はお子さんのいる3人家族で、優しそうな奥さんと可愛らしい娘さんが出てくれた。
「私、
「美樹ちゃんっていうんだね。私は舞だよ。よろしくね」
かがんでそういうと、美紀ちゃんは嬉しそうに「うん」と言った。
いい人そうで安心し、次は左隣の家のチャイムを鳴らした。
2回ほど鳴らしたが、出てこない。
「いないのかな?」
出直そうと舞がドアから離れようとすると、ガチャっと音がした。
扉が開かれる。
「どなたですか?」
眠そうに頭をかきながら、男の子が出てきた。
「私、隣に引っ越してきた・・・」
顔を上げて相手の男の子の顔を見た瞬間、驚きで言葉につまった。
「あ、常連のお客さん」
そこに立っていたのは、カフェのイケメン店員高瀬だった。
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