第8話 新スキル獲得
森の奥。
俺たちを囲うように現れたゴブリンの集団は、こちらを見るなりニタッと笑う。
「ヤバいって、これ何体いんの? 一、二、三……」
「数える暇があるなら、一体でも多く倒すのだ」
そう言うイレーネは、一切の躊躇なく集団の中に飛び込んでみせた。
「うわ、マジか……」
「リオ様!!」
シュエルの叫び声。
見れば、牙むき出しのゴブリンが迫り来ようとしていた。
「うわうわうわっ!」
俺は振り下ろされる棍棒を間一髪で躱し、
「うらぁっ!」
無造作に拳を突き出した。
ドゴッ――。
手応えと共に、目の前のゴブリンがよろめき、そのまま草の上に崩れ落ちる。
「……倒せた?」
試しにもう一匹、突っ込んできたやつに蹴りを合わせる。
ガンッと音が響き、そいつも数歩ふらついた後、地面に突っ伏した。
「おおっ! ついに俺の原始人スキルでもゴブリンが沈んでいくぞ! 成長してるじゃねーか、俺!」
思わずガッツポーズを決める。
いや、これ、感動だわ。
今までゴブリン相手にでもケツ向けなきゃ勝てなかった俺が、正面向いてしっかり倒してんだぜ?
「リオ様、すごいです!」
すぐ後ろから、シュエルがパァッと目を輝かせて褒めてくれる。
あぁいいな、この感じ。
チュートリアルの雑魚を倒しただけなのに、ヒロインから全力で褒めてもらえるとか、報酬がただただウマイ。
「油断するな」
横でイレーネが冷たく言い放つ。
「いやいや、ちょっとは褒めてくれたって……って、え、もう全部倒しちゃった?」
「奥だ。奥に、強力な個体の気配を感じる」
イレーネは俺に見向きもせず、そのまま先へと進んでいった。
「リオ様、どうしましょう?」
シュエルの問い。
状況を察するに、今も震える村の男と先に進んでしまったイレーネ、どちらも心配だがどうしよう。
そういう意味だろう。
「そうだなぁ。どうしようか」
村の人もほっとけねぇし、かといって一人で行っちまったイレーネも心配。
情けないことに結論を決められない。
「お、俺なら、一人で帰れるよ。だから二人は、先に進んでくれ」
「で、でも……」
シュエルは戸惑いを見せるが、村人は力強く首を縦に振った。
「俺なら大丈夫だ。ここまではいつも探索してんだ。今日はちょっと敵の数が多かっただけで、帰るだけなら、なんの問題もない。それよりもあの奥、間違いなく巣のボスがいる。あっちの姉ちゃんについて行ったげてくれ」
「悪いが、そうさせてもらおう。この奥の方が危険ってのは、間違いなさそうだしよ」
「あぁ、助かる。あんた達に助けてもらったことは、一生忘れねぇ。この恩は、一生かけて返していくからな」
そう言って村の男は踵を返し、元来た道を帰っていった。
この選択で間違いない。
あのおっちゃんは一人で帰れるって言ったんだから。
せっかく原作を知ってるゲーム世界に転生したのに、それしか根拠がないのは苦しいところ。
だって2Dの放置ゲーにこんな細かい要素なかったんだもん。
……まぁ、だけどさすがにここは奥のボス優先だろ。
「よし、いくか」
「……は、はい!」
奥へ進むと、イレーネが複数のゴブリンを狩っているところだった。
「やぁあああっ!」
俺の脳内にも、ピコンッピコンッと鳴り響いている。
おぉ……レベルもガッポリ上がってく。
この効果音、クセになりそうだぜ。
そしてソイツらの数もかなり減った頃、
ズシン、ズシン――
と地面を踏み鳴らす音。
そのたびに周りの草木が揺れる。
木々をなぎ倒し、踏みしめるたびに地面が揺れる。背丈は俺の三倍近く、丸太のような腕を持つその姿に、周囲のゴブリンですら、思わず距離を取ってひれ伏していた。
これが、この巣のボス。
「……出やがったな。ボスゴブリン」
他のゴブリンとは明らかに格が違う。
まるで親玉って感じで、共に連れてきた子分たちの中央に立ち、俺たちを見下ろしていた。
そしてその瞳が、ギラリと赤黒く光った――。
「っ……!?」
次の瞬間、俺の全身に寒気が走り、足が地面に縫い付けられたように動かなくなる。
「な、なんだこれ……!? 体が……動かねぇっ!」
心臓を握られたみたいな恐怖感。
筋肉が痙攣し、逃げろと叫ぶ脳の命令を体が一切受け付けない。
「……ぬ、ぐ……っ!」
隣を見ると、イレーネまで同じように硬直していた。
あのストイックな剣士の顔に、初めて焦りが浮かんでいる。
「リオ様っ!」
背後で、シュエルが必死に叫んでくる。
これ、知ってるぞ。
一時的に敵の動きを止めるスキル、『邪視』だ。
たしか2Dの時もゴブリンのボスが使ってた。
ゲームの時はただ動きを止めるだけのもんだと思ってたけど、まさかこれだけの恐怖をぶつけてくるスキルだったとは。
くそ、駄目だ……。
このままじゃ、押し寄せてきたゴブリンに、まとめてやられる……!
