14話 魔法の存在

 今日、父上に呼ばれて執務室に来ていた。


 窓の外を見やると、つい先日まで葉をまとっていた木々がすっかり丸裸になっている。


 僕が入って以来、静まり返っていた執務室は、父上が口を開いたことで終わりを告げた。


「セイラス、セレナ嬢とさらわれたときに、天より墜ちた光を覚えているか?」

 

 首肯する。


 再び執務室に静寂が満ちる。


 父上は何か言いにくそうにしながら、もう一度口を開いた。


「セイラス。私は今までお前に隠してきたことがある」


 何のことか分からず、首をかしげる。


「魔法……聞いたことはあるか?」


 嘘をつく理由がないので首を縦に振った。


「……そうか、知っていたか。私はお前に魔法の存在を隠してきた。だが、お前には魔法の才能があるかもしれないそうだ」


 驚いた。僕に魔法の才能? みんなと同じように魔法を使えないのに、あるはずがない。


「これは私も聞いた話なのだが――」


 驚きで、父上の声が頭にうまく入ってこない。


「――魔力量が多すぎる者は、人間の魔法体系と相性が悪いのだそうだ」


 その言葉に意識を引き戻された。


 僕自身の魔力量が多いことは剣の訓練で分かっている。


 つまり、魔法を使うと僕の喉はあの剣のように壊れてしまう、ということなのだろうか。


「お前があの光を呼んだのだ。セレナ嬢は無傷だったが、誘拐犯は焼け死んだ。あれは魔法でなければ説明がつかない」


 父上の声には、恐れと同時にわずかな誇りの色が混じっていた。


 胸の奥がざわつく。


 魔法。


 僕が子どもの頃からこっそり憧れていたもの。


 だが、父上が厳しく口にしなかったせいで、手の届かない夢だと思っていた。

 

 まさか――僕にその可能性があるなんて。


 父上は執務机から一冊の革表紙の本を取り出し、こちらに差し出した。


「これは初歩の魔法理論書だ。お前に与える。……だがよいか、セイラス。魔法を使うことはお前の体を削ることになるかもしれん」

 

 父上の声が硬くなる。


「それでもやってみるか? その道を歩むか?」


 息が詰まった。


 僕は声を出せない。


 詠唱もできない。


 魔法を学ぶには致命的なハンデだ。

 

 ――それでも。

 あの時、セレナを守れたのは偶然じゃない。


 二度と後悔したくない。


 僕は小さく拳を握り、父上の目をまっすぐ見て、強く首を縦に振った。


 父上はしばらく黙ってから、ふっと微笑んだ。


「……そうか。なら、デザフに頼んでお前の教師になってもらう。学園入学までに魔法を一つ、恒常的に使えるようになったら――その時は私が正式にお前を魔法使いとして認めよう」


 胸の奥で何かが弾けるような感覚があった。


 夢だった「魔法使い」という言葉が、初めて現実のものとして目の前に差し出された瞬間だった。


 ◇


 魔法の練習が始まった。


 初めて見る詠唱、初めて見る魔力の流れ、初めて見る魔法陣。


 それらは僕が今まで学んできた剣や魔導具では決して見られないものだった。


 魔法とは「詠唱」「想像」「出力」。


 この三つが合わさって初めて発動するらしい。


 僕の場合、詠唱の部分を“心の中の願い”に置き換えなければならない。


 ――でも、無詠唱魔法は人類史の中で何度も研究されてきたが、成功例は一つもない。

 つまり、僕には正解も、解法も存在しない。


 文字どおり手探り状態だ。


 ただ、参考になるものがある。魔物だ。


 彼らは野生で、力こそがすべてという生き方をしているせいか、一度咆哮すると炎

 を吐き、いかずちを降らす。


 中には何の音もなく命を刈り取る、静寂の魔物サイレンス・デモニウムと呼ばれる者もいる。


 人にはいないが、魔物にはいる。


 ――生物の中には、無詠唱で魔法を使うものがいる。


 その事実が、僕に無限の力を与えてくれるような気がした。


 無限の声援を背に受けているような気がした。


 僕にはできる。


 ただ、それだけを胸に刻んで、研究と訓練を繰り返している。


 僕の魔力を“制限する力”も、この時ばかりは役に立った。


 地面に血反吐を撒き散らしながらも、喉はまだ潰れていない。


 今日も練習だ。


 最近のミレーユには元気がない。……早く成功させて、笑顔を見せたい。


 ――その時、ペタン、と音を立てるように、体が崩れ落ちた。


 ああ、視界が霞む。


 以前も、同じようなことがあった気がする。


 クソ! 僕には時間がないのに……!


 起きろ、僕の体――。


 視界が暗転する。


 思考の糸が、プツン、と音を立てて切れた。

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