第19話 オタク、空を飛ぶ



 翌朝に、仕事を探すことになった。

 手持ちに余裕はあるものの、稼げるうちに稼ぐのが冒険者の鉄則だ。

 いつも美味しい仕事があるわけじゃないからね。


「おう、お前ら。これ受けろ」


 朝一からレイノルド爺さんに、仕事を押しつけ……もとい、勧められた。

 危険区域の高難易度クエストだ。


「ハルパー渓谷? 飛行魔獣が多くいるところだよね? ボクら、弓士も攻撃魔法使いもいないから厳しいよ」


「オタクの飛行魔法があんだろ。レールスはそれ使って、剣一本で飛行魔獣をガンガン討伐してたぞ」


 山の方にある、飛行モンスターの巣だな。

 遭難者も結構いるって話だ。


 前のパーティの、レールスの名前を出してクルスさんが対抗心を燃やした。

 クエストを受ける、とぼくらの意見も聞かずに受注してしまった。

 ぼくは良いけど。


「森ん中よりは武器が使いやすいし、あーしは良いけど」


「飛行魔法って興味あるなー。オタクくん、楽しみにしてんね?」


 二人も否やはないようだ。

 結局はぼくの飛行魔法がカギになるけど。

 慣れてるんで、何とかなるだろう。



********



「さぁ、しっかり討伐しないとね!」


 クルスさんは張り切って山道を歩いている。

 ぼく以上に、ぼくの前のパーティに思うところがあるのかも知れない。


「岩山だと楽だよねー。木がない」


「足下も土や草むらじゃなくて、岩や砂利だしね。フットワーク使いやすいしょ」


 エイジャさんやリーシャさんも、拓けた場所の方が戦いやすいようだ。

 ハルパー渓谷は岩山の上にある渓谷で、ワイバーンなんかの飛行型の魔獣が多い。


 真っ直ぐには登れないけど、比較的踏破しやすい登山道も確立されているので、魔獣さえいなければ観光地にできる場所だ。


 実際、光景を見るために護衛依頼を出す、なんて人もいないわけじゃない。

 今回はそう言った観光資源を作るために、飛行型の魔獣を間引きして欲しいそうだ。


 今も上空にはすでに、猛禽系の大型魔獣がうようよしている。


「狩りますか? まだ襲ってきませんけど」


「襲ってきたら鳥肉にしよう。猛禽系の大型魔獣は、普通の猛禽類と違って肉質が良いものが多いから」


 クルスさんがあっさりと言う。

 強化魔法に慣れてきて、もはや魔獣が素材にしか見えないようだ。


「あはは。山道なら、降下してきたところを仕留められるから、ボクらでも鳥肉にできるよ。一応、今までもこういうところで稼いできたわけだから」


 スキルなどで、降下してきた飛行魔獣なら仕留められるらしい。

 強化は関係ないようだ。図に乗ってごめんなさい。


 そういうわけで、まだ飛行魔法の出番はない。

 途中、何組かの冒険者が戦っていたけど、山道だと普通に剣でも戦えていた。

 今回は遭難者はいなかったようだ。


「ただ、渓谷は無理っしょ。鳥の方が飛べる範囲が広いし、足場も不安定だもん」


「下手すりゃ崖下に落ちっかんね。ちょーっち、動き回って戦うにはキビシーかなぁ」


 崖付近だと確かに飛べないと厳しいか。

 クルスさんたちも、今までにハルパー渓谷の上部にはほとんど行かなかったらしい。

 一度行って、無理だと判断したんだとか。


 なるほど。


「飛行魔法は、慣れてないとうまく動けません。危険区域に行く前に練習しましょう」


 と提案すると、みんな了承してくれた。

 慣れないと逆に動きづらくて敵の攻撃を食らうからね。

 いかに防御強化してあるとは言え、準備はしておくべきだ。


「……『フライングフォース』」


 全員の身体が、ふわりと浮き上がる。


 これがぼくの奥の手の一つ、『重力制御呪文』だ。

 押し潰して攻撃に使えるほどじゃないけど、相手の動きを拘束できはする。

 いざとなれば、飛行型の魔獣なら地面に叩き落とすことも可能だ。


 今回は逆で、各人に制御権を渡して、好きな方向に『落下』できるようにする。

 落下なので、剣なんかの直接攻撃は脚の踏ん張りが利かないので注意だ。

 腰や身体のひねりだけで威力を出してもらうことになる。


「これ、すごいね。足下がふわふわする!」


「考えた方に好きに『落下』できます! 脚は地面を踏みしめられないので、腰のひねりや腕力で斬ってください!」


 数分もすると、みんな自在に飛び回れるようになった。

 落下、という単語で飲み込んでくれたようで、簡単に前に進んだり後ろに下がったりしている。


 ぼくも久しぶりに飛んでコツを掴み直したので、いったん魔法を解除して地面に着地する。


 と、なぜかリーシャさんが顔を真っ赤にしていた。


「やば。オタクくんのスカートの中、下着まで丸見え」


 ばっ、とぼくは反射的にスカートを押さえた。

 そりゃそうだ。この下にはショーツしかはいてないんだから。


 男のスカートの中を見てどうするんだ、膨らんでるだろ。と思ったけど。

 リーシャさんは明らかに興奮していた。

 やっぱり本人的に、ぼくは『ついて』るだけの美少女らしい。


「良いよね、飛行。ロマンあるよね。オタクくん、前飛んでよ」


「いえ、ぼくは最後尾です。後衛ですから。リーシャさんたちが先に飛んでくださいね」


 謎の譲り合いが発生した。

 なぜ他の三人はスカートじゃないんだ! みんな女性なのに!


「最後尾は後ろからの襲撃があるから、控えるんだよ。ボクが最後尾を守るね」


「わかりました、歩いて行きましょう」


 クルスさんも視線が怪しい。

 男性経験を済ませてから、ぼくのスカートを見る機会が増えている。

 夜も積極的になってるし、受けの性格だったはずなのに攻めにも転向し始めている。


 ぼくというオモチャが参入したからですよね? わかってますよ。

 というわけで魔獣より先に女性三人に狙われながら、渓谷まで歩いて行く。


「着いた。ハルパー渓谷だ」


「うわぁ。上空に魔獣がうようよ飛んでますね」


 空はほぼ一面に魔獣の姿。

 渓谷だから空が広く見えるせいもあるけど、三十匹は飛んでいる。


「じゃあ、行ってみますか。『フライングフォース』」


 全員がふわりと浮き上がり、空中戦が始まる。

 基本的に、初速は落下速度より飛行速度の方が早いので、逃げられたら追いかけるのは難しいんだけど。


 そこは相手が魔獣なので、逆に襲いかかってきた。

 そうなりますよね。


 餓えた魔獣を相手に、エイジャさんとクルスさんが立ち回りを始める。

 リーシャさんは腰の入ったパンチを打てないので、脚甲で蹴りを入れていた。


 問題は、『渓谷』というだけあって、ここは谷なんだよな。

 谷底に魔獣が落下したら、素材が採れない。


「みなさん、なるべく地面の上空で戦ってください!」


「あーい、了解ぃー!」


 落下操作はエイジャさんが一番早く慣れたようだ。

 身軽に空中を飛び回り、デスサイズでスパスパ翼や頭を切り落としていく。


 ぼくも買ったナイフで落下した魔獣にトドメを刺した。


「お、ワイバーン発見! 群れだよっ!」


「ワイバーン! 美味しいお肉!」


 ワイバーン肉は美味しいらしい。

 リーシャさんがものすごく張り切っていた。



 結局、その日も大漁だった。


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