第2話 18歳のルカ
時刻は朝の6時過ぎ
「…おはようルカたん。」
「…。」
「まだ寝てるか…。よし、準備するか。」
俺は電話を切らず、イヤホンに切替え、ルカの寝息を聞きながら仕事に行く準備をする。
シャワーを浴び、髭を剃り、化粧水と乳液を顔になじませる。
昔は顔になにかを塗るなんてべたつくから嫌だった。
リップクリームもハンドクリームもそうだ、べたべたするのが嫌だった。
でも今はそう思わない、少しでも綺麗に、かわいくなりたかった。
化粧水や乳液を使うと綺麗になってる気がする。
ハンドクリームの甘くてかわいい香りが好きだ。
リップクリームはまだしていないけど、もう少ししたら少し色が付いたやつを買ってみよう。
「…少しは美容への意識が高まってんだなぁ…。」
そんな独り言を言っているとルカが起きてきた。
「ん…おじさんおはよ…。」
「うん、おはよ。」
まだまだ眠そうなルカにあいさつをして準備を進める。
「今日は日差しが強そうだな…。」
「ね。僕は部屋から出ないから関係ないけど、おじさんは日焼けしちゃうね。日焼けは肌の大敵よ?」
「わかってるよ、今日は日焼け止め成分も配合されてる下地にするわ。それと…ファンデーションをちょっと。」
朝の支度は時間がかかる。昔はシャワー浴びて髪を乾かして着替えて終わりだったが、今は髪を整え少しだけ化粧もしていく。それだけで慣れない俺は20分くらい時間を使ってしまう。
それでも、毎朝が楽しい。元の自分より、ほんの少しだけ綺麗になっている感覚があるから。
「よしっと。じゃぁ朝ごはん食べて仕事行くかな。」
「今日は何食べるの?」
「いつものプロティンとバナナだよ、あと野菜ジュース。」
「そんなんで良く足りるねぇ、僕は無理だわ。」
「これも美容のため、ダイエットのためさ。」
俺の基本食生活は
朝:プロティン、バナナ、野菜ジュース
昼:ゆで卵、野菜ジュース、なにか炭水化物少々
夜:置き換えダイエットドリンク、しらたき、納豆、豆腐
これにしている。
正直腹は減る。でもこれも目標達成のためだ。
「今日も帰り遅いの?」
「ん~…多分な。でも明日は休みだからいつもよりも長く起きてられるよ。」
「やった♪じゃぁゲームしようね!」
「あぁ、わかったよ。それじゃルカたん、行ってきます。」
「ゴホン…いってらっしゃい、おじさん♪(女声)」
「…照れるな。それじゃ電話切るね。また連絡する。」
「うん、ばいばい。僕はもうひと眠りするよ。」
「わかった、じゃあまた後で。」
電話を切った俺は自転車に乗り会社に向かう。
「ふぁぁぁ…少しチャットを覗いてから寝ようかな…。」
おじさんとの電話を切った僕は、スマホをいじりながらチャットを確認する。
「あ、おじさんからリプ返ってきてる…。」
僕とおじさんの不思議な関係はこのチャットから始まった。
如月瑠香(きさらぎ るか) 18歳 女 ネ彼:おじさん
中学生の頃にある事故があってから喉を傷め、手術の後、男性のような低い声しか出せなくなってしまった。
この声になる前までは、今とは逆の可愛い女の子になりたかった。
友達もそこそこいて、楽しく過ごしていた。
でもこの声になってから、毎日が辛かった。
声を出すまでのリハビリが辛かった。人と話すと気持ち悪がられて辛かった。女子の制服を着ているのに男の声だからオカマと呼ばれて辛かった。人がどんどん離れていって辛かった。
それから僕は引きこもりになった。誰とも会いたくなかったし、接したくなかった。
最低限のバイトをして、ゲームをして寝る。
そんな生活をしていたある日、チャットに出会ったんだ。
チャットでは声を出さなくてもいろいろな人と話すことが出来る。
気持ち悪いとも言われない。好きな漫画やアニメのキャラになりきれる。
天国だと思った。
そこからチャットにドハマりして、今に至る。
僕は管理人から副管理人の役職をもらい、新規が入ってきたらルールを教えたり、使用キャラの確認、管理をしていた。
管理人は仕事が忙しいらしく、ほとんど僕が運営していた。
そこにおじさんは入ってきたんだ。
最初はなんとも思ってなかった。いつも通りの対応をしていた…つもりだった。
このチャットにはアニメや漫画のキャラになりきるルームと中の人の雑談ができるルームに分かれている。なりきりルームは中の会話や戦闘の流れがあるから、誰でも好きに動けるわけじゃない。だからかそんなに頻繁に更新されないが、雑談ルームにはたくさんの人がいて毎日たわいもない話をしている。
なりきりルームにはいろいろな人がいて、わざとキャラ崩壊させる人、しっかりと設定を読み込んで本気でなりきる人、戦闘が好きでいつも戦闘を仕掛けてくる戦闘狂…本当にいろいろな人がいる中で、おじさんはしっかりとキャラになりきる人だった。確かにそのキャラならそうやって言うかも…ということを言っているので正直上手だ。
雑談ルームでのおじさんは礼儀正しかった。それだけじゃなくて、おもしろいことも言うし、たまに喧嘩みたいなことになっても仲裁してくれるし、リプもマメだからいろいろな人がおじさんと話をしている。
そんなおじさんはいつの間にかこのチャットの中心にいた。
おじさんは雑談チャットだと口調や一人称が変で、それでいて丁寧な言葉づかいもするから、最初は性別が分からなかった。でもなんとなくだけど、女性みたいな雰囲気もあったから女性だと思っていた。僕も他の人と同じように、この人と仲良くなりたい、近づきたいって思っていた。
