第25話迫る本隊

東の森に、低い太鼓のような振動が響いた。

 ただの風ではない。大地を震わせるような足音が、徐々に近づいてくる。


「……来たか」

 槍を握る手に力を込め、俺は息を呑んだ。

 黒外套の本隊――昨日までの小競り合いなど、ただの布石にすぎなかった。


 柵の上からダリオが矢を番え、険しい声を上げる。

「数が違う! 今度は……五十は下らん!」

 村人たちが一斉に悲鳴をあげる。


 その声を遮るように、村長オルドが杖を突き立てた。

「怯むな! ここを越えさせれば、子どもたちも女たちも皆殺される! 生きたいなら立ち上がれ!」


 その言葉に、村人たちは震えながらも武器を構える。


 やがて闇の中から姿を現したのは、黒い外套に身を包んだ大勢の男たちだった。

 先頭に立つ一人は、他の者よりも背が高く、肩には獣の頭蓋を飾っている。

「村を守るか。哀れだな」

 低い声が冷たく響く。


 俺は一歩前に出て、槍を構えた。

「ここは通さない」

 その言葉に、ナギサがすぐ隣に寄り添い、短剣を握りしめた。

「レインを取らせない。ナギサが全部斬る」


 海斗も必死に声を張り上げる。

「村の後ろは任せろ! 俺が指示を出す! 水も食料も、避難路も全部ここで守るんだ!」

 昨日までの軽薄さはない。震えてはいるが、確かに立ち上がろうとしていた。


 黒外套の指揮官が腕を振り上げる。

「全軍――かかれ!」


 次の瞬間、大地を揺らす突撃が始まった。

 村を取り巻く柵に矢が突き刺さり、盾を持った黒外套たちが押し寄せる。

 その勢いは、昨日までの比ではなかった。


「支柱を守れ! 崩れれば一気に雪崩れ込まれるぞ!」

 ダリオの声が響く。

 俺は敵の盾を槍で弾き、返す刃で喉を突いた。血が飛び散り、足元が赤く染まる。


 ナギサは獣のような動きで敵に飛びかかり、腕や脚を容赦なく切り裂く。

 その姿に敵が怯むも、彼女の背は小さい。俺はすぐに援護し、彼女を背後から庇った。


「ナギサ、下がれ!」

「いや! レインの隣にいる!」

 必死の声が耳に突き刺さる。彼女を突き放すことはできなかった。


 その時、柵の別の場所で轟音が上がった。

「西側が突破される!」

 村人の叫びが広場を駆け抜ける。


 海斗が青ざめながらも声を張り上げた。

「そっちは水路がある! 泥で足を取らせろ! 杭を抜いて流せば……!」

 村人たちは半信半疑で従い、溝を開いた。

 水と泥が一気に溢れ、突撃してきた黒外套の数人が足を取られて転ぶ。


「やった……! 本当に効いた!」

 村人の一人が叫ぶ。

 海斗の知識が、確かに村を救った瞬間だった。


 だが戦いはまだ終わらない。

 東の柵は軋みを上げ、ついに一部が崩れ始めた。


「まずい……!」

 俺は槍を構え直し、ナギサと共にその隙間へ飛び込んだ。

 迫る黒外套の影が、冷たい殺意を纏って迫ってくる。


 夜明けの光はまだ弱い。

 だがこの瞬間こそ、村の命運を決める戦いの幕開けだった。


____________________

後書き


 第25話では、黒外套の本隊がついに突撃してくる場面を描きました。圧倒的な数に追い詰められる中で、ナギサの奮闘と海斗の知識が村を支えます。

 次回は、崩れた柵から雪崩れ込む敵を迎え撃つ激戦が描かれます。

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