第2話 スナック源ちゃん オープン前夜

がらんとした木造の一室。

埃が積もったままの棚と、使い古された長机。

ここが俺たちの“夢の城”になるはずだった。


「……ほんとに、ここがスナックになるのかしら?」

腰に手を当てて、アキナが呆れ顔で部屋を見回す。

天井からは薄暗い光が差し込んでいる。床を踏むたびに木が軋み、

埃が舞い上がった。

「なるなる! ほら、あの長机はカウンターっぽいし、奥にステージ置いたらカラオケ完璧だろ?」

俺は胸を張って言ったが、声が少し震えているのが自分でもわかる。

「机はただの板切れ。ステージはあなたの妄想の産物よ」

アキナの言葉が胸に突き刺さる。強がってはみたものの、金はほとんど残っていなかった。あるのは夢と、なぜか異世界に持ち込んでいたマイクだけ。

「……おいおい、スナックってのはな、雰囲気と気持ちで作るもんなんだよ!」

そう言ってマイクを握りしめたとき、扉がきしんで開いた。

「おいおい、借りたはいいが廃墟じゃねえか」

現れたのは酒場「木のジョッキ亭」の店主、バルドだった。

「だがよ……嫌いじゃねえな。お前らの馬鹿げた夢」

ニヤリと笑い、俺の肩を揺らす。

「手を貸してやるよ」


◆大工を口説け!

バルドに連れられてきたのは、筋骨たくましい大工の親方。

「材料費は前金だ。タダ働きはしねえぞ」

職人気質の一言に、俺は財布を探るが……当然、空っぽだ。

「いやぁ……金はないけど、歌ならあるんだ」

親方の鋭い視線に、俺は後ずさりそうになった。だが、ここで引くわけにはいかない。

俺たちの夢は、この部屋で終わらせるわけにはいかないんだ。

マイクを握りしめ、喉の奥から声を絞り出した。

♪わかってくれとは言わないが~

異世界の埃まみれの空間に、昭和歌謡が響き渡った。

アキナが頭を抱える。バルドは腹を抱えて笑っている。

そして、腕を組んだままの親方は、最初は眉間にしわを寄せていたが、やがて口元をゆっくりと緩めた。

「……下手くそなのに、妙に沁みやがるな」

「だろ? 気持ちが大事なんだよ、歌も仕事も!」

親方はフンと鼻を鳴らし、笑う。

「しょうがねぇな。腕が鳴るぜ!」

こうして、大工の協力を得ることに成功した。


◆内装は“昭和スナック”

数日後。 カンナをかける音、金槌を打つ音が響き渡る。

大工たちが壁を張り替え、カウンターを磨き、奥には小さな舞台を設置してくれた。

「ここには赤い布を掛けて……そうそう、照明はもう少し薄暗く!」

アキナの指示は的確で、妙に昭和的だ。

「アキナ、異世界に“スナックの雰囲気”なんて通じねえぞ」

「いいの! これは雰囲気の問題なの!」

彼女の熱意は職人たちにも通じたようだ。

壁には赤いビロード風の布が掛けられ、

カウンターには磨き上げられたツヤが生まれた。

ランプの光は柔らかく、どこか懐かしい場末の空気が漂い始める。

「おい源ちゃん、これ……本当に異世界の店か?」

「フフフ……そう、ここは異世界の片隅に咲く“昭和の花”よ!」

「いや誰だよ」


◆看板

仕上げは店の顔――看板だ。 白木の板に、太い筆で大きく書かれる文字。

「……スナック源ちゃん、っと」

最後の一筆を入れたのは、バルドだった。

彼は筆を置くと、不器用に微笑む。

「店の看板はな、最初の客が掲げるもんだぜ」

そう言って彼は、二人の目の前で力強く看板を掲げた。

夕暮れの街並みに、その名前がくっきりと浮かび上がる。


◆オープン前夜

カウンターに並んだ椅子、光るマイク、赤い布の舞台。

見渡すと、そこにはまぎれもなく、俺たちの“昭和スナック”があった。

「……できたな」

「ええ。なんだか、わたしまで胸が高鳴るわ」


二人でジョッキを掲げる。カランとぶつかる、乾いた音が店内に響いた。

「さあ、いよいよ明日から本番だ」

俺の声に、アキナはにやりと笑った。

異世界の夜に、新しいネオンが灯る――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る