第17話 彩香の真実の告白
ラブホテルを出た後の、夜の空気は、ひどく冷たかった。あれほどまでに熱く、互いを求め合った私たちの身体は、もう、その熱を失っていた。私たちは、どちらともなく、言葉を交わすことなく、ただ、並んで歩いていた。数時間前とは、比べ物にならないほど、遠い、遠い距離を、互いの間に感じながら。彼の横顔を、盗み見る。そこに浮かんでいるのは、深い後悔と、自己嫌悪の色だけだった。私の勝利は、彼の心を、これっぽっちも、手に入れることはできなかったのだ。
ホテルの中で、あれほどまでに満ち足りていた私の心は、現実の冷たい空気に触れた途端、急速に、萎んでいった。勝利の味は、もうしない。後に残ったのは、彼を、ここまで、傷つけてしまったという、重い、重い罪悪感だけだった。私のしたことは、何だったのだろう。これは、復讐ではなかったのか。彼を、涼子から、奪い返すための、戦いではなかったのか。違う。これは、ただ、私の身勝手な欲望を、彼に、押し付けただけの、醜い、自己満足に過ぎなかったのだ。
このまま、彼と、別れてしまうのだろうか。この、嘘と、裏切りと、罪悪感に、まみれた関係のまま、私たちは、終わってしまうのだろうか。
嫌だ。
そんなのは、絶対に、嫌だ。
私は、思わず、立ち止まった。街灯が、ぽつんと、頼りなく、私たちの足元を照らしている。和真も、私が立ち止まったことに気づき、数歩先で、足を止めた。そして、不思議そうな顔で、私を、振り返った。
今、言わなければ。
もう、嘘で、自分を、塗り固めるのは、やめよう。
たとえ、彼に、軽蔑されたとしても。たとえ、彼が、二度と、私の前に、姿を現さなくなったとしても。
本当の、気持ちを、伝えなければ。
「和真」
私の声は、ひどく、震えていた。
「今日の、ことだけど……」
涙が、視界を、滲ませる。言葉が、うまく、続かない。
「練習、とか、言ったけど……あれ、全部……」
「全部、嘘だったの」
私の言葉に、和真の目が、大きく、見開かれた。
堰を切ったように、涙が、私の頬を、次から次へと、流れ落ちていく。もう、止めることは、できなかった。化粧も、髪も、ぐしゃぐしゃになっていくのが、自分でも、分かった。でも、もう、どうでもよかった。
「嘘なの……練習台になんて、なるつもり、なかった……ただ、和真に、触ってほしくて……涼子ちゃんが、羨ましくて、憎くて……どうしようもなくて……!」
言葉にならない、嗚咽が、私の口から、漏れる。私は、その場に、蹲りそうになるのを、必死で、堪えた。
「私ね、ずっと、和真のことが、好きだったんだよ」
それは、私の、十七年間の、初めての、そして、最後の、告白だった。
「小学生の、頃から……ずっと。クラスの、みんなから、意地悪されて、一人ぼっちだった、私に、和真だけが、優しくしてくれた。汚れた、私の上履きを、黙って、洗ってくれた。あの時から、ずっと、和真は、私の、ヒーローだったの。私の、世界の、全部だったの」
誰にも、言えなかった、孤独な想い。彼への、感謝。そして、彼への、狂おしいほどの、恋心。それら全てが、涙と共に、私の内側から、溢れ出していく。
「だから、涼子ちゃんの、彼女だって、聞いた時、頭が、真っ白になって……私の居場所が、なくなるって、思った。和真が、遠くへ、行っちゃうって……それが、怖くて、怖くて……だから、こんな、馬鹿なこと、しちゃったの……ごめんなさい……ごめんなさい、和真……!」
私は、ただ、泣きながら、謝罪の言葉を、繰り返した。
復讐の、醜い仮面は、剥がれ落ちた。
街灯の下、彼の前に、みっともなく、泣きじゃくっている、この姿が、私の、本当の、素顔だった。
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