魔王様の部下だった俺、雑魚と思われ追放されるも死ぬと強化されるクソ仕様でした
髙橋ルイ
序章
第1話追放された雑魚
俺の名前は
ただの人族で、剣も魔法も取り柄なんてない。生まれも平凡、育ちも平凡、強さに関しては周囲に笑われるほどの存在だ。だが、なぜか俺は――魔王の側近、文字通り「魔王様の直々の部下」として城にいた。理由は誰にも分からなかった。俺自身も、理由を知らないまま雑用をこなし、玉座に使える役目を果たしていた。
その日、いつものように廊下を掃くと、呼び出しがあった。玉座の間。重々しい空気。魔王の座はいつもより冷たく、空気は薄く張りつめていた。入り口で立ちすくんでいると、魔王の側近の一人が淡々と告げた。
「アレン。お前、もう用無しだ」
言葉は短く、命令には冷たさしかなかった。魔王の御前で、俺は罪状も弁解も与えられず、ただ城の外へと放り出された。兵士の手は容赦なく、しかし機械のように正確に俺を森へと送り出す。
――魔王の庇護がなくなる、というのは、こういうことなのかと、初めて理解した。
生まれて初めて「外」を味わった。城という巨大な盾の内側にいる限り、どれだけ無能でも命は簡単に保たれていたのだ。しかし外の世界は無慈悲だった。風は冷たく、木々は牙を隠し、足元には牙を研ぐ小さな魔物たちの足跡が散っている。
震える手で腰の短剣を確かめる。柄は滑り、刃先は鈍い。訓練もさせてもらえなかったのか、俺は剣を満足に振れなかった。
森の奥、薄暗がりの中で、青いゼリーの塊がゆらゆらと揺れていた。見た瞬間、俺はおかしな笑いを漏らした。こんな雑魚にさえ負けるのかと、自嘲の笑みを浮かべた。
スライム――誰もが初対面で舐める。俺も同じ感覚で、肩の力を抜いて斬りかかる。だが、斬撃はすべて弾かれ、身体は受け流され、次の瞬間には全身を吸収されるような鈍痛が全身を走った。
呼吸が苦しくなる。足取りがふらつき、世界が円を描く。ああ、これが終わりか。魔王の側にいるだけの人生。結局、追放されれば何の価値もない。そんな考えが頭をかすめる間にも、身体の力は抜けていった。
そして、闇。
――そこで、声がした。脳裡に、機械的でもあり慈悲深くもある音声が直接届く。
『スキル:
「は……?」
意識の端で何かが弾け、身体が熱を帯びる。冷たいはずの空気が、熱を帯びて肌を押し返すように感じた。心臓が――止まっていたはずの鼓動が、再び震えを上げた。視界の奥に、数字と文字が浮かび上がる。見たこともない数値が、俺の名の下に踊っている。
――――――――――
【
種族:
職業:???
レベル:1 → 10
筋力:5 → 85
魔力:2 → 72
敏捷:4 → 63
耐久:3 → 90
特殊効果:
――――――――――
数字を追う目が震えた。たった一度、浅い死を味わっただけで、俺はこれほどまでに変わるのか。ありえない。だが現実は冷酷で、手の内で確実に力の重さを感じる。
そして――同じ青い塊が、ふらつく俺に向かって再び突進してきた。だが今度は違った。恐怖は薄く、代わりに自分の中に満ちる重みある確信があった。反射に任せて拳を固め、動いた。
打撃は言葉にできないほどに重く、音が森を切り裂いた。スライムは粉砕され、飛び散る水滴は夕陽に光る。かつて自分が踏みつけられていた同じ場所で、今は自分が勝者の姿をしている。
「……俺が、勝った?」
声は震えていたが、どこか嬉しさと不安が交じっている。死んで得た力。それは祝福であり呪いかもしれない。魔王に拾われていた理由。それは未だ分からない。だが一つだけ確かなのは、今の俺は「以前」とは違うということだった。
その夜、森の片隅で小さな焚き火を囲みながら、俺はステータス画面を何度も見返した。だが、この変化を他人に見せることはできない。表示は自分しか見えない仕様だ。誰かに証明しようにも、証明のしようがない。
だが世界は動く。俺は生き延びねばならない。魔王に追放された身で、村へ行き、食料を得、身を寄せる場所を探すしかない。だがただ行くだけではまずい。魔王軍の元部下、という経歴がここで露見すれば――村は俺を受け入れない。最悪、逃げ場を失う。
考えた末、俺は名乗ることをやめた。流れ歩く者。あるいは冒険者の端くれの素振りで、村に近づくことにした。偽りの身分と、この誰にも見せられない力。二つの嘘を抱えて、俺は森を抜ける決意を固めた。
朝が来ると、足取りはまだ重かった。しかし、かつての俺の足取りではない。筋力は確かに上がり、刀の芯も利いている。何より、心が少し静かになっていた。死を経て知った、 生きることの貴さと恐ろしさ。これから先、何度死ぬことになるかは分からない。だが一つだけ確かなことは――死んだからって終わりじゃない。終わりが、始まりになることもある。
――俺は、静かに笑った。そして、村へと歩き出す。
(続く)
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【後書き】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
第1話では、
これで彼は「死ぬと強化される」という前代未聞のスキルを得て、ただの人族から少しずつ“何者か”へと歩み出します。
次回は、初めての勝利を掴んだアレンが村に辿り着き、子供を助けた縁から新しい人間関係に踏み込んでいきます。
物語の舞台も「孤独な森」から「人の営みの中」へ移り、いよいよヒロインとの邂逅が始まります。
――追放され、死を経て、ようやく掴んだ小さな生。
彼がどんな人々と出会い、そして“元魔王軍”という正体を隠しながらどんな道を歩むのか、ぜひお楽しみに!
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