第2話村への道

 森を歩く足取りは、まだぎこちない。だが、死者強化デスブーストによって跳ね上がった数値が確かに俺を支えていた。木の根を踏んでも躓かず、枝葉の気配に敏感に反応できる。まるで別人の体を動かしているかのようだった。


 ……それでも、不安は消えない。

 俺は元魔王軍もとまおうぐんの部下。もしこの事実が知られれば、人族の村では受け入れられるどころか敵と見なされる。

 だからこそ、偽りの名と偽りの顔で、今後を歩むしかない。


 そんな時――か細い悲鳴が耳に飛び込んだ。


「――たすけてっ!」


 胸が跳ねる。声の方向に駆け出すと、そこには小さな人族ひとぞくの子供がいた。

 まだ十歳にも満たないだろう。痩せた手足で必死に走るが、背後から追うのは灰色の狼。

 森狼もりおおかみ――群れを作ると冒険者すら苦戦する、森の魔物だ。


 心臓が強く打つ。迷う暇はない。

 俺は地を蹴り、狼へ飛び込んだ。


「うおおっ!」


 拳を振り下ろす。

 骨が砕ける嫌な音。狼は悲鳴を上げて地に叩きつけられた。

 数日前の俺なら絶対にできなかった芸当。だが今の身体は違う。狼の牙を受け止めても、皮膚が裂けることはない。


「に、兄ちゃん……!」


 子供が震える声で呼ぶ。俺は背を向けて庇い、残った狼の牙を見据えた。

 数匹が唸り声を上げる。俺は剣を抜いた。かつてはお荷物だった刃だが、今は手に馴染む。

 一閃。

 刃は月光のように冴え、狼を真っ二つに裂いた。


「…………はぁっ……はぁっ……」


 息を整える俺に、子供は目を輝かせて駆け寄った。


「すごい! 兄ちゃん、すごいよ! 助けてくれてありがとう!」


 小さな手が俺の袖を掴む。

 俺は少し戸惑いながらも、安心させるように笑みを浮かべた。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


「うん! でも……このままじゃ、村に戻れない……。兄ちゃん、お願い、一緒に来て!」


 俺は一瞬だけ逡巡する。

 ――村。

 そこは、俺にとって新しい居場所になるかもしれない。しかし、元魔王軍もとまおうぐんであった過去は絶対に隠さなければならない。


 それでも、この子供を放っておく選択肢はなかった。


「分かった。案内してくれ。村まで送っていこう」


 子供の顔に安堵の笑みが浮かんだ。小さな手を握り、森を抜ける。


 やがて木々の隙間から、煙が立ち昇るのが見えた。

 木柵で囲まれた小さな集落。家々からは灯りが漏れ、人々のざわめきが聞こえてくる。

 ――人の匂いだ。魔王城では決して味わえなかった、あたたかな気配だった。


「ただいまーっ!」


 子供が声を張ると、村人たちが駆け寄ってきた。

 安堵と驚きの視線が俺に向けられる。

 その中に、一際目を引く少女がいた。


 栗色の髪を肩で結び、瞳は透き通るような緑。村娘らしい素朴な服装だが、凛とした雰囲気を持つ。

 彼女が子供を抱きしめ、涙を浮かべて言った。


「よかった……無事で……!」


「姉ちゃん、この人が助けてくれたんだ!」


 少女の視線が俺に向く。

 俺は思わず背筋を伸ばした。

 彼女の眼差しは真剣で、まるで見透かすようだった。


「……あなたが?」


「あ、あぁ……偶然通りかかってな。助けるのは当然のことだ」


 嘘を混ぜた声が震える。彼女はしばらく黙って俺を見つめ、やがて小さく微笑んだ。


「ありがとう。本当に……ありがとう」


 その笑顔は、あまりに温かくて――俺は胸が詰まった。

 魔王の城にいた頃には決して得られなかった、人の温もりだった。


 こうして、俺は村で最初の仲間――後に共に歩むことになる少女と出会った。

___________________________________

【後書き】

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!


第2話では、アレンあれんが村の子供を助け、そして“村娘”と出会うまでを描きました。

彼にとって初めての「救った命」。そして初めての「人からの感謝」。

それは、追放された雑魚としての過去を持つ彼にとって、何より大きな意味を持つ出来事となります。


次回は、この村での生活が描かれます。

――しかし、元魔王軍という正体を隠しながらの生活は、波乱を呼ばないはずがありません。

新たな出会い、そして小さなほころびが、やがて大きな物語へとつながっていきます。


どうぞ第3話もお楽しみに!

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