第3話 初めてのお客さん
夕暮れ、灯りのともった「スナック源ちゃん」。
磨き上げたカウンターの前に立ち、俺とアキナは落ち着かない様子で客を待っていた。 「……ほんとに来るのかしら」
「来るさ。ほら、最初の客ってのはな、大抵は運命みたいなもんだ」
そのとき、ドアがゆっくりとギィと開いた。
「へっ……悪くねぇな」
現れたのは、予想通り――酒場の親父、バルドだった。
ジョッキを豪快に空けたあと、バルドはふと口を閉ざした。
カウンターの光が、彼の横顔を照らしている。
「……俺ぁな、昔は冒険者だったんだ」
その声は、賑やかな「木のジョッキ亭」の親父とはまるで違う、どこか遠くを見つめるようだった。
「仲間と潜ったダンジョン、命を張った日々……楽しかった。だがよ、怪我で走れなくなった俺を、奴らは置いていった」
バルドは握りしめたジョッキを見つめる。
「気づきゃ、俺だけ“昔話の親父”だ。あいつらはいまも、風の中を走ってるってのに……」
アキナが視線を落とす。俺は煙草に火をつけ、静かに言った。
「バルド……歌と人生は似てるんだ」
「……は?」
「どんなに息切れして、Aメロで立ち止まっても、サビは必ず後から来る。盛り上がるとこは、まだこれからなんだよ」
俺の言葉に、バルドの目がかすかに揺れる。
やがて彼は「ふっ」と笑い、ジョッキをもう一度掲げた。
「よし、なら証明してみろ。お前の歌とやらで」
バルドの挑発に、俺はマイクを握る。
♪君は何をいま~ 見つめているのか~
下手でも気持ちを込めると、不思議と胸に響く。
バルドは目を細め、「……沁みるな」と呟いた。
「次はあんたの番よ」
アキナが促すと、バルドは照れたように鼻を鳴らし、野太い声で歌い出す。
♪風が吹き荒ぶ~ 山を越えて~
荒々しいが、まるで冒険の記憶そのもの。
俺とアキナは思わず、その歌声に胸を打たれた。
「じゃあ、最後は私ね」
アキナがマイクを持つと、場の空気がしっとりと変わる。
♪今は遠き日よ~ 胸に抱いて~
澄んだ声に、店のランプの光まで揺れる気がした。
俺は二人を見回し、ニヤリと笑う。
「……なあ、最後は一緒にやろうぜ。歌ってのは、誰かと合わせて初めて楽しいんだ」
伴奏が流れ、三人は声を重ねた。
♪ラララ~ ラララ~ ラララ~
異世界の夜に、三人の声が響き合う。
拙くても、温かくて、どこか懐かしいハーモニー。
それは、ただの歌以上の「約束」のように思えた。
歌い終えたあと、三人は顔を見合わせ、大笑いした。
「……悪くねぇ。いや、最高だ」
バルドがジョッキを掲げる。
「ここは俺の居場所かもしれんな」
「おう、いつでも来いよ。ここは“スナック源ちゃん”だからな」
カラン、と響く乾杯の音。 こうして――最初の常連が生まれた。
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