第六章 五話 儚き愛
濡羽色の剣が赤黒い稲妻を纏い、広間を照らし出した。
カイムの一閃が走るたび、空気が震え、叛逆者たちの胸に微かな希望が灯る。
だが、ルシフェルの瞳には冷たい光が宿っていた。
「……先ほどの刃。偶然ではなかったか」
その声は警戒を孕みながらも、なお揺るぎない自信に満ちている。
◆
黒と白の羽根が宙に舞い、鋭利な刃と化す。
瞬く間に数百の羽が降り注ぎ、戦場を覆った。
「来るわよ、全方位から!」
ティナが叫ぶ。
「障壁――!」
クリスが展開した大障壁が光の壁を広げる。だが羽根の雨はそれを次々と砕き、火花のように散った。
「まだ……っ、持たせる!」
声を張り上げ、砕ければ新たな障壁を重ねる。光が彼女の掌を焼き、呼吸は荒い。それでも退かない。
「おおおっ!」
モルドが踏み込み、羽根の雨をかき分けて斬り込む。だが――
「甘い」
ルシフェルの片手剣が軽々と振るわれ、衝撃波がモルドを後方へ吹き飛ばした。膝が床に沈む。
「くっ……!」
その隙を突いてルーカスの衝撃波が走る。
「カイム、左肩口が甘い!」
「任せろ!」
赤黒い稲妻を纏った刃が肩を裂き、神性の光が削ぎ落とされる。
ルシフェルの口元に一瞬だけ苦渋が走った。
「……また、か」
瞳が細まり、冷気を孕む。
「叛逆者ども――粛清してやろう」
◆
光と闇の渦が広間を埋め尽くす。
クリスが叫ぶ。
「来る! 正面――!」
厚みを増した障壁が衝撃を受け止め、轟音が大地を揺らす。
「っ……はあっ!」
歯を食いしばりながら、クリスは決して崩さない。
「今だ、叩け!」
叫びに応じ、カイムとモルドが同時に突撃する。
ティナの矢が羽根を弾き、ルーカスの魔力が流れを逸らす。
「右斜め下、今よ!」
ティナの声が導き、二人の剣が閃いた。
赤黒い刃が胸元を深く抉る。
「ぐっ……!」
ルシフェルが膝を沈め、鮮血を吐いた。
「これで――終わらせる!」
カイムが剣を振り下ろす。
◆
だがその瞬間。
「やめて!」
「お願い、もうやめて!」
泣き声が戦場に響いた。
満身創痍の魔女たち――モルガナ、キャシー、カトレアが飛び込み、ルシフェルを抱き締める。
「もう戦わないで……お願いだから!」
モルガナが涙に濡れた声で叫ぶ。
「燃えても、呪われてもいい……でもルシフェル様がいなくなるなんて嫌!」
キャシーの紅の髪が乱れ、嗚咽に揺れる。
「どうか……ここで終わりにして……」
カトレアの緑の瞳は切なげに光っていた。
ルシフェルは彼女たちを見下ろし、かすかな微笑を浮かべる。
「……もうよい。お前たち……すまなかった」
光が彼と魔女たちを包み込んだ。
◆
カイムたちは言葉を失った。
闇が剥がれ落ち、魔女の姿が変わっていく。
黒衣がほどけ、荊も炎も霧散し――
現れたのは、白き羽を広げた三人の天使だった。
「……天……天使……?」
ティナが呆然と呟く。
「魔女が……天使に?」
ルーカスが目を見開く。
モルドは言葉を失い、カイムは剣を握る手に力を込めた。
敵であるはずの存在が、今や光を纏う天使の姿をしている。
◆
モルガナが泣き笑いを浮かべた。
「……あなたが……救ってくれたから」
キャシーが震える声で続ける。
「最後まで……一緒にいられて……嬉しかった」
カトレアが柔らかく微笑む。
「どうか……次は……穏やかな空の下で」
ルシフェルは三人を抱き寄せ、声を震わせる。
「……お前たち……愛している」
光が一層強くなり、四人の姿が溶け合っていく。
涙と微笑みを残し、彼らは天へと昇華した。
◆
静寂。
剣を構えていたカイムは、そのまま床に膝をついた。
クリスも、ティナも、ルーカスも、ただ呆然と光が消えるのを見送った。
「……魔女が……天使だったなんて」
ティナの声は震えていた。
「俺たちは……何と戦っていたんだ」
モルドの低い声が広間に落ちる。
答えはない。
ただ、胸の奥に残った痛みだけが確かだった。
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