第2話 地下牢にて

どうやら俺の幸運値ラックはゼロを下回っているみたいだ。


明かりの無い湿った地下牢の中、片手を鉄の鎖につながれた葵は、己の腹の青痣を撫でながらそう感傷に浸る。


脱獄、なんて出来ないな、右手が鎖につながれてる、俺はスーパーマンじゃない、目から光線も出ないし、冷たい息も出せないし、怪物みたいな怪力も無い、まずはこの鎖をどうにかしないと、そう思い鎖を引っ張ったり噛んだりしていると、隣の牢から酒焼けした声が聞こえた。


「おい、さっきから、なにやってんだよチャカチャカチャカチャカ、人様が寝てる時に何やってんだよ。」


「悪いかよ!手錠を鎖につながれてんだ!」


裏切られ、少し荒れてしまった俺は、酒焼けした怒号に対してそう言い放った。


「かっかっか、威勢が良いな新入り、はは、お前は何をしてここに入って来たんだ。」


「何もしてない。」


「此処に入ってきたヤツ誰もがそう言うんだ、強盗か?喧嘩か?詐欺か?」


「何もしてないんだ!ただ、異世界人だからって理由で、殴られて牢屋に入れられた。」


隣の牢屋から一際大きな声で笑い声が聞こえると、酒焼けした声で言った。


「異世界人?つくならもっとましな嘘をつくんだな、自らを異世界人と名乗る異世界人が何処にいるよ、この国じゃあ、異世界人は捕まえられて、奴隷にされて戦争の道具になるのが、常識だぜ。」


戦争の道具?その言葉に俺の頭は真っ白になった。


「おい、何をやってんだ、手錠は千切れねぇぞ。」


葵は先ほどから一心不乱、狂ったように手に付いた鎖を引っ張った、手の皮がこすれて激痛が走るのにも関わらず、葵は手を引っ張った、苦節三分、葵の右手は大けがを負ったが、手錠から解放された。


「おっしゃああああ!!」


圧倒的な達成感が葵の脳髄を駆け巡る、彼の平凡な人生で唯一初めて自力で苦難に打ち勝ったのだ、こうも喜ばしいことは無い。


「おいおい、マジかよ、いかれてやがるぜ。」


意味の分からない怒声をあげながら、隣室のガキは鋼の鉄格子を蹴り続ける、狂ってやがる、何があいつをあそこまで駆り立てるんだ、俺には全く理解できない、確かに奴隷は嫌だし、戦争の道具なんてもってのほかだ、サラリー貰って従軍するのだって嫌ってやつもいるのに、それを無賃金でやらされるなんて政府は何を考えてるんだという話だ。


金属音が、明かりの無い牢屋に木霊する、その喧噪の中、己のせいで発生した金属音のおかげで荒城葵は己の牢獄に向けて近づく足音に気づけなかった。


「貴様が、異世界人か?」


突然、俺の目の前鉄格子の向こう側に、ひげもじゃの老人が現れた、オーソドックスな魔術師、魔法使いというイメージを具現化したような爺さんだ、どうせこいつも俺に何か酷い事をするんだろ。


「だったら、なんだ!だったらどうした!それがどうした、異世界人じゃいけないのか!俺は異世界人だ!」


地下牢獄に響きわたるほど大きな声で、荒城葵は叫んだ、老爺の持つランタンが揺れオレンジ色の光が周囲を照らす。


「そうか、衛兵掛かれ。」


異世界人を奴隷にする手順として、まずはその異世界人の持つ「異能ギフト」と「魔道術式まどうじゅつしき」と「肉体強度にくたいきょうど」を確認しなければならない、偉大なるエンシア閣下に献上する品物は常に最高の物でなくてはならない。


牢屋の鍵が開くと共に、異世界人の少年は自由を求めて飛び出すが、すぐさま衛兵二人に取り押さえられた、だがここで止まる葵ではない、取り押さえられる瞬間、葵は衛兵の一人の耳に噛みつき嚙み千切った。


「この、化け物が!」


床に押し付けられた葵は片耳を失った衛兵に顔を殴られる。


「やめておけ、あとで治すのは儂じゃぞ、あとで治してやる、そうして押さえておれ。」


老爺はそう言うと、葵の額に触れた、彼の体内で魔力が輪を書き術式を構築する、肉体の魔力耐性と適正を調べ、「魔道術式まどうじゅつしき」の紋様から「固有魔術ユニークマジック」の種類を判定する「魔術適正判別高等魔法陣まじゅつてきせいはんべつこうとうまほうじん」脳構造を調べどれだけ精密な魔力操作を行えるか調べる「魔力操作能力確認術式まりょくそうさのうりょくかくにんじゅつしき」、そして健康状態を調べる「健康診断術式けんこうしんだんじゅつしき」に筋肉量や遺伝子を解析して種族としての戦闘適正と個人としての戦闘適正を判別し総合して評価する「兵士判別魔法陣へいしはんべつまほうじん」、総当たり的な方法で異能ギフトの効果の詳細を知る「異能識別術式いのうしきべつじゅつしき」のその他さまざまな高等魔術、大魔術の類を体内で構築し、間違うことなくそしてそれらすべてを並行して処理する、老爺はこの時代でも五本の指に入るであろう大魔術師だ。


結果を見て、老爺は驚愕する、肉体は貧弱そのものだ、特に内臓が酷い、毒でも盛られたかのような貧弱具合だ、その動きは一般的な人間の二分の一から三分の一、じきにこの異世界人も倒れるだろう、そしてその理由はすぐに分かった、圧倒的な魔力適正の無さ、これでは大気中に満ちる魔力マナが体内に侵入するだけで、肉体が拒絶反応を起こし内臓の機能が低下したり、魔力濃度の高地域に行けば下手をすれば死にかねない、種族的な戦士としての才は無いに等しく、言ってしまえば貧弱脆弱、弱い弱すぎる、この世界、魔力まりょくみちる世界において、この異世界人が属す種族よりも、ダンゴムシやリスの方が種族として強力だ、そしてなによりも「魔道術式まどうじゅつしき」、の歪な紋様。


通常、魔道術式まどうじゅつしきは幾何学的で規則的な紋様を描く、それゆえ魔道術式せいたいまほうじん生体魔法陣せいたいまほうじんとも呼ばれる、だが荒城葵の肉体に刻まれたそれは、乱雑不規則、まるで荊が不規則に体に絡み合っているようだ、そして魔道術式の質も酷い、これでは魔力を一度生み出すだけで「魔道術式まどうじゅつしき」が短絡ショートしてしまう、魔術を扱うとしてもこれは致命的だ、一度に生成できる魔力量は十分才能があると言って申し分ないが、貯蔵できる魔力量が猫の額よりも小さく、下手に貯蔵すれば肉体が魔力爆発を起こして爆散するだろう。


もっともの問題は「異能ギフト


異能ギフト」とは、魂を持った存在が次元の壁世界の境界を越えて、その身に宿す魂の方向うんめいが表出した物、だがこの異世界人の「異能ギフト」の詳細は何だ、再生能力のない歪な不死性、病弱、痛覚倍増、痛覚遮断無効、治癒阻害、気絶無効..........ハッキリ言って大ハズレ、拷問を受ける運命なのか。


老爺は若干の同情を示しながら、葵の身体、右肩に「奴隷紋」を刻んだ。


「そこでじっとしておれ、お前は皇帝への献上品となるのだ、なにも怖がるな。」


そう言って、魔術師の老爺は牢獄を後にした、魔力耐性の皆無な葵は老爺の魔力に触れて、冷たい石畳に倒れ伏し死にかけていた。


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