第4話 推しと始まる旅路へと


『僕もこの世界は初めてだからね。干渉できないし知らないことばっかりだ。でもだからこそ面白い。アークでのルールは君たちが探索しながら学んでくれ』

「こちらはまずは学ぶ所から…ですか。ルーラーやルシファーは私たちの事は知っていますか?」

『そりゃ知ってると思うよ。なんたって対戦相手になるわけだからね。でもどのくらい知っているかまではわからないな』

「場所以外でルシファーについての情報は?」

『ない。僕も初めての世界で背景も情報も少ししかわからないからね』

 どうやら引き出せる情報はないようだ。それはまぁいいとしてアルカナはなんでそんないい笑顔をしてるんだ。余裕がありすぎるだろ。意味が分からん。むしろ楽しんでないか?

 ユイカちゃんは呆れたような、諦めたような感じでため息ついて首を軽く横に振っている。可愛いなぁ。癒されるなぁ。

「時間かかりそう…こんなんじゃ寿命きちゃうよ」

『あぁそれなら大丈夫!実は君たちの世界の時間を止めているんだけどね、その世界に紐づけされている君たちの時間も止まっている。すなわちこの世界で君たちは不老だ。寿命で死ぬことはない。いくら時間をかけてもいいよ。まぁ…“かけれるなら”の話だけどね』

「不穏な事を言うね。...えっ!?不老になってるの?!年取らないの!!』

 流石神。もう何でもあり。この匙加減がもうわからない。

 でもこの世界にいる間は、ユイカちゃんと自分自身が大人っぽくなっていく姿を見られないのは少し残念ではある。

 というか今、時間を止めてるって…?

「時間を止めてるとは、その言葉の通りですか?」

『うん、その言葉の通り。色々と問題が起きかねないからね。その点は安心してくれ』

「何でもありだな…まぁわかったよ。他に強化はできないの?」

『不老以外はないね』

 もしかしたら干渉できないも神基準もできないなのかもしれない。考えるだけ無駄だ。神の争いに巻き込まれた人間代表なんだから。理解しようとしてはいけない。

 むしろ不老だけでよかったのかもしれない。不死とかなりたくないし。

『アークに存在する言語は“現代日本”をモチーフに作られている。ひらがな、カタカナ、漢字、英語、和製英語など様々。日本人は扱う言葉が多いね。非常に興味深いよ。そういうわけだから、君たちにとってはなじみのある言葉ばかりのはず。言語を理解するところから始めなくてもいいよ』

 これは助かる。言葉が通じないとそれだけでもかなりの苦労を強いられるからね。異世界転生、異世界召喚系のファンタジー小説でも問題になる言語の壁をこんな形でクリアできるのはかなりのプラス。現代日本と変わらないのなら気が楽。

「それは大いに助かります。他には?」

『まずはあっちのほうに【ユグド国─王都アルビオン】がある。ユグド国は、この世界の人類の国の一つだ。そしてアルビオンが、さっき言った元の世界から連れてくる人が保護される場所。安心したいなら観光してみるといい。そこにいけばこれからの道筋が見えるはずだ』

 アルカナが指をさした方向は、あの山よりも大きな世界樹のような大木があるほうだ。ユグドって名前なくらいだし世界樹なのかな。世界樹と言えば創作の物語では結構重要な位置づけをされているイメージがあるけど、この世界でもそうなのだろうか。

 2つある太陽も気になるし、浮かんでいる大陸も気になるし、この世界はまるでVRでMMORPGの世界に入ったみたいだよ。気になることがどんどん増えてくる。

「そういえば俺たちが世界を救おうと奮闘している間、アルカナはどうするの?ついてくるの?」

『いや。別の次元から君たちを見てる。僕もあくまで観戦者的な立ち位置だからね。よほどの事が何かしない限りは呼ばれても来ない。基本的には君たちは二人きりだ』

「そっかぁ…二人きりかー」

 二人きり。ユイカちゃんと二人きり…え?

