第14話 挿入への葛藤
私の支配は、完璧なはずだった。彼の理性を、私の唇と舌で、完全に溶かし尽くしたはずだった。和真の体は、私の愛撫に、正直すぎるほどの反応を示している。彼の喉から漏れる、苦しげな呻き声。シーツを固く握りしめる、その指先の力。それら全てが、私の勝利を、雄弁に物語っていた。このまま、彼が、私に完全に屈服するまで、あと、ほんの少し。
しかし、彼の心の最も深い場所には、まだ、私の知らない聖域が残っていた。
彼が、快感の絶頂を迎えようとした、その瞬間だった。
彼の瞳が、かっと、見開かれた。
そして、その唇が、震えながら、別の女の名前を紡いだのだ。
「りょう、こ……」
その名前は、まるで、私の心臓に突き立てられた、氷の刃のようだった。
私は、思わず、動きを止めた。和真は、ハッと我に返ったように、私を、その体から、乱暴に突き放した。私は、ベッドの上に、無様に転がる。彼の顔から、欲望の色は消え失せ、代わりに、深い自己嫌悪と、絶望的なまでの罪悪感が、その表情を覆っていた。
「ごめん……ごめん、彩香……俺は……」
彼は、何度も、謝罪の言葉を繰り返す。その言葉は、もはや、私に対してですらなかった。彼は、ここにいない涼子に対して、心の中で、必死に許しを請うているのだ。
私の体から、急速に、血の気が引いていく。
負けた。
彼の体を、ここまで支配しておきながら、私は、彼の心の中にいる、涼子の幻影に、負けたのだ。
このまま、終わらせてたまるものか。
私の復讐心に、再び、黒い炎が灯る。私は、ゆっくりと、体を起こした。乱れた髪を、指でかき上げる。そして、ベッドの隅で、蹲るようにしている和真を、射殺さんばかりの、熱い視線で見つめた。
私の全身から、ありったけの、女としてのオーラを解き放つ。それは、計算された誘惑ではなかった。私の、剥き出しの、純粋な欲望そのものだった。
「和真」
私が、彼の名前を呼ぶ。その声は、自分でも驚くほど、甘く、そして、ねっとりとした響きを持っていた。
「涼子ちゃんのことは、見てないでしょ。今、目の前にいるのは、私だよ」
私は、四つん這いになり、まるで、獲物を追い詰める肉食獣のように、ゆっくりと、彼に、にじり寄っていく。
和真は、後ずさりしようとするが、背後は、もう、ベッドのヘッドボードだ。逃げ場はない。彼の瞳が、恐怖と、そして、再び燃え上がり始めた欲望との間で、激しく揺れ動いている。部屋の空気が、重くなった。私たちの、荒い呼吸だけが、その重い沈黙を、切り裂いていた。
彼は、ついに、耐えきれなくなったように、叫んだ。
それは、懇願のようでもあり、悲鳴のようでもあった。
「もう、やめてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、私は、勝利を確信した。
彼は、私を、拒絶しているのではない。彼は、自分自身の、抗うことのできない欲望に、悲鳴を上げているのだ。彼は、私に、自分を止めてほしいと、願っている。しかし、それは、もう、誰にも、止めることなどできない。
私は、彼のその悲痛な叫びを、唇で、塞いだ。
それは、彼の最後の抵抗を、完全に封じ込めるための、深く、そして、長いキスだった。
やがて、唇が離れる。
彼の瞳から、葛藤の色は、消えていた。
そこにはもう、罪悪感に苛まれる、優しい幼馴染の姿はなかった。
ただ、暗く、そして、飢えた欲望だけを、その瞳に宿した、一人の雄が、いるだけだった。
彼は、ついに、その欲望に、身を任せることを、決意したのだ。
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