第三章 六話 偽りの光

ガブリエルの矢が再び放たれる。光の奔流は雨のように降り注ぎ、聖堂を白く染め上げた。


「はぁぁぁっ!」

 カイムは剣を振り抜き、迫る矢を必死に弾き落とす。

 ルーカスは赤黒い力場を展開し、空間を歪めて弾道を逸らす。

 ティナは未来視に目を潤ませながら仲間の動きを叫ぶ。

「左から! ルーカス、後ろ!」


 その一つひとつに反応し、なんとか致命傷を避けていたが――限界は近かった。


「これで終わりです」

 ガブリエルが放ったのは、他よりも巨大な光矢。

 一本の槍のように鋭く、仲間全員を貫かんと迫る。


「させるかっ!」

 クリスが叫び、全身の神性力を障壁へ込めた。

 光の壁が現れ、巨大な矢を正面から受け止める。

 轟音と共に聖堂が震え、亀裂が走る。


「うぅっ……!」

 血の気が引き、クリスの唇が震える。

 それでも彼女は一歩も退かず、障壁にさらに力を込めた。

「……カイム……守るから……」


 矢が反射され、ガブリエルの足元へと返る。

 爆ぜる閃光。ガブリエルは弓を掲げて弾き払うが、表情から余裕が消えていた。


「神の力を……返すというのですか……」


 膝をついたクリスを、カイムが駆け寄り抱きとめる。

「無茶するな!」

「大丈夫……あなたを守れたなら、それでいい……」

 その笑顔は涙を含んでいて、カイムの胸を激しく締め付けた。


「クリス……俺は……」

 言葉が続かない。

 なぜか分からない。ただ彼女を失うことだけは耐えられないと、心の底から思った。


 その刹那。

「道は俺が拓く!」

 モルドの雄叫びが響いた。

 彼の大剣が振り下ろされ、群がる神官と兵士を次々に薙ぎ倒す。


 矢を受けても怯まず、剣を浴びても倒れず――それでも彼の前では通じなかった。

「うおおおおおっ!!」

 血飛沫と鎧の破片が飛び散り、圧倒的な剣技が敵を屠っていく。


「嘘だろ……おっさん、強すぎるだろ!」

 カイムが思わず叫んだ。

「鍛え方が違うんだ!」

 モルドの声が雷鳴のように響き渡った。


 ついにガブリエルの前に立ちふさがる。

「幻惑も光の矢も――俺には効かん!」

 ガブリエルが弓を引く。だがモルドは恐れず、真正面からその矢を切り裂いた。


「……っ!」

 ガブリエルの瞳に初めて焦りが浮かんだ。

 幻惑の霧が大きく揺らぎ、仲間たちの視界が晴れていく。


「今だ、カイム!」モルドが叫ぶ。

「行くぞ!」

 カイムは立ち上がり、クリスに一度だけ頷くと剣を握り直した。

 ルーカスの赤い光、ティナの声が彼を支える。


 四人の力が一点に収束し、ガブリエルへと突き刺さる。


「光は……永遠に……!」

 ガブリエルの声が絶叫に変わる。

 月女神の義手が砕け、弓が消滅する。

 眩い閃光の中、ガブリエルの身体は粉々に砕け散り、白い羽だけを残して虚空に消えた。


 聖堂に静寂が戻る。


 神官も兵士も、操り糸を切られた人形のようにその場に崩れ落ちた。


 ティナが震える手で光の手袋を拾い上げる。

「これ……」

 手袋はまだ温もりを保ち、淡い月光を放っていた。


「ティナ、それは……」カイムが息を呑む。

 ティナは黙って頷いた。

「未来を見るだけじゃ、守りきれない命がある……。でも、これがあれば――」

 月女神の義手が彼女の腕に溶け込むように馴染む。

 次の瞬間、透明な光の弓が彼女の手に現れた。


「……きっと役立ててみせる」

 ティナの声は震えていたが、その瞳は強い決意で輝いていた。


 戦いは終わった。

 だがカイムの胸の痛みは消えない。

 クリスを抱きとめた時に感じた、言葉にならない焦燥――。


 彼は気づかない。

 その感情こそが、彼から奪われた「愛する心」の断片であることを。

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