 二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり…二人きり。

 改めて“二人きり”だということを認識すると、その言葉が頭の中で何度もループする。

 全てを理解した時、正確にはこれからの未来を想像し受け入れてしまった瞬間に心臓が一気に跳ね上がった。先ほどの比ではないくらい緊張してきた。心臓が破裂するのではないかと思うほどの鼓動を生み出し、全身の体温が急上昇するのが自分でもわかる。血管に流れる血が沸騰してるんじゃないかと思うくらい熱い。

 落ち着け、落ち着け、俺。落ち着くのなんて無理!!!ユイカちゃんと二人きりだぞ。落ち着いている方が失礼と言うものだ。緊張で足がガタガタ震える。今まではアルカナがいたからな平静を装うことができた。

 『推しである可愛くてかっこいい最高に魅力的なユイカちゃんと二人きりの旅路』とかいう、夢のような時間をこれから過ごすのだ。こんな状況、緊張しないわけはないだろ!

 チラッとユイカちゃん見ると視線がぶつかる。綺麗で大きなライトグリーンの瞳を縁取る長い艶やかなまつ毛。当然だが漫画で見た時よりもはるかに可愛くて魅力的。また心臓が跳ね上がる。目がそらせない。可愛い!!!!!

 なぜかユイカちゃんは頬をほんのり赤く染めてるし、でも目線はそらさないし、尊い!心臓が破裂するかもしれない。しないでほしい。なんとか耐えてほしい。こんなにも幸福感に包まれているんだから頑張れ心臓!頑張れ俺!

 たとえどんな過酷な旅になろうとも全力で幸せな日々を送らせてみせる。

「が…頑張ります」

 震える声で言えることはこれが限界だった。

 冷静になるために渋々ユイカちゃんから目をそらす。見ようと思えば一生見れる。でも見てしまってる間は心臓がバクバクしてしまい冷静に物事を判断できる気がしない。

 視線を外して数秒後、ようやく落ち着いてきたのでこれからの懸念を考える。

「戦闘面では頑張る所存ではあるけど俺たち一文無しだよ。どうやって生活するの。金ないよ。そもそもこの世界ってお金あるの?」

『勿論。この世界は君たちの世界と同じように貨幣制度を取り入れている。君たちにはそれぞれ、能力の中にストレージ機能があるよね。一週間分の生活費が入った財布を入れておいた。僕から、ガーゴイルを倒したサービスってやつだね。それがあれば当分は大丈夫だろうし、君たちの行動がよっぽど酷くない限りはお金に困ることはないんじゃないか』

「おぉー太っ腹だねぇ。ありがとうございます」

 早速初任給ですか。嬉しいなぁ。実はバイトもしたことがなかったから働いてお金もらうのはこれが初めてなんだ。ユカコちゃんとの共同作業だったし、初めてお金もらえるしウハウハだね。

 アルカナが言うように影纏いにはストレージ機能がある。単純に影の中にものをしまえる能力だ。言われた通り、影の中を探すと巾着のような財布が入っていた。

 でも影の中を探っていた時に違和感が生まれた。ない…物がない!?

『1つ言い忘れてた。独断でストレージの中の物の一部をあちらの世界に置いてきた。後出しになって申し訳ないけど勘弁してね』

 スマホなどの電子機器や財布などがない。それだけならまだしも。

「エレクトロン・アカデミー全巻がないっ!!!ちょっとアルカナなんでだよぉぉ~!!」

『こっちにも事情があってね。まぁまぁ泣かないで。うちわは入ってるから』

「…本当だ。うちわはある…」

「うちわ?」

 少し怪訝そうな表情を浮かべるユイカちゃんと視線がばっちり合って心臓が跳ねる。姿勢のいいたたずまい。美しい。見惚れてしまう。

 このうちわは、見せる機会があるかもしれない。今は恥かしくて見せられないけど。

 それはそれとして、ユイカちゃんが全身と影をまじまじと凝視してきていた。きっと影纏いのストレージ能力に興味を持ってくれたのだろう。でもそんなに見られると恥ずかしい。

 しかし互いに大雑把な能力しかわかっていないから興味を抱くのは当然だろう。俺もユイカちゃんの能力でわかっているのは、戦う時に戦闘用の服に変化しどこからか武器が出現して身体能力も上がる、銃弾はエネルギー弾的なもの、というくらい。そしてユイカちゃん目線だと俺の能力は影を纏う、影にかかわる特殊な大剣を扱える、身体能力が上がる、くらい。だから興味を持って観察しているんだ。流石ユイカちゃん、熱心だ!かわいい。

 俺もユイカちゃんのストレージ機能が見たい。知りたい。というかユイカちゃんの事をもっと知りたい。まだ知らないことが多すぎる。

 じっと見ているとユイカちゃんは、マジシャンがよくやるように何も持っていないことをアピールするみたいに両方の手のひらを見せる。傷一つない綺麗な細長い指と健康的で滑らかな手。綺麗だ。そして一度こぶしをぎゅっと握り締めた後にぱっと開くとそこには俺と巾着型の財布が!

