「記憶を失い魔王の力を手にした俺が入学したのは、魔王を恐れる学園でした」
ロナンス
第1話
プロローグ ──死と継承
勇者は魔王を倒した。感傷に浸るその時、見たのだ。魔王から放たれた黒い影を。
その瞬間、俺は迷わず勇者の背に手を伸ばしていた。
「下がれ、勇者!」
黒い奔流。討たれたはずの魔王の最後の抵抗。
己の魂を勇者に押しつけ、次なる器として蘇ろうとしていた。
――ならば。
俺は躊躇わなかった。
勇者を突き飛ばし、その身に流れ込もうとした黒き魂を、自分の中へと引きずり込む。
「ぐああああああああああっ!!」
焼き尽くされるような痛み。自我が崩れ落ちていく恐怖。
それでも構わなかった。勇者が生き残り、仲間が未来を掴めるのなら。
俺は自らの胸へ刃を突き立て、魔王と共に果てるはずだった。
「……これで、いい」
そう呟いた瞬間、視界は暗転した。
── 再び目覚めた場所で ―――
「おーい、こんなところで何寝てるんだ?」
耳に飛び込んできた声で、意識が浮上した。
まぶたを開けると、そこには四十代ほどの男が立っていた。短く刈り込んだ髪に鋭い眼差し。それでいて、不思議と安心感を与える雰囲気を持っている。
「え……誰ですか? ここは、どこ……?」
口にした瞬間、自分でも驚く。頭が霞がかったようで、何も思い出せない。名前以外、記憶がごっそり抜け落ちていた。
「誰かって? それはこっちが聞きたいよ。ここはウチの学園の敷地内なんだがね...
まぁ、私の名前はレンカルナード・ベルダ。ここの学校の教師だ...って君その...力は...」
「....僕の名前は...アレンです。でも...記憶が曖昧で、それ以外は...分からなくて、その...力ってなんですか?」
「あぁ...君からは力を感じるんだよ。いや...だがありえない。その力は...」
男はしばし黙り込んだあと、ふっと口角を上げた。
「君、年齢も問題なさそうだな。……君さえよかったらウチの学校に入らないかい?」
「学校……? 初対面で学校入れって...それにお金も何も持っていません。そもそもどんな学校なんです?」
「お金なら免除するよ」
男は軽く笑いながら続けた。
「ここはレグナス学園。モンスターから市民を守るための騎士団や魔導師団を育てる学園だ」
「……モンスターから守る...でも僕は、戦いなんて……」
「いや」
男は俺をまっすぐ見据えた。
「君には力がある。それも、とてつもなく大きい力がね」
「僕に……力が?」
「その力を使えば、大切な人を守れる。ただし使い方を間違えれば、自分も周りも傷つけるような危うい力だ。だからこそ学ぶべきなんだ。ここでなら、君は――守れるようになる。」
――守れる。
その言葉が胸に深く刺さった。理由は分からない。ただ、その響きに抗えなかった。
「…少し...時間をください。」
「もちろんだ。体験入学という形で気に入れば入ってくれればいい。ただひとつ忠告することがある。」
「忠告....?」
「いつか君には大きな決断をしなければならない日がやってくる。気をつけなよ。」
この言葉の意味を僕はまだ知る由もなかった。
こうして俺の、新しい日々が始まった。
── 転校生、アレン ――
「アレンくん君の進む場所の名は――レグナス学園。魔王との戦争が終わってから十数年。世界に残った深い傷、ただの歴史では片付けられなかった。人々は再び同じ悲劇を繰り返さないよう、未来を担う世代に「力」と「心」を受け継がせる必要に迫られた。
そうして建てられたのが、この学園だ。」
「大陸でも随一の規模を誇り、数百名の生徒が在籍している。剣士、魔導師、治癒士――役割は違えど、彼らは皆「守る者」として育てられる。卒業すれば騎士団や魔導師団に入る者が大半であり、辺境で義勇兵として人々を守る道を選ぶ者も少なくない。」
「だが入学は決して容易ではなく、厳しい適性検査を突破した者だけがその門をくぐることを許される。まぁ君はその適性検査を今からやりに行くから覚悟してね」
「僕まだ入学するとは言ってませんけど...それで適性検査って何をするんです?」
「まぁまぁそれは置いといて。簡単だよ。面接だよ。面接。それもウチの校長とね...
おっと、ここが学園の入口だよ。」
「ここが....」
アレンは、そんな学園の校舎を見上げていた。石造りの荘厳な建物。広大な敷地の中に演習場や寮まで備えられており、一歩踏み入れただけで圧倒される。
「……ここが、俺が進むかもしれない場所なのか」
胸の奥にまだ消えぬ傷を抱えたまま、アレンは小さく呟いた。
やがて、教師に導かれ、彼は校長室の扉を叩いた。
「入りたまえ」
低くも柔らかい声が返ってくる。
部屋に入ると、初老の男が書類に目を通していた。銀髪を後ろで束ねたその姿は、威厳を纏いながらもどこか温かさを感じさせる。彼こそ、この学園を束ねる校長――ダリウス・クローヴァー。かつて勇者を支えた伝説の人物の一人とのことだ。
「君がアレンくんだね。……目の奥に、強い光と深い影を同時に宿している」
突然の言葉に、アレンは言葉を失った。
「安心しなさい。ここでは君の過去を詮索しない。必要なのは未来だ」
ダリウスは穏やかに微笑みながら、入学手続きの書類を差し出した。
「この学園は力を学ぶ場であると同時に、人としての在り方を学ぶ場でもある。君がその両方を必要としていることは、私には分かる。なぜかは聞かない。だが……」
彼は言葉を切り、真剣な眼差しをアレンに向ける。
「君の歩む道は険しい。それでも進む覚悟はあるか?」
その問いに、アレンは拳を握りしめて答えた。
「……あります。何故か...何故か、僕は変わらなきゃ行けない。そんな気がしてならないんです。」
校長は深く頷き、サインを施した。
「ならば歓迎しよう。ここで学び、仲間と共に成長するんだ。君が背負うものを軽くする方法は、きっとここにある。頑張りたまえ。それとアレンくん、彼は.......。いや、記憶を無くしているのであったな。また時が来れば話すことになるであろう。それでは君が成長出来ることを祈っている。」
僕とベルダ先生は校長室を出た。だが、最後の校長の言葉...何を話したかったんだ...
