第3話 専門性の欠点と活路


 僕はこの迷宮都市エルラドで産まれ育ったので、地上のことはよく知らない。


 父さんと母さんはかつて地上に住んでいたことがあるらしいけど、あんまり良い思い出はないみたいでそれについて触れることはほとんどなかった。


 地上だけじゃない。僕は迷宮の外にも出たことがなかった。モンスターがいて危険だからっていうのもあるけど、医院で患者を診るので精一杯なのもあって冒険する暇がなかったんだ。


「うわぁ……」


 なので、エルラドの門から見える外の景色には感動するばかりだった。普通の通路のそこら中に雑草が生え、意味もない上下への階段がありディープな霧が発生している。そんな、人工物と自然が一体化したような不思議な光景が広がっていたからだ。


「おい、荷物役! おせーぞ!」


「は、はい!」


 リーダーのゾルディに叱られて僕は歩みを早める。


「ねえねえ、リリア。あの人素敵だって思わない?」


 ローブ姿の少女がリリアに話しかけている。薄桃色のセミロングヘア―の少女で、確か魔術師のルリファって子だ。


「誰のこと?」


「ほら、!」


「ぐへへっ。俺に惚れるんじゃねーぞ!」


「ゾルディ、あんたじゃない!」


「へ……?」


 二人の目は、自分だと思ったのか鼻の下を伸ばすゾルディじゃなくて、そのすぐ後ろにいる戦士のレイルに向けられていた。とても端正な顔立ちだけど、緊張してるのか表情が乏しい青年だ。自己紹介でもかなり淡白な口調だったのでそれが彼の個性なのかもしれない。


「面食いなのね、ルリファって」


「えー、リリア。あんたは違うの?」


「私は……顔はあまり関係ないって思うの」


「そんなの嘘嘘っ、ぜーったい嘘!」


「そう思うならそれでも別にいいけど?」


「じゃあ、嘘ね!」


「はいはい」


「……」


 なんか、ルリファとリリアって早くも打ち解けてるね。


「チッ、遊びじゃないんだから少しは静かにしたらどうだ。お前らのうち、誰か一人でもモンスターに奇襲されたり罠を踏んだりしたら俺のせいになるんだぞ」


 そのとき、苛立った声が聞こえてきた。その持ち主は、彼は確か盗賊のカインだ。鋭い目つきに加え、目元に傷があって怖い印象がある。僕のから推測するに、どうやら罠の探知や敵の索敵中に気が散ったみたい。


「何よ、カインっていうんだっけ、あんた。それくらいいじゃない。まだ出発したばかりだし。ねー、リリア?」


「そ、そうね。でも、気が散ったのなら謝るわ、カイン」


「ああ。リリアだったか、いいってことよ。俺もちょっと角の立つ言い方をした。ルリファ、お前は許さないが」


「は? 何よ、失礼しちゃうわね!」


「フンッ、阿婆擦れが」


 カインがルリファを罵倒しつつもニヤリと笑う。言いたいことは言うタイプみたいだけど、その分打ち解けやすいようにも僕の目には映った。


「ふわぁ……」


 いかにも眠そうに欠伸をしたのが、ルリファと同じ魔術師のマグナだ。僕より年下みたいで少年っぽい印象を受ける。なんとも緊張感がない感じだけど、こういう状況だとある意味強みなのかな?


「マグナとかいうの、あんた、緊張感なさすぎでしょ! 魔術師がみんなこうだって思われるじゃない。しゃんとしなさいよ、しゃんと!」


「そんなこと言われてもなあ、眠いんだからしょうがないじゃん。……」


「ったく。俺様以外、とんだ寄せ集めのパーティーじゃねえか」


 ゾルディが憎まれ口を叩いてる。今のところ、自己紹介を除いてパーティーで何も発言してないのはレイルっていうハンサムな戦士と、鉄仮面をつけた鍛冶師アンドレの二人だけ……って思ってたらいた。


 黙々と地図を見つめながらも後列を歩く男の人がいたんだ。僕とは年齢があまり変わらなそうな黒髪のくせ毛の人物で、時々ブツブツと呟いて気難しそうな顔で首を傾げていた。彼は確か、情報屋のミッドだ。


