13話 お友達

 目を覚ますと、視界に白い天蓋が映った。


 ぼんやりと瞬きをすると、すぐ横でセレナ様が椅子にもたれかかり、眠っていた。


 彼女の手が、僕の手をしっかりと握っている。


 小さな手なのに、信じられないほど温かかった。


 ……生きてる。


 その事実を確かめた瞬間、胸の奥の何かがふっと緩む。


 けれど同時に、体中に広がる脱力感が重たくのしかかってきて、ベッドから起き上がることができなかった。


 無理に動けば、セレナ様を起こしてしまう。


 だから、ただ天井を見上げながら、記憶の奥底に沈んでいた光景をたぐる。


 ――あの時。


 男の叫び、セレナの悲鳴、そして目の前を覆い尽くしたまばゆい光。


 次の瞬間、誘拐犯は焼かれ、意識が遠のいていった。


 ……あの光は、何だったんだろう。


 確かに、セレナ様もその中に巻き込まれていたのに、彼女の体には一つの傷もない。


 ということは、彼女の魔法? いや、まさか。


 父上は、「セイラスに魔法の存在を教えてはならない」と厳しく命じていたはずだ。


 それに、彼女からは魔力を練っている様子が感じられなかった。


 けれど、僕の中に残るあの光の感覚――。


 胸の奥に、何かが芽吹いたような、静かで確かな余韻があった。


 魔法。


 それは、魔導具のように器を通して制御されるものではない。


 人間の想いそのものが、世界の理を動かす力。


 イメージと感情によって、世界に干渉する「現象」。


 つまり、あれが……僕の? 


 いや、違う。違うはずだ。


 考えが堂々巡りする頃、扉の向こうから軽やかな足音が響いた。


 ミレーユが入ってくる。


 いつもより少し早足で。


「お目覚めになりましたか、セイラス様」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ――が、その目にはうっすらと怒りが宿っていた。


 腕に力が入らず、僕はただ首を縦に振る。


「魔力不足で倒れたようですね。医師の話では、命に別状はないそうです」


 そこで一拍置き、彼女の声が少し震えた。


「……私はメイドですから、あまり踏み込むのは立場上良くないのですが、ひとつだけ言わせてください」


 再び、僕は小さく頷いた。


「心配したんですよ!」


 その声は、怒鳴るでも泣くでもなく、胸の奥からあふれ出たような響きだった。


「それと……申し訳ありません。私が目を離していたばかりに、セイラス様が――」


 ミレーユが頭を下げる。


 あの完璧な彼女が、こんなふうに謝るなんて。


 違う。


 悪いのは僕だ。


 何も言わずに馬車に乗ったのも、ミレーユを困らせたのも、全部僕のせい。


 ……ただ、ほんの少し、セレナと話を続けたかっただけなのに。


 謝るのは僕の方だ。


 そう思って体を起こそうとするが、力が入らない。


 指先さえ震えて、まるで糸が切れた人形みたいだった。


「セイラス様」


 ミレーユが静かに言う。


「おそらく、このあとご当主様に叱責を受けます。ですが、攫われたのは私の監督不行き届きです。どうか――私のせいだと、説明していただけませんか」


 僕は、勢いよく首を横に振った。

 

 そんなこと、できるわけない。


 その仕草を見て、ミレーユは少し目を細めた。

 

 安堵と、優しさと、ほんの少しの誇りが混ざったような表情だった。


 ……ああ、この人は、本当に強いな。


 セレナ様の手を握る。


 まだ温かい。


 その温もりに包まれながら、僕はもう一度、静かに誓った。


 ――次は、誰も傷つけさせない。


 どんな形でも、守ってみせる。


 静かにでも、確固たる意思を持って誓約を立てる。


 ◇


 数日が経った。


 医師からはまだ「絶対安静」と言い渡されている。だから、本を読んで静かに過ごしている。


 そろそろ事情聴取があるだろう――そう考えていた矢先、ノックの音がした。


「旦那様が及びです。執務室に来てくれとのことです」


 ほら、呼ばれただろ。


 執務室につくとオスカルとセレナがすでに腰掛けていた。


 促されるままセレナの隣りに座り、アルドリックとオスカル、セイラスとセレナというふうに並んで向かい合う。


 セイラスが座ったのを確認すると、オスカルが口を開いた。


「セイラスくん、セレナ体はもう大丈夫かい」


 二人とも首肯する。


「そうか、それならいいよ」


 オスカルは安心したような顔をした。


 アルドリックも安心したような顔を見せたが、すぐに険しくなる。


「セイラス、俺は怒っている。なぜだか分かるか?」


 普段は見せない”俺”という口調に驚きつつ頷き、紙に書く。


 ”勝手に馬車に乗ったことと、セレナ様を危険に晒したことですよね?”


「ああ、そうだ。自分勝手な行動で客を、自分と同世代の女の子を巻き込んだ。これは許されない。巻き込まれた子が許しても、忘れてはならない」


 セレナは何か言おうとしたが辞める。


 オスカルは何も言わずに聞いている。


「今回、セレナ嬢やオスカル様は許してくれるそうだが俺とお前は忘れたらだめだ。自身を戒めて行動しろ」


 その言葉に僕は強く頷いた。


 その後、僕と父上は改めてセレナ様たちに謝罪した。


 セレナ様はむしろ微笑んで言った。


「守ってくれて、ありがとう」


 胸の奥が、少しだけ温かくなった。


 ◇


「ところで、あの時の光についてなにか教えてくれないか?」


 オスカルが穏やかに尋ねた。


 アルドリックが僕を見るより早く、セレナが答えた。


「セイラス様が声を出して助けてくれました」


 アルドリックは驚きを隠せない表情で尋ねる。


「声を? 出せるのか」


 僕の方を向く。もちろん出せないので首を横に振った。


「どういうことだ?」


 僕は首を横に振った。出せるはずがない。


 それなのに、セレナは迷いなく言う。


「確かに声を出していましたよ”去ね”って」


 それでは魔法ではないかとアルドリックは思った。


 ◇


 執務室をセレナと二人で出る。


 色々あり滞在期間が伸びたが、明日ルミエール領に帰るらしい。その前に二人で話をすることにした。


「セイラス様。私はお友達が少ないのでなってくれませんか」


 断る理由がないので首を縦に振る。


 セレナはそれを見ると零れそうな笑みを浮かべた。


 それを陰から見ていた二人の両親はとある計画を立てていることをセイラスは知る由もない。





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