グルメすぎる騎士団

金澤流都

防火訓練と海鮮丼

 腹が、減った。

 防火訓練を終えて、わたしはそんなふうに思った。

 火災が発生したら現場にすぐ駆けつけるのが騎士団の仕事のひとつだ。王都は新しい都市で、木造建築も多いので火事になったらおおごとだ。騎士団は速やかに現場に駆けつけ、燃えている家々から人を助け出し、ポンプで消火しなくてはならない。

 重たいポンプを乗せた台車を押しながら、わたしは空腹を感じていた。きょうは朝と昼に黒パンを食べたきりだ。それで夕方まで鎧をつけて活動しろというのだから騎士団はブラックな職場である。


 しかし防火訓練のときに協力してくれる市民の様子や、防火訓練を終えて近所の子供たちにお菓子を配ったときの笑顔を思うと、騎士団の仕事、というか騎士道を貫くことはそう悪いことでないように思われる。


 しかしそれはそれとしてたいへん腹が減った。寮に着くまでになにか買い食いするか、定食屋みたいなところにふらっと入るか。そんなことを考えていると、「酒と宮廷料理 怪力亭」という看板が見えた。

 店の前にはまだ幼さの残る女の子が立っていて、「怪力亭、営業中ですよー」と声をあげている。わたしと目が合うと、女の子はにこりと笑って、「姫騎士様! 当店は異国風宮廷料理の店ですよ! おいしい料理と一緒に一杯いかがですか?」と声をかけてきた。


 市民の間でわたしが「姫騎士様」と呼ばれているのは防火訓練でしかと認知した。騎士団長ジェイド、という名前だけなら完全に男性なのだが、わたしは本来のところ貴族令嬢をやっている立場の人間である。

 子供のころ父に恨みっぽく「なんでジェイド、なんて男みたいな名前をつけたのですか」と訊いたことがあるが、父はのらりくらりと「ジェイドというのは翡翠のことだ。宝石の名なのだから女の子の名前でいいだろう」と笑うばかり。

 そして父の望みで10代のころ騎士団に所属し、いまでは騎士団長を任せられているわけだが。


 いろいろと考えながら、怪力亭、という看板をじいっと見ていることに気づく。どうやらお腹が本当にペコペコのようだ。だがポンプを撤収し、鎧を外さねばリラックスした食事などできない。女の子に尋ねる。


「このお店は何時まで営業しているのかしら?」


「夜はお客さんが全員酔っ払って帰るまで開いておりますよ! 姫騎士様が来てくださるなら何時まででも開けております」


「そう、ありがとう。とりあえずポンプを片付けて、鎧を脱いでからまた来ていい?」


「もちろんでございます!」


 よっしゃ。夕飯は宮廷料理だ!


 ◇◇◇◇


 機嫌よくポンプを撤収して鎧を脱ぎ、騎士団の制服に着替える。騎士団員は有事以外この制服を着ていることになっている。

 緑のジャケットに緑のスラックス。中に着ているシャツは自由なので、小柄なのにゴツい体型が誤魔化せるふわっと系のブラウスだ。


 更衣室を出る。仲間の騎士たちが何を食べようか話している。


「団長、ずいぶんとご機嫌ですね」


 後輩で弟分のダグラスがそう声をかけてきた。


「ダグラス、飲みに行かないか? ポンプを撤収する道中でうまそうな店を見つけてな」


「……団長、食いしん坊にも程というものがあります。きょうは自由に夕食をとっていいことにはなっていますけれど、ふつういったん鎧を脱いでから入る店を決めるものでは?」


「だって客引きのお嬢さんに『姫騎士様が来てくださるなら何時まででも開けております』と言われてしまったら」


「……団長。それってぼったくり酒場では?」


「ぼったくり酒場なら成敗するだけだ。いいから来い。きっとうまいぞ」


 ◇◇◇◇


 というわけでダグラスと、さっきの「怪力亭」にやってきた。客引きの女の子はわたしを見て、「姫騎士様! 本当に来てくださったんですね」と嬉しそうだ。


「な? ぼったくり酒場ではなさそうだろう?」


「ええまあ……お嬢さん、席まで案内をお願いできますか」


「お嬢さんだなんて。これでも人妻ですよ! あんた、お二人入ります!」


「あいよっ」


 威勢のいい掛け声。二人でカウンター席に座る。メニュー表には「本日のおすすめ 銅貨8枚」と、「ぶどう酒 銅貨4枚」とあるだけだ。


 あっという間に「本日のおすすめ」が出てきた。異国宮廷風の生魚の料理だ。近海の獲れたてを活け〆して捌いたものらしく、腹痛の心配はしなくていいらしい。さっそく白身魚を豆のソースにつけて一口いただく。


 うまみの凝縮された魚の、ゼリーのような食感が、豆のソースのきりりとした味によく合う。

 どんと出てきたどんぶりには、生魚の切り身が色とりどりに飾られており、どれどれ、とガラスのピッチャーに入った豆のソースをとろりと注ぎ、どんぶり飯と一緒にいただく。

 飯のほうは酢飯のようだ。実にうまい。魚の生臭さを酢が中和して、完璧な味わいだ。


 おもわず「おいひい……」と緩み切ったリアクションが出てしまった。

 隣でダグラスが吹き出した。むせるのを必死でこらえているようだ。


 小鉢で出てきた根菜の和えものも絶品だった。根菜のコリコリした歯応えが素晴らしい。コリコリしているが噛むと口の中でほぐれる。

 正直こんなにおいしいものを食べるのは久しぶりだ。心のなかの食いしん坊娘がヘニョヘニョになっている。


 おいしい……。

 こういうのでいいんだよ、こういうので……。


「団長、緩みすぎではありませんか」


「だ、だっておいしいんだからしかたなかろう」


「ウッス」


 料理人の若者が頭を下げる。


 ぶどう酒もお願いした。料理人の若者の目利きが合っていたのか、生魚料理とは完璧な組み合わせであった。


「おいひぃ……」


「ですから団長、緩みすぎですって」


 ダグラスは心配そうな顔をしている。そんなに心配されるほど緩んでいるだろうか?


 ぺろりと二人で平らげて、ぶどう酒もずいぶん飲んだ。料理人の若者に礼を言い、代金を支払う。こんなに扱いが難しそうな料理なのにこの値段は良心的だ。

 やや千鳥足気味だが大丈夫だろう。ダグラスと一緒に店を出る。お嬢さん改めご内儀様にお礼を言う。若いのに結婚して二人で店をやっているとは素晴らしい、とフワフワ状態で絶賛しておいた。


「姫騎士様が来てくだされば当店の人気も上がります。ありがとうございました、またいらしてください」


 お礼の言葉にお礼を返して、フワフワしながら歩く。ダグラスが「しゃっきりしてくださいよ、団長」と顔をしかめていた。

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