3章
第27話一難去ってまた一難
ルナシーのただものではない一面を見てから1週間。
私たちの住む宮殿は小さくない変化が起こっていた。
彼女の言葉でぶん殴られていた侍女長が宮殿から姿を消したのだ。
皇帝陛下の命で調査を行った結果、侍女長と言う権力を隠れ蓑に好き放題やっていたことが発覚したと言う。
まぁ、大衆の面前に立っても人を殴ろうとしていた時点である程度察せることだけどね。
他にも加担していたであろう侍女たちももういない。
1週間前までとは違い、宮殿内を漂う澱んだ空気が澄んでいきとても息がしやすい。
実にこの国に来たときは想像もできなかった穏やかな心地で過ごした一週間。
そして、今日新たな侍女長がようやく任命された。
「新しく侍女長になりました、ユーリアと申します。ルイーズ様、これからどうぞよろしくお願いいたします。」
鳶色の髪を丁寧にまとめた40代程度の女性が、私に向かって丁寧なカーテシーを披露する。
前の侍女長とは違い、一つ一つの動きが気品で優雅だ。
彼女の出身がかなりいい家なのが分かる。これが育ちの良さと言うものか。
やっぱり、侍女が粗暴なごろつきのように地団駄を踏んでいるのはおかしいよね。
それに感じるこの威圧感。指先まで洗練されたその仕草は彼女を強者にさせる。
これが、侍女長の本来の実力と言うことか。
「ユーリアさん、こちらこそよろしくね。ルナシーも彼女に挨拶をして……って、どうしてそんなに泣いているの?」
さっきから誰かがすすり泣く声が聞こえると思ったら。ルナシー、あなただったのね。
そんなに顔面全体ぐしゃぐしゃになるまで泣く?
涙が滝のように流れているけど、体中の水分が持っていかれそうだ。
「ルイージ様、ずびません。まさか、恩師に会えると思っていなくて。」
「ルナシー、泣くのはいいですがルイーズ様が困ってしまわれます。別のところでお泣きなさい。」
𠮟責している声には見た目のような堅さはなく、母のように穏やかだ。
ユーリアさん、かっちりしている人だけど、他人にも強要する人ではなさそうね。
前の侍女長があれだったから、ちょっと不安が燻ぶっていたけど大丈夫そうだ。
「別に良くてよ。誰だって自分にとって恩のある人にいきなり会ったら、感情が揺さぶられるもの。」
ルナシーたちが少し羨ましいとは思うけど、見ていて心が満たされるから良いことにしよう。
いきなり決闘を挑まれたり、ゴリラ扱いされるよりも何倍もましなのだ。
「お心遣い感謝します。……ルナシー、良い主人に恵まれましたね。」
え、それで良い主人判定で良いの?だって、まだ会って10分ぐらいしか経っていないんだよ?
それに私は上に立つ人間としてはまだまだ未熟だと言うのに。
侍女と言うのはよく分からない人類だわ。
あら、どういうことかしら。何人かの女性の金切り声に割れ物が盛大に割れる音。
距離は遠目だから、空耳に近いかもしれないけど。……いや、これは幻聴じゃなさそうだ。
「ところで、さっきから外が騒がしいのだけど、あなたが関係しているのかしら?」
恐る恐る尋ねてみると、ユーリアさんは気まずそうに視線を逸らす。
これは無言の肯定と言うことでいいよね?
一体、何をしてしまったのだ彼女は。しっかりしていそうなのに。
耳をよく澄ましてみると、恐らく暴れているのはアリーチェ嬢とアンパロ嬢だ。
いや、この二人だったら些細なことをしても暴れ散らかしそうだから、逆に検討もつかないぞ。
「ルイーズ様、一つお聞きしてもいいでしょうか?」
「いいわよ。何でも聞いてちょうだい。ただ、私も外国出身だからこの国の慣習に関しては正確に答えられないわよ?」
侍女だから自国のことについてはかなり正確に把握しているか。主人に教えなくちゃいけないし。
となると聞きたいことは外国についてのことか。
「外国では妃を何人も娶るのは普通ですか?先ほど、他の姫君たちにお会いしたときに『最悪第2妃になってしまえばいい』とおっしゃっていて、実際はどうなのかが気になって。」
「ブフー‼……ゴホッゴホッ。え、なんてことを。」
想像していないこともなかったけど。想像していないこともなかったけど、無意識に思考の外に出していたことを聞かれるなんて。
あまりの一言の打撃に思わず、飲んでいた紅茶を吹き出してしまったわ。
でも、ほんの少しでも頭を捻れば分かることだ。
彼女たちは何が何でもフリーギドゥムに繋がりを持たせるためなら、どんな手段でも使うって。
「ユーリアさん、それは普通じゃない。絶っ対に現状のこの国でそれをまかり通らせるのはダメ。」
例え『奔放の国』とか、『愛の国』とか揶揄されていたリュミエールでも、王が複数人妻を娶るだなんてしたら大混乱なんだから。
王権が何度も入れ替わっているのは大体それが原因だし。
「先帝がかなり女好きだったという話は聞いているわ。それによって、財政はどうなっていたのかしら?あくまでも想像だけど、圧迫されて国民の生活は苦しいものだったでしょうね。」
想像と言う名の事実を二人に告げると、顔をサーっと青ざめさせる。
ようやく、二人にも妃を複数娶るということがどういうことか想像できたみたいでよかった。
「その通りです。……まさか、同じことが起きてしまうということですか。」
「酷なことを言いますが、より悪化したものになるでしょうね。まだ癒えきっていない傷に塩を塗るようなものですもの。」
想像しただけで、本当に眩暈がする。 確実にリュミエールで頻発するものよりも、危機的状況に陥るのは間違いない。
そういえば、イヴァン様は何歳くらいなのだろう?
少なくとも、結婚適齢期であることには間違いないし、事実私に求婚してきた。
でも、フリーギドゥムに連れてきたのにも関わらず、結婚手続きをしていない。
していないんじゃなくて、できないんだ。
少なくとも、先帝の負債を払いきるまでは。
「そもそも前から疑問だったのだけど、どうしてあの姫君たちは自国のようにふんぞり返った態度でいられるの?他の侍女たちも彼女たちを甘やかしているのも不思議だわ」
リュミエールに留学してきて、彼女たちのような態度を取る人はいたけどそれでも節度はあったわ。
自国のルールは押し付けないし、最低限人としての良識はあった。
でも、彼女たちは癇癪を起しがちな子供のよう。いやなことがあったらすぐ他人にあたる。
故郷だったらいいのかもしれないけど、ここはそうではない。そんなこと外交問題一直線だと言うのに。
「それは先帝の時代、あの方々の国が多大な献金をしてもらったからだと思われます。」
ユーリアさんはどこか懐かし気に、されど呆れたように言う。
もしかして、これはこの宮殿内で終わる話じゃないってこと?
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