第13話 幟を掲げ、新ダンジョンへなのです

 日が昇り始めたばかりの時間帯。

 石畳はまだ濡れていますが、すっかり雨は上がりました。

 小鳥の囀りが聞こえるほど、辺りは静まり返っているのです。

 そんな中、わたしは街の中にあるこじんまりとした、公園に来ていました。

 ベンチに座ることはせず、木に背中を預けているのです。

 そのまま、しばしのときが経過して――風が舞いました。


「よう、氷屋。 待ったか?」


 木を挟んで反対側。

 突如として、人の気配が現れました。

 それを察知したわたしは嘆息して、歩み寄るのです。

 そこに立っていたのは、1人の若い男性。

 歳は20代半ばほどでしょうか。

 アッシュブロンドのショートヘアーに、翡翠色の瞳。

 薄手のトレンチコートを身に纏い、細身のパンツを履いているのです。

 背中には、短弓を携行していました。

 端正な顔立ちですが、どこか軽薄そうな笑みを湛えているのです。

 それでいて、目の奥には鋭い光が宿っていました。

 彼は、通称ゼフ。

 本名は知りません。

 いわゆる情報屋さんで、不本意ながら長い間お世話になっているのです。

 具体的に、どのような情報を買っているかというと――


「それで、今週の氷の相場はいくらくらいなのです?」

「おいおい、挨拶すらなしかよ。 少しは雑談に付き合ってくれても良いだろ?」

「それは契約に入っていないのです。 どうしてもと言うなら、安くするのです」

「夜の姉ちゃんかよ。 まぁ、良いか。 ここに書いてあるが、金と交換だ」

「わかっているのです」


 ゼフが指に挟んだ紙をわたしは摘まみ、彼の手の上に貨幣を詰めた革袋を置きました。

 中身は500メルなのです。

 その重みを確かめたゼフはニヤリと笑い、わたしに紙を譲ったのです。

 確認すると、確かに氷の価格変動の調査結果が、記されていました。

 これなら、うちが動く必要はなさそうなのです。

 ゼフは人柄はともかく、情報だけは信用出来ますから。

 いつもなら、これにて取引は終了……なのですが、今日は少しばかり事情が違うのです。


「じゃあな、氷屋。 来週も、よろしく――」

「待つのです」

「あん?」

「欲しい情報があるのです」

「ほう? 珍しいな。 金次第だが、どんな情報だ?」

「新ダンジョンについてなのです」

「……は?」

「何なのですか、その馬鹿面は」

「いやいや、お前がらしくねぇことを言うからだろうが。 氷屋がダンジョンって、雨……じゃなくて、雹でも降るのか?」


 わざとらしく顔の前に手を翳して、空を見上げるゼフ。

 腹立たしいですが、今回に限っては彼の反応が正常かもしれません。

 そう考えたわたしはコホンと咳払いして、改めて問い掛けたのです。


「それで、情報はあるのですか?」

「まぁ、一応な。 詳細とまでは行かねぇけどよ、場所と特徴くらいならわかるぜ」

「ギルドで聞く訳にも行かないので、場所がわかるだけでも充分なのです。 情報を寄越すのです」

「待て待て。 金次第だって言っただろ? そうだな……お前はお得意様だし、1,000で良いぜ」

「ふざけるな、なのです。 300なのです」

「おい、それはあんまりだろ。 800だ」

「500」

「700。 これ以上は無理だ」

「だったら650、なのです」

「聞いてねぇな……。 はぁ、わかったよ……」


 両手を肩の高さに挙げたゼフが、やれやれとばかりに首を横に振ったのです。

 申し訳ありませんが、こちらとしてもお金は大事なのです。

 その後、お金を払って情報を受け取ったわたしは、ゼフにペコリと頭を下げて告げました。


「有難うなのです。 とても助かったのです」

「はん。 礼を言うくらいなら、金を寄越せよ」

「それはそれ、これはこれなのです」

「まったく、末恐ろしい嬢ちゃんだぜ。 じゃあ、今度こそ俺は行くぜ。 またな」

「待つのです」

「今度は何だよ?」

「これを受け取るのです」

「何だ、これ……?」

「ポイントカードなのです。 氷が必要になったら、うちで買うのです」

「何かと思ったら、売り込みかよ」

「はいなのです。 その代わり……」


 そこで言葉を切ったわたしは、ポイントカードに六花印をポン。

 綺麗な花を咲かせたのです。

 ゼフは僅かに目を丸くしていましたが、敢えて気付かぬふりをして言い放ちました。


「スタンプ1個、サービスなのです」

「……なんつーか、渋いな」

「そのようなことはないのです。 わたしにしては、大奮発なのです」

「まぁ、良いけどよ。 取り敢えず、もらっておくぜ。 買いに行くかは、約束出来ねぇけどな」

「お待ちしているのです」

「しっかりしてるぜ、まったく」


 苦笑を漏らしたゼフは踵を返し、手をヒラヒラさせながら歩み去りました。

 すると一陣の風が吹き、気付けば彼の姿が消えていたのです。

 やはり、油断ならないのです。

 もっとも、神出鬼没で言えば、こちらも負けていないのです。


「グラ、お仕事の時間なのです」

「承知」


 すぐそこに立っていたグラに、わたしは告げました。

 ですが、幟だけを持って籠は担いでいません。

 しかし、それでも、今からお仕事なのです。


「氷を売りに行くのです。 場所は聞いていましたか?」

「肯定。 把握済みだ」

「流石なのです。 では、行くのです」

「それは構わないが……」

「どうしたのです?」

「素直に、助けに行くと言えば良いだろう」

「ち、違うのです。 わたしは氷屋として、商売をしに行くだけなのです」


 呆れ返った様子のグラから目を背けつつ、胸元を氷ハンマーでコツン。

 彼はまったく堪えた様子はなく、わたしの頭に手を伸ばして髪飾りに触れてから、歩み出しました。

 少しばかり恥ずかしく思いつつ追い掛けて、エレメンの北門に辿り着いたのです。

 そこから外を眺めると、広大な草原が広がっていました。

 ここから歩くとなると、かなり時間が掛かりますが――半拍。

 グラの口から白い呼気が漏れると同時に、【氷道】が草原に走りました。

 それを確認したわたしとグラは、横目で視線を交換し――


「1、2、3……被害ゼロ」

「優先なのです」


 同時に滑り出しました。

 氷の上を高速で滑走し、瞬く間に距離を稼ぐのです。

 ちなみに、通ったあとの氷は解除しているので、迷惑になることはありません。

 氷屋は、後始末もきちんとするのです。

 こうしてわたしたちは、新ダンジョンへと旅立ちました。











 ネージュの帳簿


 残り氷柱=なし


 今回収入=+0メル

 前回までの収入=+0メル

 今回支出=-1,150メル(氷相場情報料500メル、新ダンジョン情報料650メル)

 前回までの支出=-0メル

 ―――――――――――――――

 収支総合計=-1,150メル


 優先=被害ゼロ


 次回目的地=新ダンジョン






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次回「救出戦」、明日の21:00に投稿します。

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