3
俺は目を覚ました後、しばらく考え込んでいた。
朝の光が窓から差し込み、うっすらと青く部屋の中のものの輪郭を浮かび上がらせていた。調度品は数は少なかったが凝った装飾がされており、木材もいいものを使ってあるのがわかる。
白い寝巻き姿のまま、広いベッドの上にあぐらをかいて考える。
俺の処刑の原因、第二王子アーベル。キャラクターの原案や経歴をまとめたのは俺だったので、その性質はよくわかっている。
表向きは社交的で明るく、誰にでも優しい理想の王子だった。宮廷の誰もが彼を「美しく才能にも恵まれているのに気さくで親しみやすい」と評し、実際、その笑顔と軽妙な会話で人を惹きつける才能を持っていた。
だが、それは表向きの顔に過ぎない。
本当の彼は、王と王妃に愛されず、欠乏感を抱えたまま育った人間だ。第一王子ばかりが後継者として大事にされ、どれだけ努力しても、彼の存在は軽んじられた。
だからこそ、彼は周囲の人間の愛情を渇望し、自分のことを好きになってくれる人にはとことん依存する。一方で、彼に愛を向けない者、少しでも彼を軽んじる者は容赦なく切り捨てる。
友人の一人であるリュシアン、つまり現在の俺も、切り捨てられたうちの一人だった。
悪役令嬢である隣国の王女マリーテレーズに王子の情報を流していたという罪で捉えられたはずだ。王子の周りにさえいなければ、おそらく情報を入手することもそれを流すことも考えられないだろう。
(このまま学園に入るのを拒否するって手もあるが……。両親の意向を考えれば難しいよな)
貴族の子息たちが通う王立学園――俺もリュシアンとして、そこに通うことになる。もともとリュシアンの両親は海沿いに小さな土地を持っているため魔法道具の貿易を営んではいるが、貴族としての位は高くない。学園はいわば位の低い人材と王族を近づけるためのもので、低位の貴族にとっては子どもをそこに入れることは王族へのルートを開拓するために欠かせない。
学園に入るために家庭教師をつけるのだって、とんでもない金がかかる。転生先の両親の感情を考えると、拒否すれば騒ぎになることは必至だ。昼間見た両親は穏やかそうな人たちだったが、息子の反乱とあらばどんな反応をしてくるかわからない。
おかしな死亡フラグにつながらないためにも、ここでひと悶着起こすのは避けたかった。
(しかし……学園に入って接点を持たないってのは無理だよな……いや、待てよ)
不意にひらめいた。
(そもそもこっちから声をかけなければ、お近づきになれるような立場ではないよな?)
ゲームの中で、俺――リュシアンは、彼の前で何気なく発した一言が原因で処刑されることになった。アーベルに権力を目的にすり寄ってきた太鼓持ちで、学生時代からアーベルを否定したことはなかったという。声をかけたのもおそらくリュシアンからだろう。中の上くらいの貴族の息子と友情を結ぶメリットは、少なくとも王族であればなさそうだ。
おそらくは必死にコネを作り、仲良くなったと考えるのが妥当だ。
つまり、関わらなければ、彼の前に立つこともなく、そんな未来は訪れない。
(そうだ、できるだけ目立たず、アーベルと距離を取ればいい)
王族と接点のないモブであり続ければ、安全に卒業できるはずだ。俺はそう決意し、極力目立たないよう振る舞うことにした。
俺の作戦どおり、第二王子アーベルはリュシアン=ルルワというひょろっとした田舎貴族出身の少年に、まったく興味を示さなかった。
俺が目立たず行動するのは概ね成功した。基本的に一人でいるのが好きな俺は、大した友人も作らず、その他大勢に紛れて日中を過ごした。これといった特徴もない地味な顔立ちで、いつも本を隅のほうで読んでいる変わった奴――つまりは概ね転生前と同じ評価を周りからもらっていた。
一方でアーベルの人生は全く違う。整った顔立ち、さらさらとした金髪、澄んだ空のような青い瞳。そして明るくはっきりとした凛とした声。まだ成長途中で身長も低く体格もほっそりとしているものの、すでにオーラは理想の王子様のそれだった。
彼は学院内で常に大勢の貴族の子息たちに囲まれており、その様子はまさに学園の超一軍。
由緒正しい貴族の娘や騎士団長の息子など、華やかな彼らはアーベルに気に入られようと熱心に話しかけ、ご機嫌をとる。まるで彼という太陽を取り巻く衛星のように、入れ替わり立ち替わり、俺が入る隙なんて微塵もなかった。
廊下ですれ違っても、無視というより同じ世界線にいない感じだ。俺はほくそ笑んだ。
(よしよし、この調子なら俺とアーベルの人生は平行線。一生交わることはない)
本来のゲームの世界では、リュシアンが王子の友人になることで、父親は出世するのだが……
(悪いな、こっちの世界の親父……出世は諦めてくれ)
安心した俺は、引き続きできるだけ目立たぬよう静かに学園生活を過ごすことにした。
ある日、俺は学園の敷地の端にある小さな森へと向かった。ブローの森と呼ばれるそこは、生徒たちがほとんど訪れない静かな場所で、俺のお気に入りの読書スポットでもある。
今日はゆっくりと本でも読もう――そう思いながら木陰に腰を下ろすと、ふと微かなすすり泣きが聞こえた。
(……誰か泣いてる?)
不思議に思い、音のする方へ目を向けると、一本の大きな木の根元に、小さくうずくまる人影があった。
金髪碧眼の美少年――アーベルだった。
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