第5話 村が危ないんです!


 村長にこのシリオン村を明け渡されてすぐ、俺はシュエルに小さな小屋へ案内された。


 もちろんこの家も木造建築。

 村長の家ほどは大きくないが、中はベッド、机、棚が揃っており、清潔感もかなりある。


 狭すぎず、広すぎず。

 一人で暮らすにはちょうどいい広さだ。


『リオ様、こちらで旅の疲れを癒してくださいね』


 とシュエルに言われたので、


 俺は風呂に入り、ベッドでくつろいでいる。


「あぁぁぁ……なんか、日本にいたときの自分の部屋を思い出すな」


 六畳一間のアパート。

 布団と安物の机とテレビ、そして積み上がったゲームパッケージ。

 あの狭い空間で、俺は人生をかけてラストリクエストをやりこんでいた。


「まさか、本当にゲームの世界に転生しちまうとはなぁ。思いもしなかったぜ」


 ま、元々俺を心配する家族なんていねぇし、仕事だってたいしたことしてなかったんだ。


 やり残すほど好きなことも、正直このラストリクエスト以外なかった。


 だから……むしろ良かったのかもな。


 こっちの世界に来れて。


 と、胸の奥にじんわりと奇妙な感慨が広がる。


 そんな時――

 

 ふと視界の端に、新しいウィンドウが浮かんでいるのに気づいた。


 

──【VILLAGE STATUS】──

名称:シリオン村

人口:20人

資源:畑×1、井戸×1

放置報酬:

 ・食料+1/1時間

 ・経験値+5/1時間

 ・ゴールド+10/1時間

────────────


 

「……おいおいマジかよ」


 思わずニヤリと笑みがこぼれる。


 人口も資源もショボい。

 だが、問題はそこじゃない。


 その下に刻まれた、『放置報酬』という文字だ。


「ゲームのときと同じ仕様なんだとしたら、勝手に食料も経験値も、お金まで貯まるってことだよな?」


 胸の奥で高揚感がふくらみ、脳内にパァッと花火が打ち上がる。


 そうだ。

 これだ、これ。


 何もしなくても得られるものがあるという快感。


 これこそが、俺の好きな放置ゲーの醍醐味だ!


「もしかして……俺、もう働かなくていい?」


 口元が勝手ににやける。

 頭の中では、すでに快適ライフの妄想が暴走を始めていた。


 ダラダラ寝てるだけでレベルが上がり、勝手に村は潤う。

 食べ物も金も困らない。


 そう、夢にまで見た不労所得というやつだ。


「ふふふふふ……!」


 俺は天井を仰いだまま、


「ナァーッハッハハッハッハッ!!」


 今の幸せを声に変換し、張り上げた。


 コンコンッ――


 突然響く扉のノック音。


 俺はベッドから跳ね起きる。


 待って、一人で爆笑してたんだけど。

 大丈夫そ?


「……は、はい?」


 心配ながらに返事をしたら、ゆっくりと扉が開いていった。


 そしてひょこっとシュエルが顔だけ覗かせる。


「あの、すみません……随分、ご機嫌なところを」


 顔を赤らめ、そう言った。


 ぬぁぁぁぁぁっ!!

 恥ずい恥ずい……!!


 あーいや、待て待て。


 ここは平然としてる方がいいんだ。

 恥ずかしがるから、相手もそう思うわけで。


「ちょ、ちょっと雄叫びの練習をな。まぁ、気にせず入ってくれよ」


 なんだ雄叫びの練習って。

 俺ァ、どこの何族だよ。


「は、はぁ……」


 少し困った顔。

 だがそれでも彼女は部屋に入るや否や、真剣な面持ちで本題に入っていく。


「お休みになって早々申し訳ないのですが、一つ相談があるんです」


 なんとなく嫌な予感がした。


「最近、この村の周りにゴブリンたちが頻繁に現れるようになっていまして……」

 

 ぎゅっと両手を握りしめる。


「ゴブリンって、さっきのアイツらだよな?」


「……はい。どうやら森の奥にゴブリンの巣があるらしくて、シリオン村の戦える方々が仮拠点を作って、巣を見張ってくださってるのですが……連絡がつかないみたいで……」


「え、ヤバい状況ってこと!?」


 ドット絵でも巻き起こってたお馴染みのイベントだったはず。

 だけどリアルに聞くと、危機感がスゴいな。


「はい。この村のバリケードもいつ突破されるか」


 えっ、この村が壊されたら、俺のダラダラ不労所得計画が台無しってこと?


  その瞬間、新しい文字列が並ぶ。


【新規ミッション:村を発展させよ】

条件:村人を助ける/ゴブリンの巣を殲滅する


「……マジか」


 心臓が跳ねた。


 いや、待てよ?

 これ、確かゲームだと、ここまでがチュートリアルで、最後にガチャを引くんだったよな?


 それで、その仲間が自動で巣を潰してくれる流れだったはず。

 

 つまり俺は放置してりゃOKなはずで――


「今すぐ動かないと、村が危ないんです!」


 シュエルがきっぱり言い切った。

 ぎゅっと両手を握りしめ、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。


「リオ様、私たちをお助け下さい!」


 村に来て早々の事件とはなんというタイミング。

 俺は今まさに、物語におけるご都合主義とやらに振り回されているぞ。


「いや……シュエル、ちょっとだけ待ってもらっていい? 俺ってば、その、ほら、一応この放置ゲーのプレイヤー側だからさ……もうすぐ、ガチャが引けると思うんだよ。だから、そうなったらきっと、屈強な戦士がこの村を、バシッと救って……」


「この村を救えるのはリオ様、あなた様だけです! 案内は、私に任せてください!」


 ぐいっと手を取られる。


「ちょっ……!? え、俺の話聞いてる!?」


「もちろんです。つまり、この村をリオ様が、バシッと救ってくれるということですよね?」


 シュエルは呆けた顔で、小首を傾げる。


「違うよ? ガチャキャラの屈強な戦士が……」


「ではさっそく、いきましょう!」


「おいおいおいおい……ちょっと待って、せめて、せめて心の準備くらいはさせてよぉぉぉぉ!」


 俺の情けない絶叫が、シリオン村に虚しく響き渡る。


 こうして夢にまでみた俺の不労所得ライフは、ものの五分で崩壊の一途を辿ったのだった。

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