「あれ?そういえばなんか流れで入学するって言っちゃいましたけど、体験入学ですよね!?」
「まぁまぁ細かい事は気にせずに、後で話しておくからさ」
「ほんとかなぁ...」
「しまった!忘れ物だ。少し先に行っててくれるかい?」
「え?あぁ...分かりました。」
そう言いベルダ先生は校長室に駆け足で戻って行った。
アレンを廊下で待たせ、ベルダ教師は再び校長室へと戻る。
「……ひとつ、お聞きしてもよろしいですか、校長」
「なんだね」
ベルダの眼差しは鋭い。
「なぜアレンくんが“記憶を失っている”と分かったんです? 私はただ、アレンという生徒の適性検査をお願いしますとしか伝えていないはずですよね。」
ダリウスは一瞬だけ視線を外し、窓の外へ目をやった。
「……そんな気がした。ただそれだけだよ」
「気がした、ですか」
ベルダは苦々しげに唇を結ぶ。
「校長。私は彼を見た瞬間、どうしても放っておけないと感じた。だが同時に……あの事件を思い出さずにはいられなかった」
校長は静かに目を細めた。
「確かに、あの時の君の怒りは忘れられない。ではなぜ彼を入学させた。」
その言葉に、ベルダは小さく息を吐き、頷く。
「……信じてみたい。あの事件があったからこそ。それだけです。」
ベルダは顔を伏せ拳を強く握っていた。
「失礼しました。」
彼は声を震わせながら校長室を後にした。
⸻
廊下で待っていたアレンの前に、ベルダが戻ってくる。
「やぁ、お待たせ」
「……随分遅かったですね。何を探してたんです?」
「いやぁ、それが見当たらなくてねぇ……僕のメガネ」
「メガネなんて最初から掛けてませんでしたよね?」
「おや、そうだったかな?」
にやりと笑うベルダに、思わずため息がこぼれる。
けれど、その軽いやりとりで、胸に張り付いていた緊張が少しだけ和らいでいくのを感じた。
「おっと話してる内に教室に着いたみたいだね」
「皆、注目!!紹介しよう! 今日からこのクラスに入る仲間だ!」
教師の明るい声が教室に響く。
無数の視線が一斉にこちらに向いた。緊張で喉がひりつく。けれど、言わなければ始まらない。
「……アレンです。記憶が曖昧で、色々分からないことも多いと思いますが……教えてもらえると助かります。よろしくお願いします」
一瞬、教室が静まり返った。
直後、ざわ……と小さな波のような気配が広がる。
「記憶喪失?」「まじかよ……」
そんな囁きが耳に届いた。
正面から返ってくるのは、冷ややかな視線ばかり。敵意とまではいかなくても、拒絶の色がはっきりと滲んでいた。
(なんで……? 自己紹介しただけなのに……)
胸の奥がずしりと重くなる。
けれど、その時だけはまだ知らなかった。自分が背負わされている「理由」を。
放課後。
俺は意を決して、あの教師に声をかけた。
「あの……なんで皆、あんな感じだったんです?」
教師は少しだけ黙り込み、それから重々しく口を開いた。
「まぁ……色々あってね」
「色々って……?」
「昔、君みたいに他所からの転校生が来たんだ」
教師の声は低くなっていく。
「その子も“記憶を失ってる”って言っててね。しかも、君のように強大な力を持っていた。それでスカウトされ、学園に迎え入れられたんだ」
俺は息を呑んだ。まるで、自分の鏡のような存在だ。
「でも……嘘だった。そいつは記憶を失ってなんかいなかった。ただ、何かの目的のためにここへ入り込んで……任務中に村の人々を殺した」
「……っ!」
「その事件以来だよ。学園の評判は落ち、生徒たちも外から来る者に警戒するようになった。まして記憶喪失を名乗る者なんてな……」
ようやく分かった。俺を見ていたあの視線の意味が。
ただの冷たさじゃない。そこには、恐怖と疑念が入り混じっていたのだ。
「……そういうこと、なんですね。じゃあ先生はなぜ僕を学校に?」
教師は肩をすくめ、しかし真剣な眼差しを俺に向けた。
「君からは何かを感じるんだよ。それに放って起きたくないんだ。私は君の味方だよ」
その言葉に、胸の奥で何かがかすかに温かく灯った。
僕はまだ知らなかった。記憶を戻すことがこの世界に大きな衝撃を与えることになるだなんて。
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