「凄いっ!!マジックだよ!!!」

 マジックみたいに出されて驚いたんだけど!え、すご…出し方かっこいい。手品みたい。

 俺の言葉や驚いた様子に満足しているらしいユイカちゃんは得意顔になっている。

 可愛い!!!!!あの得意顔はファンが選ぶ好きな表情ランキング堂々2位に選ばれた得意顔。清々しいほどの表情にファンの心は鷲掴みにされたんだ。ありがたや、生きて見れてよかった。

 俺もユイカちゃんの得意顔大好きなんだ。かわいい。やっぱり俺はこの日のために生きてきたのかもしれない。

 ストレージ機能の仕組みはよくわからなかったけど、得意顔を見れて満足だよ。マジックみたいに出すなんてユイカちゃんは茶目っ気がありますなぁ。ついにやけちゃう。

 そんな俺をしり目に、ユイカちゃんが真剣な表情で財布の中を調べている。

 仕方がないから俺も財布を確認する。見た感じは動物の皮でできたようなどこにでもあるような巾着財布。ぱっと開くと中には複数枚の硬貨が入っていた。金貨、銀貨、銅貨…確認できるので3種類。金貨らしき物を一枚摘まんで取り出すと、つやつやしてきれいだしひんやりしていて気持ちがいい。程よい重さ。片面には数字の1、反対面には多分ここから見えている世界樹らしき大木が描かれている。

 異世界の硬貨に触れる機会なんて初めてだからなんだか不思議な気持ちだ。というか触れる機会なんて存在するはずがないんだけどね。

「この財布ではあまり入らなそうですね」

『その点は大丈夫。四次元空間みたいになってるからほぼ無限に入るし重さも変わらない』

 四次元空間になっているのか。ほぼ無限に入るなんってなんだがゲームのシステム又は某国民的ロボットアニメみたいだ。重さも変わらないし、気軽に持ち運びできるし便利。シンプルな見た目で味があった良い。ファンタジーチックな雰囲気が合って、好きかも。

 というかユイカちゃんとおそろいか…嬉しい!

『言うべきことは言ったしあとは任せる』

「後で聞きたいことがあったらどうすればいい?」

『絶対に言わないといけないことなら出てくるよ』

「それ以外は出て来ないと…了解」

 出てくるのは期待しないほうがいいな。本当にこれは神が人間を使ってゲームをしているのかもしれない。俺たち人間にとってはあまりにも背負うものが多い、過酷なゲームを。

『じゃあ君たちを信じて見てるよ。命運は君たちに託された』

「お決まりのセリフですね。言われる側になろうとは思ってもみませんでしたが。いわばアルカナとルーラーの代理戦争に巻き込まれた感じですが…私は、私の大切な存在を守るために全力を尽くしてルシファーを倒します」

 闘志に満ちたライトグリーンの瞳がその思いが乗せられたように陽の光を反射して爛々と輝く。本当に格好良くて、綺麗で、純粋な瞳。側にいるだけで気合が入る。

「俺は…俺の夢を叶える。魂込めて頑張るよ」

 そうユイカちゃんとの二人きりの旅をね。絶対に失敗したくないし失敗できない。アルカナが露骨に話を終わらせようとして来て、緊張してきたんだが。さっき動いたから汗をかいたんじゃない。明らかに緊張して汗をかいてる。

 にしても高らかに宣言するユイカちゃんはかっこいいなぁ。憧れる。

『いい気合いだね。じゃあそういうことで!』

 そういってアルカナは一瞬にして消えていった。

 これからはまぎれもなく、ユイカちゃんと二人きりの旅が始まる。…えっと…待って。何を話せばいいんだろう。何も思いつかないんだけど!

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