第七章 四話 歪んだ愛と真実の矢
月下の広間を覆う圧倒的な威圧感。
叛逆者たちは必死に食らいついていた。
花弁の刃を弾き、衝撃波をしのぎ、それでもなおセレーネは余裕の笑みを浮かべ続ける。
「……はぁ……っ」
クリスは額から汗を滴らせながらも、手を休めなかった。
障壁を張り、仲間の傷を癒し、次々と押し寄せる光弾を受け流す。
モルドの剣が弾かれた瞬間、小障壁を差し込み、斬撃の軌道を逸らす。
ルーカスが集中を乱されたとき、即座に回復の光を流し込み、再び魔法を編ませる。
カイムの背中には常に癒しの光が寄り添い、倒れそうになるたびに彼を立ち上がらせた。
「……あなたは、どうしてそこまで」
セレーネの金の瞳が、ほんのわずかに興味を帯びる。
クリスは答える。
「どうしてって……決まってる。私は、カイムを守るためにここにいるの」
その声は震えていなかった。
誰よりも確かで、誰よりも揺るぎなかった。
カイムはその言葉に一瞬胸を揺らされながらも、剣を振るう。
だが彼の剣も、まだ女神を傷つけるには至らない。
*
「……未来が見えるわ」
ティナの瞳が光を帯び、義手に力を集める。
セレーネの動き。花弁の軌跡。衝撃波の余韻。
すべてを先取りするように矢をつがえた。
「……今!」
ティナの放った光矢が、月光を裂いて一直線に飛ぶ。
セレーネの目が一瞬見開かれた。
矢は彼女の肩口を掠め、衣を裂き、白い肌に赤い線を走らせる。
「……!」
広間がざわめくような錯覚。
誰もが信じられないものを見た。
セレーネの唇が小さく歪む。
「……あら? 痛いじゃない」
彼女はゆっくりとティナへ視線を向けた。
そして、艶やかに微笑む。
「それ……わたしのよ?」
ティナが驚愕する間もなく、義手が勝手に軋みを上げた。
眩い光に包まれ、月女神の義手が外れ、ふわりと宙に浮く。
「返してくださるかしら」
セレーネは柔らかく告げ、手を伸ばした。
義手はまるで帰るべき場所に戻るように、その掌へと収まった。
*
セレーネは白い指先を義手に沿わせると、軽やかに笑った。
「懐かしい……そう、これがわたしの一部」
彼女は弓を構えはしなかった。
ただ、ゆるやかに片手をかざす。
瞬間、広間に光の粒が生まれた。
それは矢の形を成し、数え切れぬほどの光の矢が空を埋め尽くす。
「こうやって使うのよ」
柔らかに告げたと同時に、光の矢が奔った。
まるで天蓋から降り注ぐ流星の雨。
「くっ――障壁!」
クリスが叫び、両手を広げる。
幾重もの障壁が展開され、矢の一部を弾き飛ばした。
「ティナ、下がって!」
モルドがティナを抱き寄せ、矢を剣で斬り払う。
ルーカスの魔法陣が瞬時に浮かび、いくつもの光矢を逸らす。
それでも、すべてを防ぎきることはできなかった。
衣が裂け、皮膚が掠め、赤が散る。
広間を覆う光の奔流――
それは女神が「本来の力」を取り戻したことを示していた。
セレーネは楽しげに微笑み、囁くように言った。
「さぁ……もっと楽しませてちょうだい。あなたたちがどこまで愛を語れるのか、わたしに証明してみせて」
花びらが舞い、光矢が雨のように降り注ぐ。
叛逆者たちはなおも抗い、しかし――
圧倒的な力の差を、否応なく突きつけられていた。
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