第31話リュミエールで出会い、フリーギドゥムで再会する

 「朝からなんだか騒がしいわね。まだ週初めよ?いつもはもっと静かじゃない。」

 「確かにそうですよね。ちょっと、確認してきますね。」


 まだ、少し空が赤いのよ?

 あ、この国の今の季節だと日が昇るのが遅いことを忘れていたわ。


 外からは多くの兵士や侍女の声がする。どれも慌てたような、困ったような声色だ。


 喧嘩とかではなさそうね。

 そうだったら、怒号の一つや二つ飛んでいてもおかしくない。


 耳を澄ませば聞こえるのは誰かにへりくだるような声。


 誰か来客でも来ているの?こんな朝っぱらから。


 「あら、あの人たちは……。」


 侍女と兵士が相対しているのは、一組の男女。

 女の方は、夕焼けのようなオレンジ色の髪に、新緑の葉のような緑の瞳。

 一方で男は、烏の羽のような漆黒の髪に、黒曜のように鈍く輝く瞳を持っていた。


 学園にいた頃、留学してきた人たちとそっくりだなー。なんでだろうなー。

 

 私の目がおかしくなければ、彼らはこの国に来ていないはずだ。そうする暇もないほど多忙だと耳にしている。


 「大変です。大変ですよ、ルイーズ様。アンバロ様の姉君とグレース様の兄君が伴ってやって来たみたいです。」

 

 私の目がおかしければよかったのに。

 目に見えていた二人は想像していた二人だったのね。


 ビアンカ・インファンテと、ハロルド・ジョンストーン。

 かつて、リュミエールに留学しに来て、私とよく交流していた二人。


 兵士たちが追い払うような真似をしていないということは、事前に連絡でもしていたのかしら?


 まぁ、その二人であることはひとまず置いておこう。


 気になるのは彼らの来訪の目的だ。

 

 「それで、お二方はルイーズ様に御用があるらしく……。あの、今は伝えている最中ですので、待っていただけるとありがたいです。」

 

 私?自分の妹たちではなく?


 そういえば、この国に発つ前に彼らに手紙を送ったような。もしかして、その件についてかしら?


 でも、あの時からすでに1週間は経過しているし、手紙を出す方が早いのでは?

 それなら、直接私を訪ねてきた理由がますます理解できない。


 「ルナシー、無理に対応する必要はないわ。部屋の中に入れて差し上げなさい。帝国の寒さで凍え死んでしまわれては哀れですから。」


 はぁ、全く。

 私の記憶にある限り、彼らはここまで横暴な手段を使う人たちじゃなかった。


 時の流れとは残酷なものなのね。

 人をこうにも別人のように変えてしまう。


 まぁ、私がうわべでしかものを見ていなかったことが悪いか。


 「相変わらずキレキレな言葉を言うなぁ、君は。あのクソッタレ王子と婚約破棄をして、柄もなくはっちゃけたか?……。」

 「まぁまぁ、彼女が皮肉を言うのも無理はないよ。非常識な行動に出ているのは僕らの方だし。って、なに……。」


 相変わらずビアンカは王女にしては関わらず口調が粗暴――さばさばしているし、ハロルドは低姿勢な態度。


 意外と変わっていない?

 私の勘違いだったみたいね。変に空回りしてしまったわ。


 「なんです、そんな見てはいけないものを見てしまったような目をして?」


 そんなに顎が外れそうなぐらい口を開くほど変なものでも目に映っているのかしら?


 粗暴に見えて以外とビビりなビアンカはまだわかるけど、あまり動揺することがないハロルドまで目をかっぴらくなんて。


 逆にこっちが怖くなってきた。

 二人とも何も言わないから、怖いよ。


 「えぇっと、ごめんなさい。あなたはどちら様でしょうか?もしかして、ルイーズ様とか言いませんよね?」

 「……思わず敬語が出るほどの衝撃だったのか。まぁ、気持ちは分かるよ。だって、雰囲気も、見た目も、喋り方も、全部別人だもの。」


 そうだ。彼女たちがリュミエールにいた頃は『社畜令嬢』とすでに呼ばれていた時だった。

 だから、彼女たちは三つ編みおさげに、顔半分を覆いつくす丸眼鏡の姿しか知らない。


 その時のことがすっかり頭からすっぽ抜けていた。

 これは失敬失敬。


 「もう取り繕う必要もありませんし、未練も捨てきりましたからね。」


 何でもないように二人に告げると、彼らは嬉しそうに微笑んだ。

 彼らがリュミエールにいた頃に見た友に向ける爽やかで慈愛に溢れた笑みだ。


 変わってしまった。いや、元に戻ったのは私の方なのね。


 「それで、今日はこんな無駄話をしにきたのではないのでしょう?まぁ、誰がきっかけかはなんとなく分かりますが。」


 思い出に浸りたい気分だけど、今はそうしている場合ではない。


 姫君たちを散々に言い負かしてしまったもの。

 何かしら対処をしてくるとは思ったけど、まさか自分の家族に泣きつくなんて。


 本当に小物みたい。


 「僕らの妹がな、ある手紙を一通送って来たんだ。読んでみてくれないか?」


 そう言いながらハロルドが差し出してきたのは、お世辞にも綺麗な字で書かれたとは言えない二通の手紙。


 ビアンカがそっと「私たちはお前のことをそう思っていないから」とくぎを刺す。

 わざわざ言う必要があることなの?


 どれどれ、内容がどんなものかだけは見ておこう。


 「『リュミエールの阿婆擦れ女』、ねぇ。私が阿婆擦れなのだと言うのなら、『最悪第二妃になればいい』って言う彼女たちはそうではないのかしら?」


 手紙にあったのは私に対する愚痴のオンパレード。

 しかも、いくつか書かれている『阿婆擦れ女の悪行』って、全部彼女たち自身がやったことじゃない。


 中でも罪ととられそうなものだけ、抜き取って書いているものだからより陰湿ね。


 幸いにもビアンカとハロルドは真に受けていないみたいだけど、彼らの親はどうかしら?


 「はっ?!何を考えているんだ、あのバカ妹は。……ルイーズ、本当にあいつが言ったんだな?」

 「嘘だろう、嘘だろう。そんな国家存亡のきっかけになりそうなことを軽々しく口にするなんて、頭がおかしい。理解できない。」


 あら、私そこまで混乱する何か言ってしまったのかしら?


 私はただ『リュミエールの阿婆擦れ女』と言う言葉に反論できるを言っただけ。


 やっぱり、『第二妃』に関する認識はよくないものよね。


 多少勉強していれば分かることなのに。

 相当甘やかされて育ってきたから、ここまで兄妹間で差がついてしまったのか。


 「落ち着かれましたか、お二方。再会ついでにぶっこむ話ではないと思いましたが、こういう大事なことは前もって言っておかないと。」


 ここまでは正直言ってまだまだ生易しいものよ。

 調べた限りじゃ、手紙にも書けないようなことをしていたのだから。

 

 これから二人には申し訳ないことをするわ。下手したら精神的な大きな傷を残してしまうかもしれない。

 本当は気ごころの許せる友人にやりたくないけど、仕方がないわ。


 でも、これも私にとって大事な皇帝イヴァン様を守るためだもの。

 ――だから、許してね?


 「さ、ティータイムと行きましょうか。」

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