第6話予期せぬ夜の来訪者 1

 そう胸を張っても、一つ重要な問題があることを思いだす。他にも問題は山積みだけど、彼とどうこうするうえで重要な問題だ。


 私、ルイーズ・エキャルラット、上流とは言え一介の貴族令嬢。彼、イヴァン・キリルヴィッチ・ヴォルコフ、私にとって異国の皇帝。 


 そう簡単に連絡が取れるわけないし、連絡手段が分からない。

 『また、会いましょう』って言っていたから、会う意思があるのはよく分かる。でも、どこに行けば会えるって言うんだ。


 「エキャルラット嬢、今お時間はございますか?」

 

 どこか聞き覚えのある声が窓の外から聞こえるような……。気のせいよね?

 でも、確かに窓のガラスはノックするリズムと同じタイミングで揺れているから、外に誰かいるのは間違いない。


 まさか敵襲?!……なわけないよね。もしそうだったとしたら、片腹痛いわ。

 敵陣にノックするなんてどれだけ余裕なの?ってツッコみたくなる。


 でも、煽り目的だってこともあり得るから、警戒しておくに越したことないか。


 「あら、あなたはヴォルコフ閣下の馬車に乗っていた……」

 「覚えていらっしゃったのですか?それに今はこのような鳥の姿でも分かるのですね。」

 「今日会ったばかりではないですか。そんな簡単に人のことを忘れることはありませんよ。確か、あなたはルカさんでしたか?」


 恐る恐る窓を開けると、そこには夜と同化しそうなほど黒いカラスが一羽。

 そのくちばしから出る声は間抜けた鳴き声ではなく、成人男性の落ち着いた声そのものだ。

 

 「あっておりますよ。私のことを見つめてどうかなさいましたか?」

 「変化魔法トランスですよね?精度が高くて羨ましいと思って。」

 「ありがとうございます。おっしゃる通り、変化魔法トランスです。私の特技の中でも自信のあるもので。」


 やっぱり、『変化魔法トランス』の一種よね。

 ただでさえ習得が難しいのに、動物に変身するなんてよほどの技量がないと大事故になる。それをここまでスマートにやるなんて。


 「コホン、それでは本題に入ってもよろしいですか?」


 おっと、これはいけない。つい魔法の精度に感心して覗き込んでしまったけど、このカラス、成人男性だったことを忘れていた。


 成人男性か……、ちょっと良くないかも。

 

 「え、あぁ、すみません。それよりも本題とは何ですか?ことによっては窓で話すのはあまりよくないかと。」


 窓の外の庭の中にあるを視界に捕えながら、私は彼に告げる。

 これは少々まずいのかもしれない。さっきから光の数が増えていっているし、量も多くなっている。


 本格的に仕掛けられるのも時間の問題だ。そうなる前にこの件を解決させないと。


 「そんなところに立っていたら、ろくに話もできませんでしょう?ささ、中に入ってください。」

 「し、しかし、それは……」

 「私がやましいことでも考えているとでも?不安ならば記録魔法レコードでも展開したらよいではありませんか?」


 部屋の主である私がいいって言っているんだ。お願いだから部屋の中に入ってくれ。あぁ、もう仕方がない。動物愛護的に本当に良くないんだけど。


 カラスの首をぐっと掴んで、脇に挟んで、窓を閉める。「え、あ、ちょっと」とか言っていたけど、そんなことを気にする余裕なんてない。

 彼に何かがあって国際問題になるより何倍もましだ。


 窓から見える庭先の光が強まっている。それらはほぼすべて、私の部屋に向いている。

 あぁ、全く本当に煩わしい。何が何でも私を仕留めようとしているのか。


 「手荒な真似をしてしまってすみません。少々、火急の事態になってしまったみたいで。お話はそれを片付けてからでもよろしいですか?」


 状況を掴めていないような彼に向かって優雅に一礼する。これは今からやることに対する謝罪の意を込めてだ。


 彼が正気に戻る前に、足早と部屋を出る。目指すは我が家の庭先。


 「なるべく、早く片付けましょう。お客人を待たせるのはあまりよくありませんから。お話はなるべくゆっくりとできた方がいいですから。」


 それでは、行儀の悪い方々には帰ってもらわないと。人の邪魔をするとどうなるのか身をもって教えてあげますわ。


 王妃陛下?

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