第七章 四話 歪んだ愛と真実の矢

月下の広間を覆う圧倒的な威圧感。

 叛逆者たちは必死に食らいついていた。


 花弁の刃を弾き、衝撃波をしのぎ、それでもなおセレーネは余裕の笑みを浮かべ続ける。


「……はぁ……っ」

 クリスは額から汗を滴らせながらも、手を休めなかった。

 障壁を張り、仲間の傷を癒し、次々と押し寄せる光弾を受け流す。


 モルドの剣が弾かれた瞬間、小障壁を差し込み、斬撃の軌道を逸らす。

 ルーカスが集中を乱されたとき、即座に回復の光を流し込み、再び魔法を編ませる。

 カイムの背中には常に癒しの光が寄り添い、倒れそうになるたびに彼を立ち上がらせた。


 「……あなたは、どうしてそこまで」

 セレーネの金の瞳が、ほんのわずかに興味を帯びる。


 クリスは答える。

 「どうしてって……決まってる。私は、カイムを守るためにここにいるの」


 その声は震えていなかった。

 誰よりも確かで、誰よりも揺るぎなかった。


 カイムはその言葉に一瞬胸を揺らされながらも、剣を振るう。

 だが彼の剣も、まだ女神を傷つけるには至らない。



 「……未来が見えるわ」

 ティナの瞳が光を帯び、義手に力を集める。


 セレーネの動き。花弁の軌跡。衝撃波の余韻。

 すべてを先取りするように矢をつがえた。


「……今!」

 ティナの放った光矢が、月光を裂いて一直線に飛ぶ。


 セレーネの目が一瞬見開かれた。

 矢は彼女の肩口を掠め、衣を裂き、白い肌に赤い線を走らせる。


「……!」

 広間がざわめくような錯覚。

 誰もが信じられないものを見た。


 セレーネの唇が小さく歪む。

 「……あら? 痛いじゃない」


 彼女はゆっくりとティナへ視線を向けた。

 そして、艶やかに微笑む。


 「それ……わたしのよ?」


 ティナが驚愕する間もなく、義手が勝手に軋みを上げた。

 眩い光に包まれ、月女神の義手が外れ、ふわりと宙に浮く。


「返してくださるかしら」

 セレーネは柔らかく告げ、手を伸ばした。


 義手はまるで帰るべき場所に戻るように、その掌へと収まった。



 セレーネは白い指先を義手に沿わせると、軽やかに笑った。

 「懐かしい……そう、これがわたしの一部」


 彼女は弓を構えはしなかった。

 ただ、ゆるやかに片手をかざす。


 瞬間、広間に光の粒が生まれた。

 それは矢の形を成し、数え切れぬほどの光の矢が空を埋め尽くす。


「こうやって使うのよ」


 柔らかに告げたと同時に、光の矢が奔った。

 まるで天蓋から降り注ぐ流星の雨。


「くっ――障壁!」

 クリスが叫び、両手を広げる。

 幾重もの障壁が展開され、矢の一部を弾き飛ばした。


 「ティナ、下がって!」

 モルドがティナを抱き寄せ、矢を剣で斬り払う。

 ルーカスの魔法陣が瞬時に浮かび、いくつもの光矢を逸らす。


 それでも、すべてを防ぎきることはできなかった。

 衣が裂け、皮膚が掠め、赤が散る。


 広間を覆う光の奔流――

 それは女神が「本来の力」を取り戻したことを示していた。


 セレーネは楽しげに微笑み、囁くように言った。

 「さぁ……もっと楽しませてちょうだい。あなたたちがどこまで愛を語れるのか、わたしに証明してみせて」


 花びらが舞い、光矢が雨のように降り注ぐ。

 叛逆者たちはなおも抗い、しかし――


 圧倒的な力の差を、否応なく突きつけられていた。

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