第2話
第二話 初任務 ―守るための力―
翌日。まだ学園生活に慣れるどころか、まともに授業すら受けていないアレンは、呼び出されていた。
正門前に立つのは、ベルダ先生と二人の生徒――まだ名前すら知らない相手たちだった。
「おせーぞ、転入生」
腕を組んだ少年が鋭い視線を向ける。
「ごめん、少し道に迷って……」
「はっ、そんな調子で任務なんざ務まんのかよ」
苛立ちと挑発を混ぜた声に、アレンの胸はざわついた。
横に立つ少女は、目を合わせず小さく会釈するだけだった。
恐怖と緊張が混ざった仕草に、アレンは自然と目が向く。
ベルダ先生が口を開く。
「よし、全員揃ったな。まずは自己紹介からだな」
少年がやや大きめの声で名乗る。
「俺は……コウキだ。転入生のお前がどれだけ使えるか知らないが、期待はしてない。……さっさと動けよ」
苛立ちと挑発を込めた自己紹介に、アレンは少し引きつつも頷いた。
――この人、怒ってる?いや、緊張も混ざってるのかもしれない。
次に少女が声を震わせて名乗る。
「わ、私は……アイネです。……怖いですけど……頑張ります」
小さくうつむき、礼儀正しく頭を下げる姿に、アレンは自然と目が向いた。
――二人とも、表情だけじゃわからないことが多い。今日一緒に戦うんだ。知らないからこそ、まずは互いを理解しなきゃ。
ベルダ先生が頷き、目を細める。
「よし、では行くとしよう。まずは任務だ」
「……行くって、まさか任務ですか?」
耳を疑うアレン。
「そうだ」
先生はあっさり答える。
「ちょ、ちょっと待ってください!昨日入学したばかりなんですよ!?普通は準備期間が……」
「準備なんてしている暇はない。魔物の異常活動も続いているし、お前たちの力を見極める必要もある」
ベルダの目がわずかに鋭くなる。
「早すぎると思うか?だが、ここでどう動くかが重要だ」
アレンは言葉に詰まる。
まだ仲間との連携も練習していないし、自分の力すら把握できていない。
――なのに、先生は見透かしたように俺を試すつもりだ。
⸻
馬車で数時間、任務先は森の奥。
普段は低級魔物の掃討や住民の護衛が行われる場所――初任務にはうってつけのはずだった。
だが、森の奥で待ち受けていたのは――想像を超えた異形だった。
木々をなぎ倒す巨躯。黒光りする鱗に覆われ、咆哮ひとつで地面が揺れる圧倒的な魔獣。
「な……なんだよ、これ……!」
コウキの顔から血の気が引く。
「資料に……こんなの載ってなかった……!」
アイネの声も震えていた。
――初任務どころじゃない。下手をすれば全員が死ぬ。
「先生!撤退――!」
しかしベルダは動かない。腕を組み、ただアレンを見据える。
「安心しろ。死なせはしない。だが――見極める必要がある」
背筋に冷たい悪寒が走る。
見極め……まさか、俺に……?
⸻
魔獣が咆哮と共に突進する。大地が揺れ、風圧が顔を切る。
コウキは剣を構えるが、足が震えて動けない。
心の中で「こんな力、俺にはない……!」と焦る。
だが、アレンの肩越しに見えるその目は、まだ諦めてはいない。
アイネは詠唱を試みるが、声が途切れる。
「まずはアレンを守らなきゃ」と心の中で呟き、魔法の準備を整えようとする。
アレンの体内に熱が渦巻く――抑えきれない力の予兆。
手が勝手に動きたがる。
――くそ……どうすれば……!
⸻
茂みの奥から、小さな人影が飛び出す。
「えっ……子ども!?」
薪を拾いに来た子どもが無邪気にこちらを見上げる。
魔獣の視線が子どもに向けられた――。
「やめろおおおおお!!!」
頭の奥で何かが弾ける。血管を駆け巡る黒い奔流が掌に集まる。
――抑えられない、止められない……!
思わず右手を突き出すと、掌から眩い黒光が迸った。光は直線となり、魔獣を貫く。
轟音と共に大地が裂け、土煙が舞い上がる。
残ったのは、動かなくなった巨体だけだった。
⸻
「……これが……俺……?」
膝をつき、アレンは震える体を抱え呟く。
信じられない。こんな力が、自分の中に――。
コウキは剣を握りしめる。
――怖い。でも、アレンが守ってくれた。わずかな安心と同時に芽生える羨望。
アイネも唇を噛みしめる。
「すごい……でも……私も、ちゃんと力にならないと……」
⸻
ベルダ先生は別のものを見つめていた。
――あの事件。記憶を失ったふりをし、惨劇を引き起こした少年。
あの時使われた力と同じ形をしているが、決定的に違う。
アレンは守るために戦った――恐怖ではなく、誰かを救いたい本能に突き動かされて。
ベルダは静かに息を吐き、アレンの肩に手を置く。
「……よくやったな、アレン」
「先生……俺……何なんですか……?」
震える声で問いかける。
「それを知るのは、もう少し後でいい。だが一つだけ言える。お前は守るために戦った。その事実だけは、疑うな」
アレンは黙る。胸の奥には嫌なざらつきと、確かな実感が混ざる。
守れた。救えた。その温もりが、微かな希望となって胸に灯る。
コウキとアイネも複雑な表情。
恐怖は残るが、彼が自分たちを守った事実は否定できないのであった。
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