「おい、ミッドだっけっか。これからあとどれくらいで新しい遺跡に到着するんだ?」


「…………」


「おい、聞こえてんのか!?」


 ゾルディに叱りつけられ、ミッドはようやく頭を上げた。


「聞こえてるよ」


「だったらすぐ返事しろってんだ。ふざけてんのか!?」


「……ダンジョンは生きていて地形も変化するから、地図と実際の地形の違いを確かめてたんだ。そのほうが会話するより大事だと思うから」


「そうかよ。で、いつ到着するかって聞いてんだよ!」


「……大体、あと七日ほどかな」


「はあ? あと七日ほどだあ? お前、随分曖昧なことを抜かすんだな。低ランクだから仕方ねえのかもしれねえが、お前、それでも情報屋なのかよ!? ん、なんだその反抗的な目は!」


 なんだか穏やかなじゃない剣呑とした空気になってきて緊張が走るけど、ミッドのほうは怒気を孕みつつも冷静に対処しているように見えた。


「……前にも言ったはずだけど? ダンジョンは生きていて地形だって変化するから、断定はできない」


「ケッ、底辺だけあって言い訳だけは超一流だな!」


 ミッドに比べると、ゾルディに関しては終始一貫して喧嘩上等のスタイルだ。相当に短気そうな人だから目をつけられないように気をつけないと。


「てかよ、セラ。お前、そんだけ重い荷物を運んでるのに、なんでそんな涼しい顔してられるんだ?」


 ありゃ、今度は僕が目をつけられちゃった。面倒くさいけど、ここは怒らせないように誠実に答えないと。


「えっと……疲労回復、つまり《活癒》分野の自然回復を使ってるから……」


「はあ? セラ、お前って確か、精神回復が専門分野って自己紹介で言ってただろ? まさか、虚偽の自己申告をしたっていうのか?」


「いや、ゾルディ。嘘はついてないよ。僕の専門分野は精神回復で《心癒》だから。ただ、だからって他の分野の回復術を使えないわけでもないんだ」


「へえ、じゃあお前はオールラウンダーってわけかよ。まあ、回復術師の中でも最底辺らしいから、浅く広くなんだろうけどよ。で、どんな回復術を使ったんだ? 嘘をついてねえなら答えられるよなあ?」


「…………」


 まだ疑ってるのか……。そのとき、僕は思い出していた。自分と同じ回復術師の中でも得手不得手があって、当然だけど《心癒》が苦手な人もいる。そして、そんな患者が訪れてきたときには僕が心を診ることになるんだ。


 その中でも印象に残っていたのがルインという一人の回復術師。


 彼は疲労回復が専門分野であり、絶対的な自信を持っていた。ところが、それこそが落とし穴だったんだ。


 ダンジョンの探索中にパーティーの一人がいきなり倒れて、ルインは目を疑った。そんな兆候はまったくなかったにもかかわらず、メンバーは倒れてしまいそのまま目を覚ますことがなかった。ルインはメンバーの自己申告に頼っていたため、該当人物が気を使ってずっと無理をしていることに気が付かなかった。


 彼はそのことがトラウマになってずっと後悔しつつも、それをきっかけにメンバーの自己申告に頼らない疲労回復方法がないか考えていた。でも、心の傷が原因で諦めかけていた。僕はそんな彼の心の傷を癒すときに、罪滅ぼしのような魔力の流れを感じたんだ。絶望と希望が紙一重なように。そうして、僕とルインとの共同作業で生み出された回復術があった。


「おい、聞いてんのか、セラ? ハッタリなら正直に言えってんの!」


「……《精神性均等回復術》っていうのを使ったんだ。これによって、パーティーメンバーの自己申告に依存せず、疲労の具合を感知することで無駄なく自然に体力が回復するようになってる」


「……な、なんだそりゃ。初めて聞いたぜ……って、そういや俺もこんだけ疲労を感じてねえって思ったら、お前が回復してたのかよ!?」


「そうだけど……」


「……や、やるじゃねえか。無名の回復術師の癖に、よ……」


 呆気にとられた様子のゾルディだけじゃなく、視線が僕に集まってくるのがわかる。なんでだろ? そういや、ルインは今S級の冒険者になってるらしい。今頃元気にしてるかな……。

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