第4話 マッピングのズレ
情報屋ミッドの指示に従い、新しい遺跡が発見された方角へと進んでいくと、やがて景色に大きな変化が訪れた。
前方にかかっていた分厚い霧の中から、大きな湖とそれにかかる橋が現れたんだ。おそらく天然のものだ。湖はもちろん、橋も人間が作ったものではなくてダンジョンがいつの間にか橋を生成したということなんだ。水場があるようなところは、大抵そういうものが勝手に出来上がると聞いたことがあった。
「お、おい、ミッド。さっさと説明しろよ。この橋は渡っても大丈夫なのかよ?」
リーダーのゾルディがやや怯んだ様子で情報屋のミッドに問いかける。
情報屋ギルドでは逐一情報が更新されているらしいけど、なんせダンジョンは生きているというのもあって、地形を変えることもあるので橋を最後まで渡り切れるかどうかの断定はできないんじゃないかな。
「……大丈夫かどうかはわからないけど、俺の見立てだと、渡れると思います」
「そうかよ。それならいいんだが。行こうぜ」
「ちょっと待った」
そこで口を挟んできたのが盗賊のカインだ。
「その根拠を教えてくれ、ミッド」
「お、おい、カイン。何勝手なことを。寄せ集めの分際で、リーダーはこの俺だぞ!?」
「あんただってその寄せ集めのリーダー、お山の大将だろう。近道にはなるんだろうが、こういう挟撃も考えられる場所を渡る以上、慎重に行きたいんでね」
「ケッ。偉そうに言いやがってよ……。まあいい。ミッド、根拠はなんだ?」
「過去の周辺の地図と見比べても、橋が勝手になくなったというケースはなかったからです。それに、回り道をすれば7日で着くのが10日くらいまで遅れると思うので、そうなると他の探索パーティーと鉢合わせになり、揉める可能性もあります」
確かに、橋が勝手に欠損することは考えにくい。ダンジョンが生きているとはいえ、橋をわざと渡らせないように嫌がらせをするとは思えない。トラップが自然発生することはあるけど、それはダンジョンの仕様みたいなものだからね。
ダンジョンは妨害目的のみで生きているのでもない。生きているといっても人間とは根本的に違う存在なのだから。ただ、それでも何者かが橋を壊す可能性は捨てきれなかった。たとえば、エルラドに他都市の冒険者ギルドのスパイがいて、先回りして橋を破壊してもおかしくないわけで。
情報屋って記憶力と想像力が異常に高い人に適した職業で、一度見た地図や地形はほとんど忘れないし、過去の地図まで頭に入っているといわれている。その微妙な変化まで。
ただ、記憶力が高いからこそ忘れたいことでもいつまでも頭に残っていることが多い。かつて僕が心の傷を治した患者の中には情報屋もいたからこそわかるんだ。僕は彼らのように異常な記憶力があるわけじゃないけど、その中で学んできたことがある。それを実践してみようと思う。
「ちょっと待って。橋がこの先欠損してないか調べてみようと思う」
「は? セラ、お前何言ってんだ?」
ゾルディが怪訝そうな顔をする中、僕はディアナという情報屋のことを思い出していた。
情報屋におけるマッピング能力という分野は、紙に書かれた地図を記憶するだけでなく、それをある程度実際の光景としてぼんやりとイメージできるというもの。
でも、ディアナは違った。まるで一度見たことがあるかのように地図だけで光景をリアルにイメージできるという稀有な能力を有していた。そんな力があったためにパーティーからは引っ張りだこだったし、ディアナも己の能力に自信を深めていった。でも、そんなときにとある事件が起きたんだ。
ディアナは高ランクパーティーに入り、遺跡の奥を目指していた。何もかも順調だった。いつものように地図から彼女が思い浮かべていた光景が完全に一致していたからだ。それにより、光をほとんど通さない特殊な環境の中でもパーティーはライバルに先んじてサクサクと先に進むことができていた。
そんなとき、異変が起きる。行き止まりである。ディアナたちは思わぬ壁によって先に進めなくなってしまった。
彼女はダンジョンが地形を変えたに違いないと主張するも、それは認められなかった。ダンジョン自体が構造を変化させて通路までも閉じてしまうのは稀なことだったからだ。なので、ディアナは根本からその能力を疑われる羽目になる。
ディアナが失敗したという話は冒険者の間で一気に広まり、その信頼は一気に失墜した。彼女自身も次第に心を病み、地図を見ても光景を思い描けなくなってしまったと嘆いて僕の医院を訪れてきた。
僕は彼女の心を切開して中を覗き込んだ。奥深くまで入り込んだ病巣を取り出すにはそうするしかないからだ。すると、思いがけないことがわかった。
あの壁があったと思われていた場所には、巨石が置かれていたんだ。つまり、偶然岩がそこに落ちた、あるいは何者かがディアナの能力を妬んでそこに岩を置いたのだと判明した。ただでさえ薄暗くて冷静さを欠いたことで、ディアナにはただの壁に見えてしまっていたんだ。
ここでわかったのは、どんなに優れた能力も悪意や偶然が介入することで壊れてしまう可能性があるということ。そこでディアナと一緒に編み出したのが、とある画期的なマッピング方法だった。僕はそれを早速試してみることにする。
「…………」
まず、情報屋のミッドに地図を見せてもらい、橋の奥の景色だけでなく、時間の概念も重ねて想像する。そうすることで、さらに正確なマッピングが可能になるんだ。
「――視えた。ここから1キロくらい先、橋の一部に欠損がある。橋の右側の部分を歩くと崩壊する恐れがある」
「おいおい、セラ。なんで回復術師の癖にそんなことがわかんだよ!?」
「……セラ。俺も知りたいです。何故そんなことまでわかったんですか?」
ゾルディだけでなく、情報屋のミッドも気になる様子。
「僕は記憶力も想像力も情報屋に比べると乏しい。だからリアルな光景を想像することは難しい。でも、ちょっとした裂け目でも拾えるような、そんな空気を読む力なら自信がある。そこで考え出したのが、魔力を帯びた空気で異常を読む《魔帯探査》。これなら小さな魔力でも遠いところまで橋に異常があるかどうかが正確に判断できる」
「「「「「……」」」」」
僕の言葉に対して、みんな顔を見合わせて驚いている様子。でも、だからといって僕が情報屋に成り代われるわけじゃない。イレギュラーな事態が常に発生するならともかく、ほとんどの場合は記憶力や想像力こそが物を言うからだ。
ディアナは今もどこかで冒険者として各地を走り回っているらしい。高ランクパーティーはもう飽きたとか言ってたから、案外初心者パーティーの中で気軽にやっている可能性も大いにあるね。
それから1キロほど歩いた先、橋の右側に大きな罅があって僕は再び注目を集めることになった。
もし僕たちが右側を歩けば崩れて橋の下に落下していた可能性が高い。湖までは10メートルほどと結構な高さがあるので、荷物も含めて無事じゃ済まないと思う。
ある意味トラップのようにも見えるけど、盗賊はこうした罅を罠として探知することはできない。
カインのような盗賊が探知できるのは、基本的に魔力が仕込まれて隠蔽されているような罠だけなんだ。
意図的かどうかはともかく、橋を思い切り傷つければ仕掛けた人が落下する恐れもあるわけで、悪意があるとしたらこれはかなり考えられている仕掛けだと思えた。
「――おい、気を付けろ。200メートルくらい先からモンスターが来るぞ!」
索敵で感知したらしく、カインの言葉で緊張が走る。いよいよモンスターのおでましってわけだ。
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