第7話 もしかして俺たち、詰んだ?


 金髪を揺らし、冷たい青の瞳で俺を見下ろす女剣士。


「イレーネ・アークブレイド」


 彼女は堂々と名乗りを上げると、腰の剣に手を添えた。

 その仕草一つ一つが洗練されていて、さすが戦うために生まれた女って感じだ。


「……敵はどこだ?」


 イレーネは、ザ・剣士という勇ましい立ち姿のまま、辺りを見渡している。

 

「いや、ちょっと待て。ガチャキャラってさ、普通は召喚してくれたプレイヤーに忠誠を誓うもんじゃないの!?」


 明らかに蔑んだようなジト目で、俺の頭からつま先までをなぞるように視線を走らせる。


「召喚……というのは、よく分からないが、私にも感情はある。お前のような素性も分からん矮小な者に、忠誠を誓うわけなかろう」


 イレーネは淡々と口にする。


「え……?」


「……だが、私も鬼ではない。お前たちが困っているのであれば、森を抜けるまでは協力してやってもいいぞ。まぁモンスターを倒すことくらいしか、私にはできないが」


 そしてすぐ横から小声が飛んできた。


「リオ様……戦ってはくれるみたいですよ?」


「お、おお……そういうことか」


 戦う意思はある。

 けど俺に従う気はゼロ。


 だが口ぶり的に、俺たちを助けてくれる気はあるみたいだ。


「……ま、まぁいいか。なんか強そうだし、俺は放置してても勝手に進むなら最高だわ」


 そういう結論に至った。


「で、ではさっそく――」


 と、シュエルが真剣な顔で説明を始めた。


 この森にゴブリンの巣があること。

 それを殲滅するためにシリオン村の男手で、巣の近くに仮拠点を設置したこと。

 その彼らと、連絡が途絶えたこと。


 足を進ませながら、丁寧に説明していった。

 

「ふっ」


 イレーネが短く鼻で笑う。


「ゴブリン程度、私一人で十分だ」


 彼女は迷いなく言い切り、くせ毛混じりの金髪を揺らしながら歩き出す。

 背筋はまっすぐ、剣士の風格そのもの。


「おおおっ!? こりゃ頼りになるぞっ!」


 思わずテンションが跳ね上がる。


「リオ様も、頑張ってくださいねっ!」


 横から純粋なシュエルの声援。


 俺もそこまで心の濁った人間ではないので、


「お、おう」


 と期待に答えるような返答をした。


 よっしゃ、イレーネにさっさとゴブリンたちを殲滅してもらって、早く村に帰ろぉっと。


 なんて汚い気持ちは一切ない。


 ほんと、一ミリも思ってない。



 * * *



 森の奥へと進んでいくと――。


「ギギャアアッ!」


 茂みをかき分け、緑色の小鬼が三体、飛び出してきた。

 棍棒を振りかざし、ぎらつく目でこちらを睨んでくる。


「うわ、出た! しかも三体!?」


 情けなくも、腰が引けかけたその時、


「下がっていろ」


 イレーネは静かにそう告げ、すらりと剣を抜いた。


 次の瞬間――。


 ザシュッ!


 ザシュッ!


 ザシュッ!


 一閃。

 それだけで、三体のゴブリンは断末魔をあげる間もなく倒れていた。


 棍棒がカラン、と虚しく地面に転がる。


「お、おおおおっ!? すげぇ、一瞬で三体も倒すなんて、やっぱりイレーネ、強いじゃねぇか……!」


 俺は思わず声を上げた。

 シュエルも目を丸くして、「イレーネ様……すごいです!」と感嘆を漏らす。


「……た、たいしたことはない」


 イレーネは剣を収めながら、そっぽを向いた。

 

「この程度、当然のことだ……」


 けれど耳が燃え上がる炎のように赤い。


「ま、まぁ私もこの実力を身につけるまで、相応の時間を要しているからな。強い、カッコイイ、スゴい、惚れちゃう、など……すでに言われ慣れている」


 なんか得意げにベラベラ喋ってる。


「ふふ、イレーネ様、可愛いですね」


 シュエルは可笑しそうに笑う。


「たしかにな」


 まぁ剣士の佇まいとのギャップが強すぎて、むしろおもろいまであるが。


 ――ピピッ


 耳慣れた電子音が脳内に響いた。


【経験値+90】

【レベルが上がりました】


 視界にステータスウィンドウが浮かび上がる。



 ──【STATUS】──


レベル:3

職業:なし

HP:50/50

MP:3/3

攻撃力:9

防御力:6

敏捷:7

知力:3

運:2

スキル:

 ・殴る

 ・蹴る

 ・掴む

 ・空裂脚

レアリティ:なし

────────────

 


 おいおいマジかよ……!

 俺、何もしてねぇのにレベル上がってるぞ。


 心臓がどくんと跳ねた。


 もしかして、召喚した仲間が敵を倒しても、俺に経験値が入るってことか?


 そうか。

 戦闘キャラが敵を倒せば、プレイヤーレベルが上がっていく。

 

 これはラストリクエストの機能と同じ。


 つまり、イレーネに戦わせてるだけで俺はレベルが上がる。


 これこそ俺の望む放置ゲー転生だ。


 ナハハハハ……ッて危ねぇ、笑みが溢れちまうところだった。


「……まだだ」


「え?」


 イレーネは剣を収めたまま、静かに森の奥へ視線を向けていた。

 その青い瞳が、鋭く光る。 


「まだ、この先に気配を感じる。数は……さっきの比ではない」


 イレーネ、彼女にのみ感じる何かがあるようだ。


「た、助けてくれぇぇっ!!」


 森の奥から、人の悲鳴が響いた。


「な、なんだ!?」


 俺とシュエルは顔を見合わせる。

 一方のイレーネは、ひと足先に先陣を切り、音もなく枝を踏み越えていった。


 俺たちはイレーネの後を追い、そしてたどり着いたのは森の中でも特別、開けた空間。


 そこで、一人の村人らしき男が、三体のゴブリンに囲まれていた。


「ギギャアアア!」


 棍棒を振りかざし、今にも襲いかかろうとする小鬼たち。


「くそっ、どうする……!」


 思わず拳を握りしめた俺よりも早く、イレーネが飛び込んだ。


 剣が閃き、二体のゴブリンが一瞬で沈む。

 残る一体も、振り向いた瞬間にはすでに首筋へ刃が走っていた。


 ゴブリンたちが消滅してすぐ、


「だ、大丈夫ですか!?」


 シュエルが駆け寄った。


「シュ、シュエルちゃん! こんな危ないところまで……ご、ごめんよぉ」

 

 怯えきった男は、震えた声で泣き言を漏らす。


 そのとき――。


「……!」


 イレーネが息を呑む。


 そんなわずかな音さえも聞き取れるほど不気味な静寂の中、森の暗がりから、赤い光がいくつも灯っていた。


 あれは目だ。

 ゴブリンの、不気味にぎらつく目が、奥からぞろぞろと浮かび上がってくる。


「な、なんなんですか、この数……っ!」


 シュエルの喉が震える。


「なにこれ。もしかして俺たち、詰んだ?」


 いつものくせで軽口がでたが、ほんとは怖い。

 情けねぇけど、震えも止まんねぇ。


 しかし目の前のイレーネだけは違った。


 口元にかすかな笑みを浮かべ、


「ふっ、ようやく手応えがありそうだな」


 強い語気でそう言い放つのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る