第六章 六話 崩れる城、燃える誓い
光が消え、ルシフェルと魔女たちの姿が空へと昇華していった。
広間に残されたのは、燃え尽きた余韻と、胸を満たす喪失感。
だが次の瞬間、城全体が低く唸りを上げた。
壁に亀裂が走り、天井から瓦礫が落ちる。
「……崩れる!」
ティナの声に一行は顔を上げた。
「急げ! 外へ!」
ルーカスが叫び、仲間たちは駆け出す。
廊下は次々と崩れ、黒煙が巻き上がる。
ティナの未来視が幾度も最短の道を指し示し、クリスの障壁が落石を弾き飛ばす。
モルドが前を切り拓き、カイムが背を守った。
出口を抜けた瞬間、轟音と共に背後の城が崩れ落ちた。
赤黒い稲妻を纏ったカイムは振り返り、唇を結ぶ。
「……終わったんだな」
◆
戻った先は――サタニキア。
かつてラファエルが支配していた街は、今では叛逆者たちと人々の拠点になっていた。
街の人々は、帰還した彼らを歓声と涙で迎えた。
解放の希望を信じる声が広場に響き渡る。
その夜、街の広間には即席の卓が並べられた。
葡萄酒が注がれ、焼いた肉とパンが置かれる。
戦いの疲労は消えないが、それでも今だけは束の間の休息が許されていた。
◆
盃を手にしたカイムが、不意に口を開いた。
「……すまない」
仲間の視線が集まる。
カイムは盃を置き、真っ直ぐにクリスを見た。
「俺が……後先考えずに代償を払ったせいで。お前を傷つけてしまった」
短く、だが噛みしめるような声。
クリスは少し驚いたように瞬きをし、それから柔らかく微笑んだ。
「いいのよ」
盃を傾け、赤い葡萄酒を光に透かす。
「私はね……あなたの隣にいられるだけで、それでいいの」
その笑みは凛としていて、揺るぎなかった。
「……クリス」
カイムは言葉を失い、盃を握り直した。
◆
「ははっ、真面目か!」
ルーカスがわざと大げさに肩をすくめ、盃を掲げる。
「二人の空気で俺らまで息苦しいじゃないか」
ティナが思わず吹き出し、モルドも苦い酒を煽りながら「……まぁ悪くない」と呟いた。
重かった空気が、少しずつほぐれていく。
◆
そこへ、王国騎士団の面々が入ってきた。
ランスを失った彼らは未だ悲しみを背負いながらも、団長代理の若き騎士が一歩前に出て頭を下げる。
「次の戦い……我らも共に参ります」
その声には迷いがあった。
「ですが……我らに神と戦える力があるのか……不安なのです」
モルドが静かに頷いた。
「恐れるな。剣を取る意志があるなら、それで十分だ」
「お前たちの支えがあるだけで、俺たちは戦える」
カイムが言葉を重ねる。
「最後は心の強さがすべてを決めるんだ」
若き騎士は目を見開き、やがて力強く頷いた。
「……命の限り、共に!」
◆
焚き火の炎が、皆の顔を赤く染める。
次に挑むは――神。
これまで以上に苛烈で、絶望的な戦いになることは明らかだった。
それでも誰ひとり退く者はいない。
「次が……本当に最後だな」モルドが呟く。
「ええ……」クリスが盃を見つめ、静かに答えた。
「だからこそ、負けられない」ティナが力強く頷く。
「俺たちが――叛逆を果たす」カイムは濡羽色の剣を見つめ、低く呟いた。
盃が再び打ち合わされる。
決意の音が夜空に響いた。
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