第34話叶うなら、君の隣でずっと≪イヴァン視点≫

 「ルイーズ。そうさせている手前強くは言えないが、その休んだらどうだ?」

 「イヴァン様……。すみません、体力には自信があったのですが。」


 そう言いながらも、彼女はふらふらと書類を置きに行こうとする。


 その姿はまるで『仕事をしなければならない』と言う強迫観念に取り憑かれているようだ。


 何が彼女をここまで突き動かしてしまうのか。


 とりあえず、彼女を休ませねばな。このままでは絶対に倒れるだろう。


 「ルイーズ……。」


 彼女に休むように言おうとしても上手く言葉が紡げない。

 

 こういう時はどんな言葉をかけるのが正解だ?

 部下たちにはそのまま「休め」と言えばいいが、今の彼女にそう言ったら逆効果なんじゃないか?


 フィリップ……あいつは何と言っていたか。


 「ルイーズ、君がこのまま倒れないかが心配だ。愛する人が苦しむところを見たくはない。」

 「そ、そうですか。それなら、この仕事は明日に回しますね。」


 多分、あのまま部屋に帰らせたら部屋で仕事をやりかねないな。


 そもそも、彼女がこうやって仕事をこなす羽目になったのは仕事場で見事な寝落ちをかました俺が原因だ。


 ここは責任をもって休ませる。たとえ、どんなに懇願されても絶対にだ。


 「この仕事は……まだ先のものではないか。」

 「えぇ、でも溜めるよりかはましでしょう?」


 どうしよう、気持ちはよく理解できる。


 やれるのであればさっさとやってしまった方が後々楽だからな。

 俺も良く仕事でやっている。


 このままではきっと彼女は止まらない。ちゃんと休んではくれないだろう。


 「ルイーズ。体をしっかりと休めることも立派な仕事だ。書斎で爆睡していた男が言えるものではないがね。」


 む、彼女の返事がない。

 机にうつぶせになっているみたいだが、微動だにしない。


 ……って、顔が林檎のように赤くなっているではないか。

 婚約者とはいえ、正式に結婚していない女性の肌に触れるのはあまりよろしくないが、緊急事態だ。仕方がない。


 「なんだ、この熱さは。……まさか、こんな状態で仕事をしていたのか。」


 いや、待てよ。元々魔力の関係で少々体温が高かった彼女だ。仕事をしていた時は微熱程度だと勘違いしていたかもしれない。


 まぁ、その状態も本来はしっかり体を休めるべきなんだがな。


 こんなに熱に浮かされたような状態なら、絶対にここから動けないだろう。

 彼女が回復したら、謝ろう。


 そうして、俺は彼女を横抱きにした。


 向かう先は彼女の居室。

 そこにはルナシーと言う年若な侍女と、侍女学校から引き抜いた侍女長がいるはずだろう。


 彼女たちにも話を聞かないとな。

 「どうして、ルイーズの不調に気付かなかった」と。


 でも、この状態に気付くのはなかなかに至難の業ではないか?


 最初に言葉を交わしていた時はまだ、そこまで体調が悪そうには見えなかった。

 恐らく、侍女たちの前でも繕っていたのだろう。


 それにしても……。


 「こんなにも、軽かったのか。」


 ルイーズは女性にしてはかなり筋肉がある。


 それは元々の体質とも言えるかもしれないが、彼女の努力の結晶でもある。

 だからこそ、抱き上げたときの軽さには息をのんだ。


 こんなにも小さかったのか。


 『鮮紅令嬢』、彼女を示すその単純な二つ名に惑わされていたが、彼女も人の子なのだ。


 「ふふっ、ひんやりとして気持ちいい。」


 体が熱くて苦しいのか、彼女は俺の胸元に顔を近づける。

 その表情はどこか艶めいていて、変に香しい。


 ……だめだ。彼女は病人だ。こんな邪な事を考えるのはしてはならない。

 

 ひとまず、急ごう。何か俺がしでかす前に、彼女の居室へと。



 「誰か、部屋にいるか。」

 「おかえりなさいませ、ルイーズ様……。へ、陛下。」


 俺が抱きかかえるルイーズの様子にすぐ気づいた侍女は、「ベッドの支度をします。」と俺に伝えそのまま準備しに行く。


 随分と手馴れているな。

 これは、一度や二度ではなさそうだ。


 後で、侍女に尋ねてみるか。


 「ここに彼女を下ろせばいいんだな。」

 「えぇ、お願い致します。……すみません。本当は私共、侍女がやるべきなのに。」


 ルイーズをベッドに横たわらせると、侍女は俺を一度外に出るように言う。


 当然のことだ。婚約者とはいえ、着替えるところを覗き見るのは倫理的にしてはならない。


 「陛下、ちょっとこちらに来ていただいてもよろしいでしょうか。」


 着替えさせたであろう侍女が扉から、ひょっこりと姿を現す。

 彼女は何かに困っているのか、眉尻を下げる。


 「ルイーズ様、先ほどから熱に浮かされて『一人は嫌だ』とうわごとを言っていらして。

 本来なら陛下にこのようなことをお願いするのは言語道断ですが、しばらくの間ルイーズ様の近くにいてはもらえませんか?今の状態のルイーズ様を一人にさせるのは不安で……」


 他の者を付けさせればいいのではないか。できれば女性で。


 そんなことをするつもりなど到底ないが、俺が彼女を襲おうとしたらどうなる。


 「侍女長様もお忙しいのでこちらに来れませんし、そもそも他の侍女を信頼できますか?」

 「それは……」


 完全に逃げ道を塞がれた……。いや、ルイーズと居れるのは願ってもいないことだが。


 あの侍女の目は「男ならいい加減に腹を括れ」とでも訴えかけているようだ。


 そうだな。こちらに戻ってからろくに接することもできなかったし、今日のところは俺が耐えればいい。


 「それではお願いしますね。あっ、何かあったらすぐに呼んでください。瞬く間に戻って参りますから、ね?」


 前に元侍女長と言い争っていた時のような腹に一物を抱えた笑みを浮かべ、彼女は去っていった。


 末恐ろしいな、あの侍女は。

 年若いだろうに、どこか威厳がある。


 「……随分と、幼い顔立ちをしているのだな。」


 ずっと、彼女の頼もしいところばかり見ていた。


 でも、彼女はまだ18歳。

 大人の仲間入りを果たしたばかりの少女であることがすっかり頭から抜け出していた。


 『社畜令嬢』、そう呼ばれていた彼女は、誰かに甘えるということを知っていたのだろうか。


 きっと、知らなかったのだろう。

 違う。のだ。


 一番多感な時期に親と引き離されて、色々と必死だったに違いない。


 それを思うと、起因となるリュミエール王妃とヴィクトルに腹が立つ。

 だが、彼らがそうしなかったら、俺は彼女と出会えなかった。


 いや、再会できなかった。

 

 「……ルイーズ。」


 俺のところに来てくれて、本当にありがとう。

 「そばに居たい」と笑顔で言ってくれて本当にありがとう。


 叶うなら、君の隣でずっと笑顔で歩きたい。

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