どうにか、しないと。
「……クッ、くだらん……!」
かすれ声でそう吐き捨てたのはイレーネだった。
剣を震える手で逆手に構えると――次の瞬間、自分の腕をスッと斬りつけた。
「ちょ、なにやってんのっ!?」
俺は思わず絶叫した。
薄く血がにじみ、赤い線が白い肌に走る。
「……痛みで、恐怖は断ち切れる」
イレーネの瞳から硬直が消えた。
自分を斬って正気を取り戻すなんて……いやいやいや、どこの狂戦士だよ!
「いや戦士過ぎて怖い怖い!! 普通そんな方法あるかぁぁ!?」
俺がツッコんでる間に、彼女は躊躇なくゴブリンへ斬り込んでいく。
すでに体を取り戻したその剣筋は冴え渡り、数匹があっという間に斬り伏せられた。
「……っ、あれ?」
人のイかれた姿を見ると、人って不思議と冷静になるもんなんだな。
気づけば、俺の硬直も取れてたわ。
だが――
現状ピンチに変わりない。
イレーネが先頭に立って雑魚を狩ってくれてるのはありがたいが、今は奥から際限なくゴブリンが溢れてきている状況。
ボスゴブリンも高みの見物と言わんばかりの立ち振る舞いだ。
いつまでもこの均衡を保てるとは、到底思えない。
「……なんだっ!?」
そんな時自然と、視界のステータスウィンドウが目に入る。
──【STATUS】──
レベル:7(分解可能)
「……っ!? レベルの数値が……光ってる?」
光るレベルにその隣の分解という文字。
理解するよりも早く、俺の直感が告げていた。
――分解すれば、何か強いスキルを手に入れられる。
鹿蹴りだって、羞恥という代償付きだが、まぁ……強かった。
きっと次手に入るも強いはず!
根拠のない自信に、俺の指は強く震える。
「……ウッ!」
もう迷っている暇はない。
イレーネも徐々に押され始めている。
これで彼女がやられちまったら――
「身を守る術がねぇじゃねぇか!」
ほんっと情けないけど、こればかりは仕方ない。
──ピピッ
【レベルを分解してスキルを獲得しますか?】
▶ はい
▶ いいえ
【警告:レベルがマイナスになります。それでも分解しますか?】
俺は次々に現れる選択肢をすり抜けていく。
【レベルを15分解して、新しいスキル《邪視》を会得しました】
《邪視》
▶ 説明文:ゴブリンが群れを支配する際に用いる威圧の視線。
対象を数秒間硬直させる。複数体に同時発動可能。
ただし使用中、眼が赤黒く光り、周囲に恐怖を与える。
「よっし、きたァ!」
身体中を冷たい感覚が駆け巡る。
脳内に焼き付いたボスの視線が、自分のものに変わっていくような……そんな奇妙な感触。
そう、俺は新たな力を手に入れた。
俺は暴れ回るゴブリンたちへ、力を込めた瞳を向ける。
「……来いよ」
ギラリ――。
自分の視界が赤黒く塗り替えられた。
その瞬間、ゴブリンの群れがビクリと硬直する。
棍棒を振り下ろしかけたゴブリンが、そのまま石像みたいに固まり、別の一体は泡を吹いて崩れ落ちる。
さらに一匹は悲鳴を上げながら森の奥へ逃げ出した。
直接浴びせられる恐怖の色に、ゴブリンたちは為す術をなくした様子。
「おおっ!? マジで効いてるぞ、二人とも!」
俺はシュエルとイレーネに視線を移す。
「ひっ……!」
「っ……!」
すぐ後ろで、シュエルとイレーネまでが小さく後ずさった。
怯えの色が、俺に向いている。
「え、ちょ……待って!? なんでお前らまでビビってんだよ! 俺、仲間だぞ!?」
慌てて両手を振る。
力を押さえようとしたが、俺の瞳は依然として赤黒いまま。
「……ヒィィィッ!」
「お、お前……そこまで、堕ちたのか……っ!」
「違うって! 二人ともごめん、ごめん!」
手を必死に振る俺を、シュエルは涙目で、イレーネは苦悶の顔で睨み返す。
そして味方にまで怯えられるこの状況――。
俺、まさかボスより恐れられてね?
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