【掌編05】るぃゔにばぞ(ホラー)

…ゔにば…


え!? 私はランニングをやめ、耳のイヤホンを外した。周りを見る。夜の横断歩道の目の前、幹線道路沿いの信号の前だ。目の前を何台もの車が左折し、青や黒の自動車が私の目の前を曲がっていく。何なの? 今の声は? 男の人の声だったけど。見回したけど、通行人は私の前を無表情に通り過ぎる。気のせいだよね。私はイヤホンを付け直し、腕を振り始めた。足が左右のリズムを刻む。変に呼吸が乱れていた。さっきまで、ほてってた体が冷える。黒いランニングウェアの汗が妙に冷たく感じた。


目の前の信号が青になった。私は足踏みをやめて、横断歩道を渡る。目の前をすれ違う人たち。サングラスを通すと、オレンジ色にくもる。音楽が止まっていた。さっきとってたときに音を止めちゃったかな。少しづつ足幅を大きく。呼吸と足が同じになるように。私は走りながら右手でイヤホンを軽く叩いた。音が鳴った。お気に入りのポップスだ。軽快な音がリズムカルに足を運ぶ。歩道を走る私の後ろをたくさんの車が追い越してゆく。夜のランニングが好き。だって、人通りが少ないから。


…ぃゔにば…


ポップスに混じる男の人の声。急いで周りを見た。幹線道路に並ぶ電灯の群れは、前も後ろも誰もいない。遠くにちらほらと人の姿が見えるだけだ。


───気のせいかな。


その場で何とか、足踏みはやめないでいる。落ち着いて。落ち着いて。足踏みすると乱れた呼吸が、ゆっくりと整ってくる。今も軽やかで甘いメロディのポップスが流れ続けていた。


───気のせいよね。


あの道を左に曲がる。高い壁で囲まれた墓地の横を走る。灰色のブロックでできた隙間から卒塔婆が何本も見える。普段は気にも留めないけど、今日だけは気になる。気持ち早く走ろう。顔は前を向いてるけど、目線が左によっていく。


…ぃゔにばぞ…


耳に声が響いた瞬間、ブロックの隙間と卒塔婆の間に見えた。白い何かが一瞬だけ。よく見えなかった。スピードを一気に上げた。街灯の淡く青白い光が壁を照らす。何かに心臓がつかまれそう。心拍が上がる。目の前に小さな公園が見えた。ちょっと一息入れよう。オレンジの街灯で照らされる、木でできたベンチが見えた。周りには誰もいない。


…るぃゔにばぞ…


───イヤホンからだ。


左腕につけたスマホをいじった。暗い街灯に音楽アプリがポップスの名前を照らす。今もポップスが流れている。恐る恐るスライダーをゆっくり戻していく。イヤホンから男の声がもれた。


───そばにいる。


私は悲鳴を上げた。

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