第7話予期せぬ夜の来訪者 2

 あぁ、本当に馬鹿な人たち。ここが何家の家か存じ上げていないのかしら?

 王妃は随分と箱入りに育てられていたみたいだけど、ここまで馬鹿だとは思わなかった。いっそ、憐みも感じてくるわ。

 

 「み~つけた♪隠れられると思ったら大間違いですよ?」

 「な、どうしてここに?!さっきまで、自室にいたはずじゃないのか!」


 私が庭の茂みからひょいッと顔を出すと、お化けでも見たような顔で逃げ出そうとする衛兵たち。本当に耐え性がないわね。

 あなたたちいつも魔物と戦っているのでしょう?貴族の小娘を見ただけで泣くなんて軟弱すぎる。


 そんなに泣くほど私が怖かったのだろうか?逃げ出したものの中にはお漏らしをした者もいる。

 ちょっとやめてよ、不法侵入しておいて人の庭先を汚すだなんて。


 「で、でも、無防備な姿で一人、のこのこと出てきたのは俺たちにとって好都合だ!」

 「あぁ、そうだな。なんて言ったって相手は一人だ。どうにでもなる。」


 随分と舐められたものね。彼らは知らないのかしら、私が卒業パーティーで王子に顔面ストレートを決めたこと。私が『社畜令嬢』以外にもを持っていること。


 まぁ、生まれたての小鹿みたいにプルプルと震えているところを見る限り知らないわけじゃなさそうだけど。


 「王妃の可愛い可愛い兵隊さん。悪いことは言いません。早急にこの屋敷から出ていくことをお勧めします。皆さんが今やっていることは不法侵入ですよ~。」


 私はできるだけ殺気を抑えながら、子を諭すよう彼らに穏やかに告げる。これで去ってくれるのが一番いいのだけれど。


 「へ、なんでお前の言うことを聞かねばならないんだ。」

 「そうだ、傲慢なことを言っているみたいだが、俺たちにお前は手を出せないはずだ!」


 やっぱり、こう言ってもダメだったみたい。なんとなく予想で来ていたから、残念だなんて思わないけど。


 さっきまでびくびく震えていた癖に、今はもうふんぞり返る余裕まで出てきているのか。こういう切り替えの早さだけは優れているのね。本当に主である王妃にそっくり。


 「警告はしましたからね。」

 「ふっ、『社畜令嬢』ぐらい俺たちにかかればいちころだ。警告するならとっとと投降した方が身のためだぜ?」


 『社畜令嬢』って呼ばれるの本当に不快極まりない。学校だけで呼ばれているあだ名だと思ったら、王宮でも呼ばれているんだ。ふーん、そうなんだ。絶対に王妃がきっかけでしょう、それ。


 これから私を拘束するために動くのだというのに、全くもって緊張感がない。武器は構えていないし、戦闘の準備が全くできていない。

 こういうことなら、もうちょっと暴れるべきだった。そうしていれば、今よりも舐められた態度はとられなかっただろう。


 「今日はこの言葉をその身に刻んで帰ってください。『人を名声のみで判断してはならない』と。」

 

 私が指を鳴らすと、彼らは意味も分からずその場に倒れこむ。「へ?」と間抜けた声を出す者もいた。

 だが、月すら出ていない夜だ。自分の身に起こっていることが理解できないだろう。身を捻らせて暴れている。


 こんなにすんなり拘束されるとは、王宮の警備が心配だ。まあ、そんなことどうでもいいが。


 「お、お前何をした!お、俺たちに危害など加えられないはずだぞ。」

 「何をしたって、不法侵入を行ったを拘束させてもらっただけですよ。それは、王宮の衛兵であっても同じこと。」


 当たり前のことを言っただけなのに、なにを驚いているのか。まさか、王家衛兵である自分たちなら何をやってもいいとか思っていたりしないわよね?

 さすがにそこまでうぬぼれてはいないだろう。いないよね、あの王妃の手のものだから寒気がするんだけど。


 「ほ、他の家ではこんなことなかった!」


 あ、あ~そんなに堂々と発言するのね。しかも、ここだけではなく他の家もやっていたの。呆れて声も出ないわ。


 「あのね、ここで適応されるのは王妃の定めたルールじゃないの。リュミエール王国の法なのよ。だから、大人しく連れていかれなさい。」


 唯一、いや、あえて拘束しなかった自称・王妃付きの衛兵が顔を青くする。

 

 それも、そうだろう。何せ彼の目の前にいるのはリュミエール王国の警備隊なのだから。一番前に立っている男には一枚の白い紙。そこには『逮捕状』と書かれていた。


 「エキャルラット家から通報があったから来てみたら、最近不法侵入を繰り返していたものとそっくりではないか。全員、連れていけ。」


 その一声に合わせて警備隊の者たちは倒れている者たちも含め、馬車に箱詰めしていく。

 彼らの怒声に、険悪な表情に連行されていく者たちは涙目である。そんなに怖いのなら、こんなことやらなきゃよかったのに。


 最後に一つプレゼントをしてあげよう。彼らにとってある種とっておきの。


 「私、人に邪魔されるのがとーっても大嫌いなのです。だから、次私のものに手を出したりしようとするのなら、一切の容赦をするつもりは無いからね?」


 男に耳打ちすると、「もう二度としません」とか細く震えた声が返ってくる。理解できたのならばよろしい。

 あと、「鮮紅令嬢、おっかねぇな」って言った奴、顔しっかりと覚えたから。


 「ルイーズさん、今日はお疲れの中、申し訳ございません。もう少し、私たちが早く来ていたのなら、あなたの手を煩わせずに済んだのに。」

 「別にこれぐらい構いませんわ。それにそんなことをやったらあなたたちも彼らと同じになってしまいますし。」


 実際私無傷だし、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が酷い。何なら一発で仕留められたから、煩わしいとも思わなかった。


 とりあえず、一つ目は解決したということで、もう戻ってもいいかな?を待たせるのはあんまりよくないからね。


 「この後、事情聴取とかってありますか?」

 「本来ならありますが、この屋敷には記録魔法レコードが展開されていますし、その資料をもらえれば今日のところは構いません。」

 

 もう夜も遅くなっているし、当然か。あの鬼気迫る警備隊たちを見る限り、私以外の件も片づけないといけないみたいだ。


 「ありがとうございます。事情聴取をする日が分かったら、連絡お願いいたします。」


 そうして、私は記録魔法レコードで得た映像を保存している媒体を彼らに渡し、足早に屋敷に戻った。



 「お待たせしてしまい申し訳ございません。少々、害獣が家の中に入ってきてしまっていたみたいで。」

 「い、いえ、別に構いませんよ。」


 部屋に戻ると、さっき部屋から移動する前に中にルカを入れた時と同じ場所に、彼は佇んでいる。


 あら、さっきより心なしか羽が湿っているような……。それに、ここまで彼はどもり気味にしゃべってはいなかった気がする。


 「それで、本題とは何でしょう?わざわざこうして足を運んでいただいているということは、重要なことなのですよね。」


 さて、彼の『本題』と言うのは一体何のことかしら?


 「どうか、陛下の求婚を断っていただけませんか。このままではあなたを不幸にさせてしまう。」

 

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