第4話 “運命の人形少女とのご対面…? #1/3”
「その節は心配をおかけしてしまって、申し訳ありませんでした。よくあることなんです。写真をアップしていると、『自己顕示欲だ』とか、『お前の顔と一緒に写すな、人形が汚れる』とか、『学生のくせに、親のお金で好き勝手しているだけだろう』とか…。心ない言葉を浴びせられる事も以前から多くて。そのたびに落ち込んで、今回はかなり重くてふさぎ込んでしまいましたが、もう大丈夫です! へこたれていたら、うちの子達に愛想をつかされちゃいますから!」
そんなメッセージが4月に届き、それからまるでこれまでの時間を取り戻すように、彼女のTwikkerには精力的に魅力的な写真がアップされるようになった。女の子ドールの写真の比率が圧倒的多数を占めているのは、やはり心の奥底に、まだ何か引っかかるものがあるからなのだろう。
…
…
そして、今。
春も終わり、初夏。もうしばらくすると梅雨の季節に入ろうかという頃。
事件の後も、彼女とはかなり密なやり取りが続き、早2年半以上。
普段であれば、個人的な人間関係、ましてや異性ともなれば、長年の間に培われた女性不信、人間不信が拒絶反応を示し、何としてでも逃げ出していたはずだ。
ところが、なぜだろう。彼女からは不思議と、私の初恋の人形少女、あの歌姫のような雰囲気を感じてやまない。どこか人を寄せ付けず拒絶するかのような、孤高さ。それでいて、するりと、私の頑なな心の隙間に入り込む軽やかさ。
そんな彼女に頼られ、大学受験の相談を受けるようになると、徐々に私の心はほぐれていった。
ひとたび語り合うと、どこまでも相手を思いやる心優しい一面が顔を出す。辛い過去をそっと吹き飛ばす春のそよ風のように、ゆっくりと時間をかけて解きほぐされる、心の結び目。
無事第一志望であり、私の母校でもあった東京の国立大学に入学を果たした彼女。もう大分記憶は薄れているものの、学部の課題を手伝ってくれと頼まれ、ますます二人の距離は縮まっていった。かつてこれほどまでに、誰かに心を許したことがあっただろうか。
未だ詳しく聞けていないが、彼女自身、他の人へは頑なな態度を崩さない様子。どうやら家庭環境に複雑な何かを抱えているようで、相談できる相手もなく、苦しい心の内を打ち明ける相手を欲しているように感じられた。私との会話を重ねるのも、その辛い何かから目を背けたい一心であるように思われ、無碍に断ることもできず。
年の差を考えればあまり立ち入るのも憚られると自覚しながらも、心地よいぬるま湯のような関係が続いてしまっている。
一方で私自身、ドールへの憧れはそのままに、しかし打ち砕かれた歌姫への初恋は行き場を見失い。
時に怜奈さんに「新しいドールの子で、私が気になる子がいるのでどうか」と誘われ、ドールショップへ足を運ぶ日々。しかし、結局ドールを購入するに至ることはなく、3年近くが経っていた。
こうしたやり取りもあり、ドールショップのある秋葉原や原宿で会う、といった機会も増えていった。
歌姫の人形少女を迎えるべく用意していた、メーカー製の量産の洋服とドールスタンド。しまい時を見失い、今も部屋の片隅の床に置かれたまま。ふとした時に眺め、埃を払い、清潔を保っている。
代理購入にまつわる事件の影も、ようやく鳴りを潜めた。松戸さんや怜奈さんの大学の先輩という女性は、結局その後、完全に音信不通となった。
彼女はすっかり元気を取り戻し、ドールの子達はさらに増え、写真で拝見するのは一部に過ぎず、すでに30人を超える大所帯だという。
そして今日もまた、怜奈さんにお誘いいただき、秋葉原へ来ていた。ここ1年ほどは、週末に一度はこうした機会が設けられている。
「ちょうど、ナオさんが興味を持ち始めた頃に出始めたドールのラインナップ。あ、ほら、このタイプですこのタイプ」
すっかり打ち解け、口調からも固さが取れた彼女が指さすスマートフォンの画面。
映っているのは、アニメチックなスタイルを重視したドールだった。
一口に3分の1ドール、球体関節人形と言っても、様々なメーカー、種類がある。その素材や関節の構造も微妙に違う。これも彼女に大分教わった。
私の初恋の歌姫は、硬質な素材で作られ、内部に通されたゴムでポーズを保持するタイプ。”メイク”と呼ばれる、顔を中心としたドールヘッドに施される塗装も、リアルな人間に近いメイクアップを意識したスタイルだ。
一方、彼女が見せてくれたのは、比較的近年、同じメーカーが開発した、よりアニメやゲームのキャラクターを意識したドールのラインナップ。まつげや眉毛はイラストでよく見かける一本の線で描かれ、キャラクターの再現コラボレーションなどが主力に見える子たちだ。
「アニメやゲームのキャラクタードールが多いラインナップですよね?」
「うんうん。そうなのだけど、最近ヘッドだけで販売してくれるようになって、カスタマーさんがこっちに手を出すようになっているんですよ!」
そう言って開いてくれたのは、いくつかのTwikkerアカウントや、オークションページだった。
「おっ。おおぉぉ、可愛い! これは元と大分違いますね」
思わず感嘆の声が漏れてしまうほど、同じ原型とは思えない、生き生きとした表情。独創的なキャラクター性。
衣装や写真もまた素晴らしく、一層愛らしさを引き立てている。
「でしょう? ここ最近は削りとか、パテ盛り、ソフビ盛りの技術も上がって、もうやばいんです!」
一緒の画面を覗き込んでいたため、彼女の黒い艶やかな髪が手に、さわさわと触れる。
夢中になると距離が非常に近くなる、彼女の癖なのだろう。密かに距離を取り直すが、画面をそっと寄せると、すぐにまた詰められてしまう。芳しい香りが鼻腔をくすぐり、少し困った。
「値段も、やばいんですけどね〜……」
「なに、私も40近い独身貴族、ご心配には及びませんよ」
異動先のクラウドサービスを販売する営業形態も早8年。これでもトップセールスの仲間入りをしている。ちょっとやそっとの価格なら
「ですよね〜、さすが奈緒さん!」
そうして見せてくれた高額落札履歴の画面に映る数字は、
30万、40万は当たり前。60万、果ては100万を超えるものも。
「あ、あはは、まあ、そうですね」
冷や汗をかくのに必死だった。もちろん出せない金額ではない。見栄では…ない。
しかし、初めての“購入”、いや、“お迎え”するドール。公式の限定ドールが8万〜15万円と考えれば、いくら素敵とはいえ、この金額は決心がいる。
実物を見ることができないWebでの取引ではなおさらだ。
「いくつかお勧めの子をお送りするので、よかったら見てくださいね♪ 最近は、ナオさんの好みも大分わかるようになっちゃいましたから! 怜奈にお任せ♪ です!」
隣から顔を覗き込み、小さく控えめな、可愛らしいピースサインを見せてくれる怜奈さん。
「あはは、どうかお手柔らかに」
「ふっふっふ〜。いつも勉強みてもらったりお世話になっていますからね、恩返しのチャンス到来です!」
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