それで言ってみたんだ。「おねぇさんと仲良くなりたい。」って。
そしたら「おいたんは男だよ。しかも34歳のおっさん。」
正直僕は驚いた。チャットに年齢制限はないものの、いるのは僕と同年代か少し年上くらい。30代なんていなかったし、ましてや男性なんていなかったからだ。
流石の僕も最初は警戒したよ。出会い目的かな、だからみんなに優しいのかなとか。
でもそうじゃなかった。本当に誰にでも優しかった。
男だと言っている人にも、女性だと言っている人にも、性別が不明な人にも、本当に誰にでも同じように対応している。
おじさんと話をしていると安心する…多分他の人もそう思っていたんじゃないかな。だからおじさんは人気者だった。
気付いたら僕はおじさんのことが気になっていた。
他の人と絡んでいるのを見ると、少し複雑な気持ちになるし、僕をもっとかまってほしかった。
僕だけを見てほしかったし、僕だけの味方になってほしかった。
僕はおじさんを独占したかった。だから違うチャットでこっそり連絡先を聞いたんだ。
最初はそれだけでよかった。おじさんは僕とだけ個別に連絡を取ってる。このチャットにいる人は誰も知らない素のおじさんと。それだけで独占欲は満たされたし嬉しかった。
でも次第にそれだけじゃ満足できなくなってきた。もっと仲良く、親密に、僕に依存して欲しかった。
だから…会えなくても、せめて電話したかったんだ。
でも怖かった。僕のこの声を聞いたら離れていくんじゃないかって、きもいって言われるんじゃないかって。
でも気持ちは抑えられなかった。
だから声にトラウマがあることを伝え、それでも良いのかと聞いてみた。
そしたらおじさんは「まったく気にしない。」って言ってくれた。
この声を個性だって認めてくれた。嬉しかった。
その日のおじさんの仕事終わりに電話した。
想像以上に声が低くて、でも優しい声だった。
緊張したけど、でもすぐにおじさんが緊張を解いてくれた。
いろいろな話をして、お互いのことをいろいろ知ってから、僕はおじさんにあることを話した。
「僕ね、こんな声だから、可愛い女の子にはなれないんだよね。だからいっそ男になりたくてさ、お金貯めて性転換したいんだぁ。」
この話は信用できる人にだけ話している。
以前違うチャットで出会った人に伝えたら、引かれたから。
そりゃそうだ。出会いを求めてなくても、女の子と知り合ったら下心がない男なんていない、あわよくば自分のものにしたいと思うはずだ。でも僕は女なのにこんな声だし、しかも男になりたいという願望を持っている。
こんな声だから最初はネカマを疑われ、女であることを証明しろといろいろと無茶な要求もされてきた。証明しても最終的にはこの声のせいで離れていくんだけどさ。
女なんて面倒くさい。女ってだけで線を引かれている気がする。
それならいっそ男になって、バカみたいな話をして、友達を作って、普通に過ごしたい。そう思っていた。
僕が少し緊張しながら話すとおじさんは
「そうなんだ、おいたんはどんなルカたんでも良いと思うよ。なりたい自分になれば良い。でもおいたん男が好きなわけじゃないから、そうなったら弟にしてあげるよ。それに…実はおいたんは女性になりたいって思っていたんだ。ルカたんみたいに性転換したいとまでは思わないけど、いつかちゃんとメイクして可愛い格好して女性のような声になって、出かけたいんだ。」
と言ってきた。正直驚いた。
僕のこの話をしても引いてなかった。しかも、女の子として傍にいて欲しいじゃなくて、男になっても傍にいて良いと言ってくれている。しかもおじさんも僕と似たようなことを言ってきた。嬉しかった。
そこからは僕はおじさんのことがもっと好きになっていたんだ。
だから毎日電話もしたいし、連絡が来なくなると不安になる。
この声が原因で離れていってしまうんじゃないかって。
でもちゃんと連絡もくれるし、毎日電話もしてくれる。
どんどんおじさんにハマっていった。
最近は声に出しておじさんに好きだって伝えている。おじさんも好きって返してくれる。それだけで幸せだった。
僕はまだおじさんに顔を見せれる自信はなかった。声だけの関係。普通はおかしいと思うだろう。好きって言ってるのに、顔も見せてくれない女なんて。
でもおじさんは、例え顔が見れなくても、会えなくても、こんな僕を好きって言ってくれる。
男になりたい僕を肯定してくれる。本当に幸せだった。
いつか僕が男になったらこの関係はなくなるだろう。でも弟にしてくれるって言った。嘘かもしれないけど、僕はおじさんを信じる。
それまでは、たくさん好きって言おう。沢山話して、もっと好きになって、いつか自分に自信が持てるようになったら、ちゃんと顔を見て話そう。
そして、いつか僕が男になりたいって思わなくなるほどおじさんが好きになったら…なんて。この声じゃ女としてなんて生きていけない。おじさんもそんな人とリアルで一緒にいたいなんて思わないはずだ。だから僕は男になって、おじさんの弟になるよ。
それまでは、女としてのルカをよろしくね。
「…よし、リプ返したし、もう寝よ。」
今日はバイトはないし、おじさんが帰ってくるまで暇だ。寝て少しでも時間を潰そう。
僕は布団に潜り込んで、また眠ることにした。
34歳おっさんが女装に目覚めて男性になりたい女性に恋をする話 ゆん @yubacat
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