第六章 五話 儚き愛

 濡羽色の剣が赤黒い稲妻を纏い、広間を照らし出した。

 カイムの一閃が走るたび、空気が震え、叛逆者たちの胸に微かな希望が灯る。


 だが、ルシフェルの瞳には冷たい光が宿っていた。

「……先ほどの刃。偶然ではなかったか」

 その声は警戒を孕みながらも、なお揺るぎない自信に満ちている。



 黒と白の羽根が宙に舞い、鋭利な刃と化す。

 瞬く間に数百の羽が降り注ぎ、戦場を覆った。


「来るわよ、全方位から!」

 ティナが叫ぶ。


「障壁――!」

 クリスが展開した大障壁が光の壁を広げる。だが羽根の雨はそれを次々と砕き、火花のように散った。


「まだ……っ、持たせる!」

 声を張り上げ、砕ければ新たな障壁を重ねる。光が彼女の掌を焼き、呼吸は荒い。それでも退かない。


「おおおっ!」

 モルドが踏み込み、羽根の雨をかき分けて斬り込む。だが――


「甘い」

 ルシフェルの片手剣が軽々と振るわれ、衝撃波がモルドを後方へ吹き飛ばした。膝が床に沈む。


「くっ……!」


 その隙を突いてルーカスの衝撃波が走る。

「カイム、左肩口が甘い!」

「任せろ!」


 赤黒い稲妻を纏った刃が肩を裂き、神性の光が削ぎ落とされる。

 ルシフェルの口元に一瞬だけ苦渋が走った。


「……また、か」

 瞳が細まり、冷気を孕む。

「叛逆者ども――粛清してやろう」



 光と闇の渦が広間を埋め尽くす。

 クリスが叫ぶ。

「来る! 正面――!」


 厚みを増した障壁が衝撃を受け止め、轟音が大地を揺らす。

「っ……はあっ!」

 歯を食いしばりながら、クリスは決して崩さない。


「今だ、叩け!」

 叫びに応じ、カイムとモルドが同時に突撃する。


 ティナの矢が羽根を弾き、ルーカスの魔力が流れを逸らす。

「右斜め下、今よ!」

 ティナの声が導き、二人の剣が閃いた。


 赤黒い刃が胸元を深く抉る。

「ぐっ……!」

 ルシフェルが膝を沈め、鮮血を吐いた。


「これで――終わらせる!」

 カイムが剣を振り下ろす。



 だがその瞬間。


「やめて!」

「お願い、もうやめて!」


 泣き声が戦場に響いた。

 満身創痍の魔女たち――モルガナ、キャシー、カトレアが飛び込み、ルシフェルを抱き締める。


「もう戦わないで……お願いだから!」

 モルガナが涙に濡れた声で叫ぶ。


「燃えても、呪われてもいい……でもルシフェル様がいなくなるなんて嫌!」

 キャシーの紅の髪が乱れ、嗚咽に揺れる。


「どうか……ここで終わりにして……」

 カトレアの緑の瞳は切なげに光っていた。


 ルシフェルは彼女たちを見下ろし、かすかな微笑を浮かべる。

「……もうよい。お前たち……すまなかった」


 光が彼と魔女たちを包み込んだ。



 カイムたちは言葉を失った。

 闇が剥がれ落ち、魔女の姿が変わっていく。


 黒衣がほどけ、荊も炎も霧散し――

 現れたのは、白き羽を広げた三人の天使だった。


「……天……天使……?」

 ティナが呆然と呟く。


「魔女が……天使に?」

 ルーカスが目を見開く。


 モルドは言葉を失い、カイムは剣を握る手に力を込めた。

 敵であるはずの存在が、今や光を纏う天使の姿をしている。



 モルガナが泣き笑いを浮かべた。

「……あなたが……救ってくれたから」


 キャシーが震える声で続ける。

「最後まで……一緒にいられて……嬉しかった」


 カトレアが柔らかく微笑む。

「どうか……次は……穏やかな空の下で」


 ルシフェルは三人を抱き寄せ、声を震わせる。

「……お前たち……愛している」


 光が一層強くなり、四人の姿が溶け合っていく。


 涙と微笑みを残し、彼らは天へと昇華した。



 静寂。

 剣を構えていたカイムは、そのまま床に膝をついた。

 クリスも、ティナも、ルーカスも、ただ呆然と光が消えるのを見送った。


「……魔女が……天使だったなんて」

 ティナの声は震えていた。


「俺たちは……何と戦っていたんだ」

 モルドの低い声が広間に落ちる。


 答えはない。

 ただ、胸の奥に残った痛みだけが確かだった。

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