第2話 喜劇のような十八年②

 

 思い返してみると、生きてきた十八年間の大半ができの悪い喜劇みたいな人生だった。


 五歳のとき、故郷の村を流行病が襲った。村人、両親、兄弟に至るまで全員ぽっくり死に絶えてオレは一人になった。

 親なしの子どもの行く先なんて、田舎じゃ奴隷商と決まっている。

 そこから売られ、人手が足りないからと鉱山に送られて全く向いてない肉体労働をさせられた。


 五歳の子どもが一度に運べる瓦礫の量なんて小さいバケツ一杯がせいぜいだ。何の役にも立たない。

 でもオレが呼ばれたのは労働のためじゃなかったと、後で気づいた。

 日々苦しい労働に不満を溜める者たちのため、憂さ晴らし用にと、最下層の奴隷のガキを連れてきただけだ。

 ガリガリに痩せて体力もないオレは毎日殴られ蹴られ、大人たちの八つ当たりに晒されながら十歳まで生きた。


 その頃、鉱山労働に王都の罪人が混じり始めた。彼等はひと目見てわかる悪党ヅラで、鉱山労働者たちの治安はさらに悪くなった。

 毎日隠れて酒を飲み、誰かを殴り、今までは標的にならなかったような奴らまで虐げられて地獄絵図になっていった。


 そいつらをまとめ、労働者たちの親玉になったのが魔術師の『ゼファー』だった。


 灰色髪した眼光の鋭い男で、髭がもじゃもじゃしていて年齢はわからない。だからオレはじじいと呼んでいた。


『おい、そこの坊主。お前だよ。ちょっと来い』


 じじいはオレの存在に気づくとすぐに、お前には才能があるから闇魔法を教えてやろうと言い出した。

 その日から、じじいはオレに魔法の手ほどきを始めた。じじいの得意な魔法は風だったが、闇魔法も少し囓っていると言っていた。

 ぐんぐん力を付けていくオレに周囲の視線は明らかに変わっていった。

 羨望、嫉妬、憤り、恐れ、怯え、様々な感情が入り乱れるなかで一番強かったのがオレに対する『恐怖』だった。

 毎日オレを殴っていた男たちは報復が怖くて仕方ないらしく、いつもオレを避けてコソコソと逃げ回った。


『坊主、好きなだけ報復しろ。それがお前の権利だ』


 ゼファーはオレの手を取り、そう言った。力ある者が弱い者を虐げる、それがこの場所のルールだ。


『今までやられた分、思い知らせてやれ!』


 大笑いするゼファーに煽られて、魔法を覚えたてだったオレは調子に乗った。来る日も来る日も報復に勤しんで、鉱山の労働者でオレにたてつく者はほとんどいなくなった。

 それが魔法の反復練習になっていたと気付いたのは、もう少し大人になってからだ。じじいはガキに物を教えるのも上手かった。


 それからオレはじじいの右腕となって、威張りくさって過ごした。怯えた目で地面に額ずく奴らをせせら笑って踏みつけるのは気分が良かった。


 それから二年後、ゼファーが徒党を組んで鉱山から脱走した。

 もちろんオレは魔法でじじいに手を貸し、共に鉱山を出た。そのままゼファーと縁があるという暗殺組織『夜の牙』に連れて行かれて、十二歳から人殺しに関わるようになった。

 何でも屋に近いその組織にはオレと同様、幼い頃に連れて来られて剣や隠密を仕込まれた子どもがたくさんいた。

 その中の一人に、オレはなったというわけだ。

 こうして覆面の暗殺者集団の中に、悪党の闇魔術師が誕生した。

 教えられるまま指示通りに魔法を使い、仲間が次々に命を刈り取っていくのを毎夜眺めた。オレは剣は得意じゃなかったから、魔法支援だけだ。

 それだけで充分、オレは他のヤツより役に立った。

 だんだんと感覚が麻痺してきて、そうか人の命というのはこんなに呆気なく軽いモノなんだなと思うようになった。


 そうなったらもう、人殺しの罪悪感なんて薄れて、何もかもどうでもよくなっていた。他人が生きようが死のうがオレには何の関係もないことだったからだ。


 ……しかしある日、しくじったゼファーが呆気なく捕まった。

 そのあと、王都で処刑されたと聞いた。


 嘘だと思った。でもいくら待ってもゼファーは戻って来なかった。灰色髪の髭もじゃじじいはオレの前から姿を消した。

 人の死に衝撃を受けたのは久しぶりだった。いつの間にかあのじじいを身内のように思っていたのだとそのとき気がついた。皮肉にも伝える前に相手は死んでたんだが。


 ゼファーのいない『夜の牙』を継いだのは、腕っ節だけは強いゼファーの息子カキアだった。

 そいつは剣と暗殺術だけが全てで、魔法を心底馬鹿にしていた。

 当然オレとの折り合いも悪く、ゼファーがいなくなって頭目になってからは特に酷くなった。

 あからさまにオレをき下ろし、役立たずの穀潰しだと嘲り、反抗すればゼファーへの恩も忘れて生意気だと罵る。


 周りの奴らも、もともとオレの高飛車な態度が鼻についていたのかこぞって攻撃に加担した。

 オレは魔法を使うだけで殺しは全部他の奴らがやっていたから、それをここぞとばかりに突っ込まれた。高みの見物ばかりで直接手を下さない、と。

 ゼファーはそれを役割分担だと言っていたが、納得できない馬鹿が組織には結構な数いたようだ。

 ただ、どう言いつくろっても『夜の牙』の仕事には闇魔法は必須だった。暗殺を伴う隠密活動にも、情報収集にも、痕跡隠しにもオレの闇魔法を使っている。


 亡きゼファーが、オレなしにはほぼ仕事ができないくらいに計画のうちに組み込んでいたからだ。

 独自に計画を組み直す頭のないカキアはゼファーの真似事をしながら仕事を回している。当然オレの手が必要になった。

 カキアは、大して必要もないのに仕事を与えてやってるんだ、と偉そうにしながらオレをこき使った。

 仕事量はゼファーがいた頃の三倍以上に膨れ上がった。

 そして仕事を終えて帰れば酒だけ飲んで働きもしなかった奴らに足蹴にされ、食事も与えられない。


 そんな生活、長く続けられるわけがなかった。

 もともとゼファーがいない『夜の牙』には何の用もない。ここから出て、仕事が立ち行かなくなった組織を外から眺めるのもいいだろう。


 そして落ちぶれてから顔を出してやって、せせら笑ってカキアの頭を踏みつけにしてやるのだ。そしてオレの手で、この『夜の牙』をぶっ潰してやる。

 オレは燻る怒りと破壊衝動を胸に抱きながら、虎視眈々とその日を待った。


 そして巡ってきた闇夜の日、オレは計画を実行した。

 立ち上がれないくらい酷く痛めつけられた、という風を装って倒れていれば誰もがオレを無視して美味い酒に夢中になっていた。

 ぼろ切れのように潰された奴隷なんか気にかけるヤツは一人も居ない。


 そうしてオレは、まんまと逃走に成功した。




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