第32話姫君たちが犯した罪
「この国に来て、姫君たちとお話してからずっと聞きたかったことがあるの。」
きっと、今から私が二人に話すことを彼らは否定するだろう。
私なんかよりも二人の方が、諸外国を相手取って仕事をしてきている。
この国に来るまでろくに諸外国に行ったことのない――箱庭育ちの私でも分かるダメなことを、姫君たちは犯してきた。
だから、彼らは憤慨し悲しみ姫君たちに敵意を向けるだろう。
否、そうしてもらわないといけない。
これからやることのために、絶対に。
「あなた方の国では、『他国であっても自国にいたときのように横暴に振舞っても構わない』と言うルールでもあるの?」
姫君たちに初めて会った時の侍女たちに対する態度が、今も脳裏にこびりついてやまない。
笑いながら楽しそうに気に入らない侍女を見世物にしたり、侍女を当たり前のように痛めつける。
あれは、悪魔の宴だ。
彼女たちは気づいていないと思うけど、あんなのはたから見たら『侍女を奴隷扱い』しているのよ。
「なら、本来は献金に見返りなんて求めてはならないのに、過去の負の遺産でうやむやにできるだろうからって後出しで対価を支払うように仕向けることもそうなのね。」
結構とげは少なめに言っているけど、姫君たちがやらかしたことよりもこちらの方が重大だ。
このことが明らかになったとき、ダメージを受けるのはあちら側だ。
彼らは少なくない社会的信用を失うだろう。
でも、現在進行形で余波を受けているのはフリーギドゥムの方。
せっかく戦争は終わり、フリーギドゥムは未来へと足を進めようというのに、いつまでも『戦争』と言う過去の負債に振り回しているもの。
何より、それをやっているのが直接的な被害国ではない。
その事実が一番腹立たしい。
「これはね、あなた方の国のお偉方あるいは妹君たちがやってきたことよ。」
知らないでしょう?
だって、あなた方に知られたら不都合ですもの。
彼らが知ったら確実にその計画を阻止しようとするのを分かっていたのだろう。
フリーギドゥムから甘い蜜を啜りたい連中にとって、二人は邪魔なのだ。
でも、逆に私にとっては好都合だ。
少ない対価で、彼らに交渉が可能になる。
「そりゃあ、あのクソ親父どもがアンパロをフリーギドゥムに送った理由を聞いてもはぐらかすわけだ。……あのわがままが一国の妃候補になれるわけないと思っていたが、こういうからくりがあったわけか。」
ビアンカが怒りを噛みしめるように唇をかむ。
彼女が右手に握る紙は、アンパロ様の侍女の――特に、ルナシーに対する過剰な折檻に関する資料だ。
まぁ、そんなのを見たら体を大きく振るわせてしまうのも当然よね。
家族にないがしろにされた分、侍女を親のように慕っている彼女ならそうするだろう。
彼女は粗暴に見えて、相手には敬意をもって接するし、心優しい人なのだ。
それゆえに、効果はあるだろうとは思っていたけど、ここまでとは……。
「戦略として時にはあり得るかもしれないやり方だけど、少なくとも平和を維持していこうというときに使う手段ではないな。甘やかされて育ったグレースにはとても不向きだと思っていたが、傀儡としては上出来だな。」
全くもってその通りだと思う。
『傀儡』ねぇ。
自分が他者を『傀儡』にしていると思っていても、その実自分がそうだとは気づけないのよね。
特に、自分のことを外から見れない人が一番そうなりやすい。
ハロルドはビアンカに比べて幾分か冷静に見えた。
ただ、その黒曜の瞳が冷淡に細められているから、彼の心中も穏やかではないのだろう。
さて、二人の心をそれなりに動かせたみたいだし、一番の切り札でも出そうか。
「私はできれば穏便にものを解決したいと考えていましたの。でも、それも不可能なことに気づいてしまった。」
もうやめて、そう言いたげな視線を二人は寄こす。
でも、ここで止まるわけにはいかない。
この件がどれだけの人を巻き込んでいるのかを、しっかりと認識してもらわねば困るのだ。
「これは……マルダーフント?!どうして、アンパロと一緒にいるんだ。」
「グレースもいる。この姫君はサンティエタの方か。……何かを受け取っているみたいだな。」
最近、ちょこまかと私の部屋の周りを物色していたネズミがいた。
だから、とっ捕まえて調べてみた結果がこれだ。
ほかにも何かやらかしているとは思ったけど、まさか3人全員とは思わなかった。
それにしても、マルダーフント。
本当に彼はいろいろな場所に出没するわね。
私たちの住んでいる国の距離は決して近いものじゃないのに。
「媚薬の一種だそうよ。それも、『少量で人を廃人にできる』と言われているような強力なものらしいわ。」
ルカさんに聞いてみたら、「見つけても絶対に触っちゃだめですよ」と肩を揺さぶられるぐらいにはまずい代物らしい。
彼曰く、「廃人になる程度ならましだ。取り方によっては死亡する可能性の方が高い。」みたいで、さらに触らぬよう念押しをされた。
詳しく調べてみたらもともとは侵略戦争に使われた兵器の一つだったという。
もともとの作用は筋弛緩、神経衰弱、思考能力の低下を引き起こすもの。
それを媚薬の作用に寄せたものらしく、この国で違法薬物になっているのも当然のことだろう。
彼があそこまで動揺する理由も理解できてしまった。
「この症状、最近僕の国でも問題になっている奴だ。もしかして、この件と何らかの関係が?」
「グレース様がこちらに映っているということは、その可能性も否めません。」
ちょっと、想定を誤っていたみたい。
まだこの国内部で済んでいることだと思っていたけど、まさか国外にも流出しているなんて。
少し悠長にことを構えすぎたか。
この交渉が終わったらすぐにでも宰相様か陛下に共有しなければ。
「待って、この場所ってこの敷地内よね?まさか、今も近くにいるなんてこと……。」
あ、そのことについて言うことを忘れていたわ。
私ったらうっかりさんね。
まぁ、この情報に関しては二人にとってと言うよりも私にとって衝撃的だった。
「それはありませんわ。だって、今マルダーはリュミエールにいるようですから。」
本当に苛立たしいことにね。
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