第六章 六話 崩れる城、燃える誓い

光が消え、ルシフェルと魔女たちの姿が空へと昇華していった。

 広間に残されたのは、燃え尽きた余韻と、胸を満たす喪失感。


 だが次の瞬間、城全体が低く唸りを上げた。

 壁に亀裂が走り、天井から瓦礫が落ちる。


「……崩れる!」

 ティナの声に一行は顔を上げた。


「急げ! 外へ!」

 ルーカスが叫び、仲間たちは駆け出す。


 廊下は次々と崩れ、黒煙が巻き上がる。

 ティナの未来視が幾度も最短の道を指し示し、クリスの障壁が落石を弾き飛ばす。

 モルドが前を切り拓き、カイムが背を守った。


 出口を抜けた瞬間、轟音と共に背後の城が崩れ落ちた。

 赤黒い稲妻を纏ったカイムは振り返り、唇を結ぶ。

「……終わったんだな」



 戻った先は――サタニキア。

 かつてラファエルが支配していた街は、今では叛逆者たちと人々の拠点になっていた。


 街の人々は、帰還した彼らを歓声と涙で迎えた。

 解放の希望を信じる声が広場に響き渡る。


 その夜、街の広間には即席の卓が並べられた。

 葡萄酒が注がれ、焼いた肉とパンが置かれる。

 戦いの疲労は消えないが、それでも今だけは束の間の休息が許されていた。



 盃を手にしたカイムが、不意に口を開いた。

「……すまない」


 仲間の視線が集まる。

 カイムは盃を置き、真っ直ぐにクリスを見た。


「俺が……後先考えずに代償を払ったせいで。お前を傷つけてしまった」


 短く、だが噛みしめるような声。


 クリスは少し驚いたように瞬きをし、それから柔らかく微笑んだ。

「いいのよ」

 盃を傾け、赤い葡萄酒を光に透かす。

「私はね……あなたの隣にいられるだけで、それでいいの」


 その笑みは凛としていて、揺るぎなかった。


「……クリス」

 カイムは言葉を失い、盃を握り直した。



「ははっ、真面目か!」

 ルーカスがわざと大げさに肩をすくめ、盃を掲げる。

「二人の空気で俺らまで息苦しいじゃないか」


 ティナが思わず吹き出し、モルドも苦い酒を煽りながら「……まぁ悪くない」と呟いた。

 重かった空気が、少しずつほぐれていく。



 そこへ、王国騎士団の面々が入ってきた。

 ランスを失った彼らは未だ悲しみを背負いながらも、団長代理の若き騎士が一歩前に出て頭を下げる。


「次の戦い……我らも共に参ります」


 その声には迷いがあった。

「ですが……我らに神と戦える力があるのか……不安なのです」


 モルドが静かに頷いた。

「恐れるな。剣を取る意志があるなら、それで十分だ」


「お前たちの支えがあるだけで、俺たちは戦える」

 カイムが言葉を重ねる。

「最後は心の強さがすべてを決めるんだ」


 若き騎士は目を見開き、やがて力強く頷いた。

「……命の限り、共に!」



 焚き火の炎が、皆の顔を赤く染める。

 次に挑むは――神。

 これまで以上に苛烈で、絶望的な戦いになることは明らかだった。


 それでも誰ひとり退く者はいない。


「次が……本当に最後だな」モルドが呟く。

「ええ……」クリスが盃を見つめ、静かに答えた。

「だからこそ、負けられない」ティナが力強く頷く。

「俺たちが――叛逆を果たす」カイムは濡羽色の剣を見つめ、低く呟いた。


 盃が再び打ち合わされる。

 決意の音が夜空に響いた。

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