第2話 隣の家の年下男子
その後は口をぱくぱくさせながらも、なんとか挨拶をして部屋に戻った。
心臓が飛び出そうというのはこのことを言うのだろう。
舞は叫び出した気持ちを抑えつつ、部屋をぐるぐると落ち着かずに歩く。
(隣が
イケメン店員と仲良くなるチャンスではある。
今までカフェでしか会えなかったのが、他でも会えるかもしれないのだ。
いつもカフェの白シャツ、黒ズボンにエプロンしか見たことがなかったが、今日はパーカーにゆったりとしたスエットのズボン姿だった。
そんないつもと違う姿も拝める。
「でも、ちょっと待って」
よく考えれば、高瀬からしたら常連客が隣に引っ越してくるなんて偶然だと思ってくれるだろうか。
ストーカーと勘違いされる可能性も十分にある。
それは非常にまずい。
「失敗した・・・引っ越した理由とか言えばよかった・・・!」
今更たまたまここに引っ越したんですと言いに行くと余計に怪しまれるに決まっている。
もうカフェにすら行きづらい。
「おはよ」
出社すると、
「どうよ、新しい家は?」
「あぁ・・うん。問題ないよ、快適」
「その割には浮かない顔だな」
「いや、別に」
お気に入りのカフェ店員に嫌われたかもと気にしているなんて、佐久間には口が裂けても言えない。
「ふーん。そうだ、今夜引っ越し祝いに飲みに行こうぜ」
「あー今日は無理。
日葵と真由子も同じ同期だが、今は異動して日葵は商品開発部、真由子は経理部にいる。
「え、俺もまぜてよ。同期だろ?」
「女同士で話したいこともあるから、無理」
「なんだよ、俺がせっかくアパート紹介したのによ」
「そのお礼はまた別の日にするから。今日はダメ」
佐久間は「ちぇ」と言いつつ、席に戻っていった。
「
後輩の
「まぁ同期だからね」
「付き合ってるんじゃないんですか?」
「ないないない」
舞が大げさに手を振る。
「佐久間さんって割と顔もいいし、スタイルもいいじゃないですか。仕事もできるし、優良物件だと思いますけどね」
改めて佐久間を見てみると、全体的には整った顔はしているし、コミュ力も高い。
確かに優良物件なのかもしれない。
「でもね、なんか仲良くしすぎて男として意識できないんだよね。もう昔からの親友って感じで」
「そうなんですね。もったいないな」
麻帆はそう言いながら、仕事に戻った。
「もったいないかな・・?」
佐久間とどうこうなんてやっぱり想像もできない。
舞は考えを打ち消すように首をぷるぷると振った。
「かんぱーい!」
日葵と真由子と馴染の店で乾杯した。
仕事終わりに仲のいい友達と飲む。
この一杯は何事に代えがたいほど、おいしい。
「それにしても舞大変だったね」
「そうなんだよー、でもそれより問題が・・・」
佐久間の紹介で引っ越した部屋の隣がカフェのイケメン店員であることを話した。
「マジで?」
「すごい偶然だね」
「そうなのよ」
日葵はワインをぐっと飲み干すと、ニヤっと笑った。
「これはチャンスでしょ?」
「チャンス?」
「だって、その子のこといいなぁって思ってんでしょ?」
「いや、かっこいいとは思ってるけど」
「そんなの関係ないでしょ」
日葵はこの中では一番恋愛経験が豊富で、猪突猛進な性格でもある。
今は年上の彼氏がいるらしいが、押して押してゲットしたらしい。
「でも年齢が離れてるのよね?」
真由子は半年前に結婚して、幸せな家庭を築いている。
真由子は慎重な性格で結婚も20代のうちにと婚活サイトに登録し、計画的に出会って結婚した。
「多分7歳とか8歳とか離れてるんじゃないかな」
「その程度」
日葵はワイングラス片手に気にするなと手を振った。
「じゃあその高瀬さん?は20歳そこそこってことなのね。それは確かにちょっとね」
「だよね」
「年齢なんてただの数字よ。大事なのは中身でしょ?」
「まぁそれはそうだけど」
「舞はいつも考えすぎだよ。上手くいくかどうかもやってみなきゃわかんないんだから」
日葵のいうことも一理あるが、若いうちは恋愛で傷ついてもすぐに癒えるが、今はどんな傷だって治るには時間がかかる。
飛び込む勇気も昔のようにはなかなかもてない。
「そういえば、日葵は彼氏とどうなの?」
真由子は話題を変えるように日葵に彼氏の話題を振った。
「まぁ・・・順調よ。この前もプレゼントもらったし」
胸元とネックレスを嬉しそうに触った。
「真由子は?結婚生活はどうよ」
「仲良くしてる。旦那が色々家のことも手伝ってくれてるし」
「幸せで何より」
「ありがと」
「あとは舞だけね」
日葵に言われて苦笑いをするしかない。
その後はいつもの会社の愚痴を一通り話すと、アパートに帰った。
隣の部屋の”高瀬”と書いてある表札が目に入る。
高瀬くんはもう家に帰っているのだろうか。
(何を考えているんだ、私は)
舞は自分の部屋の扉に手をかけた。
「こんばんは」
振り返ると、コンビニの袋を持った高瀬だった。
「こ、こんばんは」
高瀬はカフェの時と同じように爽やかな笑顔だ。
「今日はカフェに来られなかったので、どうしたのかなーって思ってたんですよ」
「あ、今日は友達とご飯に」
「そうだったんですね。安心しました」
「・・・安心?」
「隣の家に僕がいるから気まずくてカフェに来れなくなったのかと思ってたんです」
「そんなことないです!」
慌てて否定して思わず大きな声になる。
おかしそうに高瀬は笑うと、「良かった。また来てくださいね」と言って「じゃあ」と高瀬は小さく手を振って部屋に帰っていった。
「あ、はい」
舞も同じように小さく手を振った。
ぱたんと扉が閉まる。
その瞬間になんだか恥ずかしくて体温が上がって来る。
部屋に戻ると、へなへなとその場で座り込んだ。
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